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さらば東京タワー 東海林さだお

出張の時に、読みかけの本の次に読む本として本書を一緒に持って出たのだが、いざ読みかけの本を読み終えて本書を読み始めよううとして、はたと困ってしまった。作者の本には、文章と一緒に数ページごとにマンガが挿入されていて、電車の中で読もうとすると、これが結構恥ずかしいのだ。特徴のある画風だし超有名だし、横からちらっとでも覗かれたらすぐにどういう本を読んでいるのか隣の人に判ってしまう。高尚な本を読んでいる振りをしたいわけではないが、どんな本かすぐにばれてしまうのは何となく気恥ずかしい。かといって挿絵も作者の本の楽しみの1つだから「挿絵」をなくしてほしいとも言えない。結局、作者の本を電車のなかで読むようなシチュエーションにならないように気を付けるしかないということを今回学んだ。本書の中に作者がなぜ「食べ物」の話をすることが多いのかという創作の秘密に触れる記述があって、これが何とも面白かった。(「さらば東京タワー」 東海林さだお、文春文庫)

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郵便配達人花木瞳子が顧みる 二宮敦人

シリーズの第3作目。前2作が何とも言えない凄惨な事件を扱った話だったので、今回はどうかと思ったが、やはり前2作同様に陰惨な話だった。主人公の近くにこんな酷い犯罪を犯す犯人が何人もいるという不自然さはさらに本作で決定的になったし、世の中に郵便局が一つしかないようなご都合主義も目に余る。それでも最後まで読んでしまうのは、今回もストーリーにうまく使われている郵便制度のトリビアが面白いからだ。今回の蘊蓄は宛名も差出人もなく投函された封書がどうなるか。へぇそうなんだ、と感心してしまった。(「郵便配達人花木瞳子が顧みる」 二宮敦人、TO文庫)

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人間の尊厳と800メートル

「最大のミステリーはこの作者の頭の中」という本書の帯の言葉には深く賛同したいし、それが作者の本を初めて読んだ時以来の自分の感想だ。最初の本を読んだ時の「たったこれだけのためにこんな仕掛けを?」という疑問は、次の作品で本当にそうだったんだという確信に変わった。それからもこの作者は、手を変え品を変えて読者を驚かせてくれ続けている。周りの人の話を聞くと、作者の衒学趣味やトリッキーな大仕掛けが必ずしも万人受けしているわけではないようだが、本書に収録された「蜜月旅行」などは、程よいユーモアと楽しいオチの傑作だと思う。この作品、巻末の解説で「これはミステリーではない」と一刀両断されてしまっているが、それに深く納得しつつも、思わず笑ってしまった。(「人間の尊厳と800メートル」 深水黎一郎、東京創元社)

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生還者 下村敦史

ヒマラヤでの雪崩遭難事故の生還者2名の証言が、真っ向から食い違う。果たしてどちらの証言が正しいのか?極限状態の山での出来事といういわゆる「開かれた密室事件」を扱った山岳ミステリーだ。事件や事故の生還者が負う罪悪感が証言をゆがめているのか、遭難した人々の登山の目的は何だったのか、いくつもの謎が絡み合って、絶妙な緊張感を生み出している。登山に関わる色々な情報から、真実に迫っていく内容はミステリーとしても第一級の作品だと思う。たまたま本屋さんで見かけた本書だが、思わぬ傑作に出会えた気がする。それにしても登山家の世界というのは、興味のない人には無縁の世界のように感じていたが、大変奥が深く、面白いものなんだなぁと感心してしまった。(「生還者」  下村敦史、講談社)

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ペンギンのバタフライ 中山智幸

時々立ち寄る地下鉄駅の小さな本屋さんで見つけた1冊。「時間」にまつわる不思議な話が5つ収録された短編集。いずれも、人間の幸せとは何かを少しだけ考えさせられてしまうような内容、「ハートフル・ストーリー」というキャッチフレーズがぴったりの1冊で、こういう作品もたまには良いなぁと思わせてくれた。あまり内容を考えずに本屋さんで見つけた本を、題名や装填だけで手に取ると、ちょうど良い具合の確率でこういう本に出会える気がする。じっくり読まなかったせいか、収録された5つの作品の関連のようなものを完全に理解できたのかどうか判らず、このあたりは何となくで良いのだと割り切って読み終えたが、何か私自身が見落としてしまった魅力がこの本にはまだ色々あるのかもしれない。(「ペンギンのバタフライ」 中山智幸、PHP研究所)

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パズル崩壊 法月倫太郎

作者の短編集というのが珍しいような気がして、読んでみることにした。帯には「本格ミステリーへの決意」と書かれていて、どういう意味なのか気になったが、その答は本書に収録された作者自身の諸作品に対するコメントと巻末の解説の中にあった。作者はずっと本格ミステリーの最前線で活躍してきたと思っていたのだが、解説によると、スランプのような時期があったらしい。ここに収められた作品は、その前に書かれたかなり古い時期のもののようで、奇想天外な作品から思索的で重厚な作品まで色々な作品が並んでいる。これらの作品が書かれた後の雌伏の時期を経て書かれたのが「生首に聞いてみろ」「ノックスマシン」といった最近の名作なのだそうだ。本書の中では、特に「カットアウト」という作品が面白かった。こうした作品を書いてしまった後にスランプが来るというのが何となく理解できる気がする素晴らしい作品だ。(「パズル崩壊」  法月倫太郎、集英社文庫)

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汚れた赤を恋と呼ぶんだ 河野裕

シリーズ第3弾。独特の世界の特徴が際立っているので、間隔をおいて読んでも、すんなりその世界に入っていける気がする。本書の場合、主人公は同じでも、話は全く違う世界なのだが、それでも明らかに同じ世界だと感じる。これはシリーズものの作品にとっては、大変重要なことだと思う。本屋さんでシリーズ本の新しい続巻を見つけた時、「ああ、あの世界の話だったな」と思い出せるかどうかが、そのシリーズを読み続けるかどうかに大きな影響を与えるだろう。その点本書は、細かいストーリーや話の進展をしっかり覚えていなくても、「その世界」がしっかり記憶に残っているので、安心して読むことができるのだ。但し、この甘ったるい題名は何とかならないか。最初の「いなくなれ、群青」は、題名の勝利といっても良いくらいに秀逸な題名だったと思う。少なくとも私は題名に惹かれて読んだくちだ。その次の2作目の「その白さえ嘘だとしても」は、後から考えると相当甘ったるい題名だが、読む前の段階では何を言っているのかよく判らないので、それほど気にならずに手にすることができた。しかし、3作目の今回の題名は、中年男性が本屋さんでレジに持っていくのがかなり恥ずかしい。この題名のせいで、読まない買わないという人もかなり多いのではないか思ってしまう。シャレた題名だし、内容からして固い題名は変なのだろうが、少なくとも本の題名というのは普通の読者が普通にレジに持って行って恥ずかしくないものにしてほしい。(「汚れた赤を恋と呼ぶんだ」 河野裕、新潮文庫)

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消えたイングランド王国 桜井俊彰

サダム・フセイン政権下のイラク空爆に参加するかどうかという国連の議論の場で、イギリスの外相が「現在のイギリスという国を作ったのはフランス人である」という発言をして失笑を買ったという。失笑を買ったというのはともかく、この発言は、現在のイギリスのエリート階層の深層心理をよく表していると同時に、政治的にはかなり勇気のある発言だという。こんなエピソードから始まる本書は、イギリスという一外国のかなり短い期間の歴史を語る啓蒙書だが、読んでいると結構面白いし、現代のイギリスや欧州を考える上で様々な示唆を与えてくれるような気がする。すぐに役立つとか、誰かに話して面白がってもらえるということもないが、知らないよりは知っておいた方が断然良い、そう思わせてくれる。教養本の見本のような良書だと思う。(「消えたイングランド王国」 桜井俊彰、集英社新書)

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為吉 北町奉行所ものがたり 宇佐江真理

昨年末に亡くなった作者の新刊本。書評誌で、その死を悼みつつ本書が紹介されていたので読んでみることにした。作者の本は初めてではないが、せいぜい2,3、冊しか読んだことがないし、私自身は強く記憶に残っている作品もなかった。そういう感じで読み始めたのだが、結論からいうと非常に面白かった。時代小説はそれほど読む方ではないが、時代を超えた市井の人々の生活とか考えがすぐそこにあるようにはっきりと思い浮かべることができた気がする。現代との違いを考慮した説明の部分もくどくなくそれでいてよく判る。こういう文章を名文というのだろうなぁと強く感じた。著者の死を悼む人が多いのがよく判る気がした。(「為吉 北町奉行所ものがたり」 宇佐江真理、実業の日本社)

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本を読むということ 永江朗

少年少女向けに「読書の楽しみ方」を解説してくれている本署だが、見出しだけでもなるほどと思うような内容で、自分と同じようなスタンスで読書をしている人が他にもいるんだ、ということを再確認できた気がする。「読書を習慣にすると孤独ではなくなる」という強いメッセージがそこにはある。読書の効用とかを色々並べ立てるよりも、本書のように「読書は精神衛生上良いものだ」というその1点に、自信を持たせてくれる良書だと思う。(「本を読むということ」 永江朗、河出文庫)

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(日本人) 橘玲

日本人の特性や日本という国の政治・外交等の在り方について、その常識を疑いつつ、様々な論点で述べた日本人論。その常識とは、「日本人とは事情にエモーショナルな国民である」という常識だ。本書ではまずその常識を疑い、「日本人は世界の中でも特に功利的・打算的な国民である」という認識から出発した論理を展開している。日本人が情緒的にふるまうのは情緒的にふるまうことが最も得だからということになるが、そこには、人間は置かれた環境で行動が変わるという一種の強い諦観がある。こういう本を読む場合、読み手に「常識とは何か」という一定の知識がないと、何が新しい視点なのかよく判らないということを痛感させられるし、最初のうちは、面白い見方だなと感じるところも多かったが、次第にその驚きに慣れてしまったのか、それともこちらの常識が足りない分野にはいってしまたからなのか、何となく普通の解説本を読んでいるような感じになってしまった。それでも著者の「グローバルスタンダード」に対する論考は、常識云々を別にして、ためになる記述が多かったと思う。特徴を出したいと思うあまり、一つの問題や見方に拘泥してしまう本が多い中、そうした気負いもなく、バランスよく書かれているというのが最後まで読んだ時に感じた一番の特徴だった。(「(日本人)」 橘玲、幻冬舎文庫)

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大ベシ見警部の事件簿 深水黎一郎

昨年のベスト10作品には1作品も入れなかったが、昨年の読書の成果の一つが、この作家に出会ったことだということは確かだと思う。本格ミステリーとは一線を画す作品ばかりで、本書もノックスの法則、ヴァン・ダインの法則といった既存のミステリーの約束事を逆手に取った作品ばかりが並んでいる。それでいて全体が1つの統一的な世界を形成しているというアクロバティックな手法の見事さ、約束事をおちょくる面白さには脱帽だ。これまで読んだ作者の作品は、全てこうした「アンチ本格」の要素が強く、しかも幾重にもひねりがきいた作品ばかりだった。この作者がストレートなミステリーを書いたらどういう作品が生まれるのだろうか、という興味は尽きない。おそらく、この作者の文章の面白さ、読者サービスともいえるユーモアのセンス、あくまでも謎解きを大切にする作風等は、東野圭吾や東川篤哉に匹敵するものだ。後は、東野圭吾のような守備範囲の広さ、あるいは東川篤哉のような定番化による安心感のようなものがあれば、第2の東野圭吾、第2の東川篤哉という感じでメジャーになる可能性は高い気がする。まだ未読の作品も幾つかあるので、それを読みながら、これまでにない趣向の新作の刊行を待ちたい。(「大ベシ見警部の事件簿」 深水黎一郎、光文社)

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野崎まど劇場<笑> 野崎まど

やはりこの作者は只者ではない。どこからこんな発想が生まれてくるのか見当もつかない作品がいくつも並んでいる。良くも悪くもこんな作品絶対に他の作家には書けないだろうという点で稀有な存在だと思う。特に「大相撲フィギュア中継」と「20人委員会」などは、本当に爆笑もので、作者の持つそうした唯一無二感を強く感じる作品だ。また、本書に収録された作品の幾つかは、雑誌掲載の段階で没になった作品のようだが、これらの作品は、決して面白くないから没になったのではないということも分かる。この作家は、いずれ桜庭一樹、冲方丁、西尾維新などと並ぶ、ライトノベル出身のメジャー作家になる日が来ると思う。(「野崎まど劇場<笑>」 野崎まど、角川文庫)

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孤狼の血 柚月裕子

2015年のベスト10に入っていた作品。最初から最後までノンストップの警察小説で、似たような話は数多く書かれているのだろうが、臨場感と登場人物のリアリテイに、ずっと引き込まれっぱなしだった。終わり方はベタだが、後味スッキリで、これはこれで良いのだろう。警察という組織が性悪説を前提にしている以上、本書の主人公のような存在を否定するのは難しい。最後に残るのは社会のためという意識とバランス感覚の2つしかないのかも知れない。そのあたりをうまく表現した作品だなぁと感じた。(「孤狼の血」 柚月裕子、角川書店)

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村上春樹雑文集 村上春樹

本書が単行本として刊行された時、ある書評家が「雑文という題名をつけて売れるのは作者くらいだろう」というような趣旨のことを書いていた。「全くその通りだなあ」と思い、敢えて読まないでいたのだが、やっぱりずっと気になっていた。最近、本屋さんで平積みになっているのを見つけたので、読んでみることにした。それで気がついたのだが、作者の本というか文章は、何故か読んでいて楽しいというか気持ちの高揚をもたらす気がする。大したことが書いてなくても、それを読んでいて「時間を無駄にした」という感情が全く湧いてこないし、なぜか「良い時間を過ごした」と思ってしまうのだ。本書も正にそんな感じで読んでしまった。内容は、翻訳のこと、音楽のこと、交友関係について、読書についてなど、思った以上に多岐にわたる「雑文」が収録されていて、読み終わると、何だか作者に対する理解が立体的になったような気がした。これを読んでいると、作者には早くノーベル賞を取ってほしいと思う。そうしたら喜ぶ人がいっぱいいるだろうから。(「村上春樹雑文集」 村上春樹、新潮文庫)

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