亡き母の13回忌法要を執り行った。
丸12年前の秋。群れをはなれた一輪のコスモスが、ヒヨヒヨと風に揺れる頼りない姿の向こうで、母の最期は静かに近づいていた。
というか、入所中の施設から「至急来てください」の電話をもらって駆けつけたとき、すでに黄泉路を渡り終えた母が横たわる窓の向こうで、母を見送るように揺れていたコスモス。あの時以来、私の目に映る風に揺れるコスモスは、妙にはかなげで頼りなくて「もの悲しい花」になってしまった。
今年はコロナ禍の影響もあり、13回忌法要とあっても親せきなど多くを集めず、82歳、78歳、73歳の姉弟とその連れ合いの5人だけの質素な法要となった。お寺さんにわざわざ我が家にお越しいただくのも気が引けて、こちらからお参りした。
昭和4年建立という風格のある真宗西本願寺派の古刹。その本堂の真ん中に座らせていただき、流暢な読経とともに手を合わせ、ねんごろに焼香した。
賑やかでワイワイ騒ぐのを見守るのが好きだった母には、ちょっと気の毒なほど静かな法要となったが、これもまた世界を揺るがすコロナ対策であり、母にとっての大事な孫や曽孫を、危険を冒してまで総動員するわけにはいかなかった。
そんな折ふと思い立って、父と母から広がっていった親族の数を真剣に指折り数えてみた。
先ずは子供が6人。次いで孫が12人。ひ孫は17人と膨れ上がることに改めて気付かされる。
単純計算で行くと、両親や兄妹、孫、ひ孫をひっくるめると37人という数値になる。そして現在何人生きているのか。実数は23人。それには嫁さん婿さんがいる。それらを合計すると30人は優に越える。
こんな他愛もない話であるが、両親を起点にした家系図を描いてみるのも面白そうである。自粛・お籠もり・秋の夜長、ひとつ挑戦してみようかな。