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聖女の救済 東野圭吾

本の帯に「前代未聞のトリック」とあるが、文字通り前代未聞のトリックにただただびっくりしてしまった。トリック自体はそんなに大したことはないのだが、その意味するところ、またそのトリックの提示の仕方がお見事の一言だ。しかもそのトリックの本質を知ると、何とも言えない悲しい思いがしてしまう。話の途中で、ガリレオ「湯川」が、とんでもないことを言い出して、こんなことを言って大丈夫かと思うのだが、最後にちゃんとそういうことだったのかと納得させられる。ガリレオシリーズの最高傑作というのは言い過ぎだと思うが、確かに「容疑者X…」に劣らない傑作だと思う。(「聖女の救済」 東野圭吾、文春文庫)

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降霊会の夜 浅田次郎

戦争の傷跡深い時期の子ども時代、高度成長の青年時代、この2つを振り返り、それぞれの時代のなかで、自分たちが無意識に切り捨ててきた人達、忘れようとしてきた人達と、もう一度対峙する機会があったら我々はどうするか。そうした思いは、団塊の世代といわれる人たちの共通の思いなのではないか。本書は、そうした悔恨の情ともいうべき思いや、団塊の世代が自分たちの人生を総括したいという思いが生み出した書であるように思われる。こうした世代の思いを代弁してくれる人がいるというのは団塊の世代にとって大変幸運なことだろうと思う。(「降霊会の夜」 浅田次郎、朝日新聞出版)

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あした咲く蕾 朱川湊人

少し不思議な世界をノスタルジックに描く短編集。著者の作品は「ファンタジー・ホラー小説」という言い方をされるが、本書にはホラー的な要素はほとんどなく、怪奇とか恐怖とはむしろ対極にある静かで心が和む内容だ。それぞれの短編が全く違う世界、内容であるにもかかわらず、一つの統一された雰囲気、著者独特のセピア色の世界を醸し出しているのはさすがだと思う。この独特の雰囲気が楽しめる限り、著者の本を時々読みたくなるという読者心理はなくならないだろう。(「あした咲く蕾」 朱川湊人、文春文庫)

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乱反射 貫井徳郎

600ページのかなり長い小説で、最初の200ページ位まではめまぐるしく変わる登場人物と場面の切り替わりで、読むのにかなり難儀したが、登場人物の名前が全部頭に入ったあたりからあっという間に読み進めることができた。様々な普通の人のちょっとしたルール違反、マナー違反、見栄によるいいかげんな行動などが、どんどん積み重なってある悲劇に至る。何処が悲劇の始まりなのかが見えず、その悲劇の最大の責任者が誰なのかも判らぬまま、やるせない気持ちのまま話は終わる。最後の締めくくり部分は、著者による読者への救いの手のようにも思えるが、突きつけられた悲劇の重さを前に、読者としては全然救われない。社会のちょっとした箍の緩みが社会をとんでもない方向に導いてしまっているのではないか、ということを突きつけられる恐ろしい小説だと思う。(「乱反射」 貫井徳郎、朝日文庫)

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スノーフレーク 大崎梢

これまでに読んだ著者の作品はいずれも軽いミステリーだったが、本書は青春ミステリーにシリアスな事件の味付けが施されたやや重めの作品だ。最初は甘い恋愛小説のような感じで始まるのだが、小学生の時に仲良しだった少年の死をなかなか受け入れられないでいる主人公の前にその少年に良く似た従兄弟が登場、少年の死の謎が大きく動き出す。勇気を奮って謎に立ち向かう主人公に、大きな陰謀のような影が忍び寄り、どうなるかとハラハラしながら読んでしまった。最後のほうのどんでん返しは、最近の流行のようで、似たようなトリックはいくつも読んだような気がするが、本書はそうした話のなかでは最も良くできた部類に入ると思う。舞台となっている函館の雰囲気がストーリーの切なさと上手く溶け合っているし、ミステリーの部分も荒唐無稽のようでなかなかしっかりしていて、楽しめる要素がいくつもある作品だ。(「スノーフレーク」 大崎梢、角川文庫)

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パラダイス・ロスト 柳広司

待ちに待った「ジョーカー・ゲーム」の第3弾。と言っても、意外と早くでたなという印象だ。あまり早いと内容はしっかりしているだろうかと少し不安になる。こうしたとびきり面白い連作集の続きは少し待たされすぎるくらいがちょうどいいという気もする。本書に関して言えば、執筆を急がされすぎて内容が雑になってしまっていないかという心配はとりあえず杞憂だった。もちろん第1作目を読んだ時のようなインパクトはなかったが、一定の水準を維持してくれているのは大変ありがたいことだ。本作では、シリーズの主人公である魔王=結城中佐の過去に関するエピソードが描かれている。この結城中佐の神秘性が今シリーズの面白さの1つになっていると思うが、それを損なわずに書かれていてホッとした。このシリーズはまだまだじっくり楽しめる気がする。(「パラダイス・ロスト」 柳広司、角川書店)

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ナミヤ雑貨店の奇蹟 東野圭吾

久し振りに夜更かしをして読んでしまった。現実に存在するかのように登場人物が生き生きと動きまわり、なるほどと思わせるトリックや謎ときがあり、真正面から扱ってはいないが何となく社会の歪みや理不尽さを描く、これが最近の著者の作品の真骨頂だと思うが、本書はそうした最近の作風とは少し毛色の異なる作品だ。登場人物が自然に動き回り会話をする点は変わらないが、描かれているのは「過去との手紙のやりとり」というよくある設定の少し不思議な世界。著者の作品は半分くらいしか読んでいないが、こうした少し不思議な世界を描いた作品をこれまでにもいくつか読んだし、もしかするとかなりの数になるのかもしれないが、本書のようなノスタルジックな部分を前面に押し出したような作品は少し珍しいのではないかと思う。複数の過去と現在が入り乱れ、複雑な構成の作品で、どこがどこにつながっているのか、誰が誰を助けているのか、頭の整理をしながら読むのが楽しかった。(「ナミヤ雑貨店の奇蹟」 東野圭吾、角川書店)

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せどり男爵数奇譚 梶山季之

著者の名前は結構聞いたことがあるが、これまでその著書を読んだ記憶がなかったので、その語り口がまず面白く感じられた。「語り手」=「私」=「ある程度有名な作家」という設定で語られ、作り話なのか本当の話なのか曖昧なのだが、話の内容は荒唐無稽で明らかに作り話。大家と言われる作家の文章に良く見られるこうした語り口をわざと真似て独特の面白さを狙ったのか、それとも著者の作品は皆こうした感じなのか、もう1冊著者の本を読んでみなければ判らないが、いずれにせよ、本書の場合はこの語り口が内容とマッチしていて効果を上げているように思われる。内容に関しては設定がかなりご都合主義的で無理が多いが、「古書」の世界の薀蓄を楽しむ作品と割り切って読めば十分楽しめる。(「せどり男爵数奇譚」 梶山季之、ちくま文庫)

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六つの手掛り 乾くるみ

著者の本は、出来不出来が激しいという「印象があるが、本書はどちらかといえば普通に楽しめた。6つの短編が収められていて、いずれも奇抜なロジックで犯人を特定することに主眼を置いたミステリーだが、個々の短編の楽しさよりも、登場する探偵のキャラクター、題名や目次に仕掛けられたトリック、最後の紙の本ならではのトリックなど、いろいろな著者らしい凝った仕掛けが読者を楽しませてくれる。浮世離れした設定や本筋を離れた論理展開など突っ込みどころは多いと思うが、それを差し引いても何かが残る作品だ。(「六つの手掛り」 乾くるみ、双葉文庫)

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PK 伊坂幸太郎

最近の著者の作品としては、軽い感じのする作品だが、現代社会の不気味な圧迫感を題材にしたストーリー展開と、3つの短編が微妙に絡み合った世界は、著者独特の重いテーマを投げかけており、充実した読書感をもたらす。そのあたりが流石という感じだ。人生のいろいろな岐路で、世の中の流れや空気を読んで小さな妥協をしてしまうのか、それともあくまで自分の考えを貫くのか、それがどのような結果をもたらすのか、どちらが正解なのか判らないまま、物語は不気味な様相で進んでいく。ときおり出現する顔のない群集が不気味さを助長し、微かな希望を見せて終わる。絶妙な雰囲気を漂わせた作品だ。(「PK」、伊坂幸太郎、講談社)

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ふじこさん 大島真寿美

今年の本屋大賞候補作「ピエタ」の著者の処女作を含む短編集。3つの中短編が収められているが、いずれも「ピエタ」のような静謐さが漂う文体の作品だ。3作とも女性の一人称で書かれており、当然ながら登場する男性は皆、主人公の目を通した印象で語られるばかりである。それはちょうど「ピエタ」のなかでヴィヴァルディが既に亡くなった人として描写されているのと呼応していて、男性はおしなべて影が薄くて存在感が乏しい。これは、女性作家だからというようなことではなく、この静謐な語りに男性の存在が大きな話がふさわしくないということなのかもしれない。「ピエタ」の良さは正にこの著者の持ち味そのものだということが了解できる作品だった。(「ふじこさん」 大島真寿美、講談社文庫)

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ふしぎ盆栽ホンノンボ 宮田珠己

著者の本を読むのは2冊目だが、本書も前に読んだ作品と同様、非常に面白かった。著者がベトナムでふと見つけた「ホンノンボ」という「盆景」にいたく感動、「ホンノンボ」を求めてベトナム各地を旅するという紀行本だ。「ホンノンボ」とは、①岩が本体②ミニチュアがある③水を張った台に乗っている④姿が地形っぽい⑤道教的宇宙観が投影されている、という5つの特徴を持ったベトナム独特の盆栽に進化する前段階の「盆景」とのこと。著者の「奇妙」なものに愛着を持ちそれをとことん追求するという姿勢には大いに共感するし、自分もこうしたものの見方ができたらいいなぁと思う。あまり、学術的に体系づけて考えようとか分類しようとかせず、「一国の伝統文化が、こんなにマンガのようにマヌケな感じで良いのか」という感想から出発した自分の感性に忠実に、最後まで正直に対象物を見つめ続ける姿勢も大変良い。百聞は一見に如かずということで、本書もカラーの口絵が満載で、それを見ているだけで楽しいし、あとがきにまで口絵がいっぱいというサービス振りが嬉しい。ベトナムの人にはベトナムの人の感性があって、それを完全に理解することはできないけれど、自分なりの楽しみ方を見つけてそれをぶつけて交流する、著者は本書でそんな国際交流の正しいあり方を示してくれている気がする。(「ふしぎ盆栽ホンノンボ」 宮田珠己、講談社文庫)

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大きな森の小さな密室 小林泰三

全くの偶然だが、先日読んだばかりの「メルカトルかく語りき」と似たような感じの実験的なミステリー。どちらかといえば本書の方が、「メルカトル‥」よりも、意識的な実験小説で、本格物のパロディという要素も強いような気がする。それぞてが違った趣向で楽しいが、特に「遺体の代弁者」のアイデアのすさまじさにはびっくりした。解説を読むと、同じアイデアの作品は他の作者によるものが既にいくつかあるようで、アイデア自体が著者のオリジナルということではないようだが、それにしても、この設定をパロディにしてしまう感覚はすごいと思う。収められた短編にそれぞれ出てくる登場人物が、他の短編に違う形で登場したり、別の本に登場したりで、この世界は、それらの登場人物たちが妖しくうごめく「小林泰三ワールド」の住人なのだという。他の作品でその世界をさらに見てみたいという気にさせられてしまった。(「大きな森の小さな密室」 小林泰三、創元推理文庫)

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