goo

虚像のアラベスク 深水黎一郎

著者の作品らしいトリッキーな中編2つと小さなおまけ(史上最低のフーダニット)が収められた本書。中編の方はいずれも著者ならではのクラシックバレーの用語と薀蓄がちりばめられたペダンチック風味豊かな作品で、しかもミステリー要素も申し分ない読者の意表を突く大胆な内容だ。特に2つ目の作品は、最初から変な雰囲気が漂っていて、「あれかなぁ?」と自分なりの推理を働かせていたのだが、後半で明かされた謎が予想と全く別のものだったのには正直脱帽。2つの作品は似ているようで全く違うテイストを持っていて、それだけで作者の作品の幅の広さを表している。最後のおまけについては、ネットで本当かどうか調べてみたが、どうも本当らしい。この知識を著者がいつ知ったのか大変興味があるが、この動機を本編に作用しなかったのは、著者の良識と言えるだろう。(「虚像のアラベスク」 深水黎一郎、 KADOKAWA)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

頼子のために 法月倫太郎

たまに顔をだす本屋さんで、たまたま見つけた本書。こういう時、その本が前に読んだことがある本であるかどうかは、自分のブログを検索して確かめるのが一番手っ取り早い。自分のブログが最も役に立つ時だ。著者の初期の作品で、かつ転機になった記念碑的な作品だと帯に書いてあり、錚々たる面々の賛辞も掲載されている。ある人物の告白文が最初に掲載されていて、謎の解明は、その告白文の真偽を巡る名探偵の調査にゆだねられる。事件をゆがめようとする政治的圧力、警察のメンツといった要素も色々絡んで話は進むが、明らかにされる真実そのものはシンプルで正統的なミステリーだ。著者の作品を書かれた年代を意識しながら読んだことがないので、この作品が転機になったという著者のその後の軌跡などは判らないし、この作品の前後で著者の評価がどのように変わったのかもわからないが、新人に近い作家がこのように緻密でスケールの大きな作品を書いたということに世間が驚かされたのは確かだろう。(「頼子のために」 法月倫太郎、講談社文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

まぬけなこよみ 津村記久子

大好きな作家の歳時記風のエッセイ集。作家のエッセイはその作家自身の感性と文章が小説以上によく判るような気がしているが、本書も、その2つが良く判るような気がする。特に本書で感じるのは、著者の「細部へのこだわり」や「外の世界をみる視点」のようなものだ。本書が書かれたのは著者が作家としての地位を確立してからであるが、ファンとしては著者のデビューしたての頃のこうしたエッセイがあるのであれば、是非読んでみたいと思う。小説家へのエッセイの依頼というのはかなり有名にならないとオファーがないような気がするので、著者に限らずそうしたエッセイというのは「ないものねだり」なのかもしれないなぁと思った。(「まぬけなこよみ」 津村記久子、平凡社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

白霧学舎探偵小説倶楽部 岡田秀文

終戦の近い日本を舞台にした学園ミステリー。都市部から疎開先という新しい環境に放り込まれた主人公に暖かい手を差し伸べてくれた友達がかなり早い段階で殺害されてしまうのに、主人公の反応がイマイチというのは、なんだか少し不自然な感じもしたが、戦争中という異常事態の中ではそういうものなのかもしれない。その他にも、戦争中であるために警察の捜査が万全でないといったところなど、時代設定をストーリー展開に生かしているところがいくつもあって面白かった。事件そのものに大きな魅力があるというよりも、時代の雰囲気を感じながら楽しめる作品だ。(「白霧学舎探偵小説倶楽部」 岡田秀文、光文社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

マジカルヒストリーツアー 門井慶喜

副題に「ミステリと美術で読む近代」とある通り、ミステリーの古典作品とそれに関連する美術作品をもとに、近代という時代を描き出す評論集だ。ミステリーという文学ジャンルが、近代という時代を背景に生まれてきたもので、とりわけ「産業革命」の進展がその誕生に不可欠であったという主張が面白い。さらに本書は、一流の作家によるミステリーの書き方教室のような部分もあってそれも面白い。作者のミステリー、歴史に関する博識が際立っていて、まさに著者ならではの作品、他に比べるものが見当たらないユニークな1冊だった。(「マジカルヒストリーツアー」 門井慶喜、角川文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「思いやり」という暴力 中島義道

本書の最大の読みどころは、著者の発言が会議の場を凍りつかせたり、相手を怒らせてしまったといった著者自身の実体験に基づく事例の数々だ。その場に居合わせたら、おそらく自分もその発言の正当性を考える前に、著者に不審の目を向けてしまうだろう。人の反応を思いやって発言を控えたり、当たり障りのない空虚な発言を良しとする感情はたしかに自分にもある。そして著者が指摘するように、日本人特有の美徳とされる相手を思いやる感情が建設的な対話を妨げ、知らず知らずのうちに別の意味で加害者になっていることにまで考えがおよばなくなってしまっている。何か変だと思いながらも、その先を考えない怠惰な姿勢こそが、著者が読む人1人ひとりに突きつける最大の問題点なのだと思い知らされた。(「思いやりという暴力」 中島義道、PHP研究所)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

超老人の壁 養老孟司・南伸坊

ユニークな人柄で知られる人の対談集の第2弾。対談集といっても話題を持ちかけるのは大半が養老先生で、南さんはもっぱら聞き役だ。その南さんの合の手も養老先生の話を上手に引き出すという感じではなく多分に感覚的で、話が噛み合っているかどうかもわからないまま会話が進む。これがこの2人ならではのゆるい雰囲気を醸し出す。本書で一番面白かったのは「トゲナシトゲトゲの仲間にトゲのある種類が見つかった」といくだり。面白すぎて思わずにやついてしまった。(「超老人の壁」 養老孟司・南伸坊、毎日新聞社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

祈りのカルテ 知念実希人

研修医である主人公が、様々な医局での研修中に遭遇する事件や患者にまつわる謎を、患者と真摯に向き合いながら解明していく医療ミステリー集。謎や事件が多様であること、主人公が色々な問題に直面しつつ謎を解き明かしていくことによって自身も成長していくこと、などがこの作品の大きな魅力だ。医療に携わる人々の現場での苦労や悩みに関するエピソードも満載で、現役のお医者さんという著者の経歴がその他の著者のシリーズ作品と比べてもさらに大きな利点として活かされていると感じる1冊だ。(「祈りのカルテ」 知念実希人、KADOKAWA)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

日本よ、カダフィ大佐に学べ 高山正之

本書は雑誌連載コラムシリーズの7冊目。本シリーズは、雑誌の連載がある分量溜まるとそれが単行本になり、さらに数年して文庫になるので、それを読むというパターンで、本書はちょうど東日本大震災の前後に書かれたものが掲載されていた。震災前後の記事を読むと、震災に関する記述はもちろんあるがそれほど多くはなく、内容もいつも通りの日本の弱腰外交への批判が大半だ。その点は全くブレがないのがすごいし、7年経ってもその批判が古く感じられないのもすごい。賛否は色々あるにせよブレないことの凄みを感じる一冊だった。(「日本よ、カダフィ大佐に学べ」 高山正之、新潮文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

黒龍荘の惨劇 岡田秀文

作者の明治時代を舞台にしたシリーズの第2作目。明治という時代設定を上手に生かして、科学捜査に頼らない探偵が登場、本格推理小説にありがちなある種の不自然さを回避しているのが特徴だ。登場人物はあまり多くないにもかかわらず最初の100ページで3人が殺されてしまってびっくりしていると、その後も次から次へと思いがけない展開に。事件の全体像が全く見えないまま、最後に明かされる真相は、動機も含めて予想をはるかに上回る意外なものだったが、巻末の解説で、その結末が実際の事件を借景にしていると知って絶句した。(「黒龍荘の惨劇」 岡田秀文、光文社文庫)

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

日本軍兵士 吉田裕

第2次世界大戦の戦中史を、兵士の立ち位置、兵士の目線、日本陸海軍の特性が兵士にどの様な影響を与えたか、という3つの中心に据えて描いている本書。最初の方で記述された戦場における兵士に対する歯科治療事情にまず衝撃を受けた。戦場での兵士の環境の劣悪さは、色々話に聞いてきたし、ある程度想像できると思っていたが、こうした問題があったことは予想も出来なかった。その他、兵士の履く靴の事情、背負った荷物の平均重量、戦線を離脱するための自傷行為、結核の蔓延とそれを利用した兵役逃れなど、想像を超える事実の羅列に圧倒される。著者は自分と同じ戦後生まれだが、そうした我々にも語り継ぐことが出来ることが色々あるのだとしみじみ分からせてくれた一冊だった。(「日本軍兵士」 吉田裕、中公新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

青くて痛くて脆い 住野よる

やがて訪れるであろう悲劇の予感から、読んでいて切なさ、息苦しさを感じ、読み終えてしばしどこかに救いはないだろうかと考えてしまった。理想を持ち、自分を尊重し、理想に向かって行動する、そうした正しいとされることをしながら、他人を傷つけてしまう主人公。そうした正しさにも全て「他者との関わり」がある以上、それを単に「独りよがり」という言葉で片付けずに避けたり折り合いをつける道はないのだろうか。特に、「理想に向かって行動する」ところで、現代のネット社会ならではの「他者との関わり」、主人公の行動がネットで拡散していく事情が、その難しさを大きくしてしまっている。それがこの小説の現代性だ。色々言われているのとは違った意味での現代社会の生きにくさがここに表現されている。(「青くて痛くて脆い」 住野よる、角川書店)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

2018年本屋大賞 結果発表

2018年の本屋大賞が発表された。事前に予想を始めて10年近くになるが、今年は印象深かった本3冊をあげてそれらが1、2、3位と、例年になくピタリと当たってしまった。嬉しい気もするが、上位3冊が抜きん出ていたというわけでもないので、偶然に近いかもしれない。今年の話題は、全く注目されていなかった作品が翻訳小説部門で1位になったことらしい。新聞でも、本屋大賞そのものよりも、そのことが大きくあつかわれていた。元々苦戦を強いられている翻訳小説、これをきっかけに活況を取り戻してくれると嬉しいが、そうなるかどうかは、今回の受賞作品次第だろう。何かの賞を受賞した翻訳作品やSF小説を読んでガッカリというパターンがこれらのジャンルの苦境の大きな原因だと思うからだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

化学探偵Mr.キュリー7 喜多喜久

シリーズの第7作目。本書では、主人公の若い頃の話を織り込んだりして、読者を飽きさせない工夫がいくつか見られるが、その一方でミステリーの要素がこれまでになく薄まってしまっているようでそれが残念だ。もしかすると想定する読者層を少し下げたのではないかとさえ思えるが、これまでの読者は成長もするし目も肥える。その点では、飽きさせないための作風変更の方向が逆のような気がして残念だ。(「化学探偵Mr.キュリー7」 喜多喜久、中公文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「イスラム国」はよみがえる ロレッタ・ナポリオーニ

イスラムに関する啓蒙書を続けて2冊読んだが、イスラム教に対する見方が180度違うことに驚かされた。先日読んだ本は、イスラム教の教義を読み解くことで現在のイスラム国家の混乱と「イスラム国」の脅威を描き出していたのに対して、本書は、彼らの戦略や戦術をつぶさに描くことで、世界がそれにどう対応するべきかを考察する。個人的には先に読んだ本の方がイスラム教の本質が近代的な民主主義と相容れないものであるということを教えてくれていて、考えさせられた部分が多かった気がする。全く違うアプローチの2冊ではあるが、両者に共通しているのは、このままでは絶対に混乱が収束しないという見解だ。この2つの見方を結びつけた上で、対応策を考えることができるかどうかに、世界の命運がかかっているように思われる。(「イスラム国」はよみがえる」  ロレッタ・ナポリオーニ、文春文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ