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世界堂書店 米澤穂信

作家が古今東西の短編を選りすぐった1冊。作家の個性を前面にだすのではなく、SFあり、歴史ものあり、幻想小説ありで、とにかく面白い作品を選んでくれているのが嬉しい。読んだことがあるのは「15人の殺人者」という1編だけで、後は全て「こういう面白い小説があるんだなぁ」と感心してしまう作品ばかりで、とにかく楽しく読むことができた。既読の1編も、こういう形で読み直すとまた違った趣で、最後のトリックを思い出せなかったせいもあるが、別の輝きをみせてくれたように思う。作家は仕事柄、多くの作品を読んでいるだろうという前提もあるが、こうした短編集を色々読んでみるのもいいだろうなぁ、と感じた1冊だった。(「世界堂書店」 米澤穂信、文春文庫)

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光待つ場所へ 辻村深月

著者の本は5,6冊目になるが、短編集は初めてと記憶している。これまで読んだ長編作品の印象は、社会を揺るがすような大事件やあっと驚く派手な展開はないが、一人の人間にはかなりの大事件というストーリー展開の程良さ、なおかつジンワリと心を打つ内容、という感じで、読後の感想は、ストーリーの面白さよりも「登場人物への共感」の方が心に残る、という感じだったと思う。そのあたりは短編集ということでどうかなと思ったのだが、結論としては、短編においてもそうした印象は全く変わらなかった。短編と長編では全く見せる顔が違うという作家が多いように思うが、長編と短編の同質性というのがこの作家の大きな特徴なのではないかとすら感じた。読者は、短編集ということで、ストーリー的には長編よりもやや小さめの出来事を扱った内容でありことを覚悟するのだが、その辺の程良さは短編集でもあまり変わっていないという印象を持った。こうした短編1つ1つの充実度というのは、普通の短編集ではなかなかないものだと思う。(「光待つ場所へ」 辻村深月、講談社文庫)

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空襲警報 コニー・ウィルス

ヒューゴー賞、ネビュラ賞を受賞した作品ばかり5編を集めた豪華な短編集。発表された作品数とヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞を受賞した作品の数を比べると、これだけ多くの受賞作を持っている作家も珍しい気がする。いわば、SF界お墨付きの彼女ならではの短編集ということだろう。本書に収められた5編は、いずれも、娯楽性が高いわけではないが、格調の高い読んでいてジンとくるものばかりだ。特に、「マーブルアーチの風」は死と老いについて深く考えさせられる傑作だと思うし、「ナイルに死す」もこういう歴史のとらえ方感じ方もあるのだなぁと感心してしまった。最後に収録されている「最後のウィネベーゴ」は最高傑作との声があるが、今一つ入り込めなかったのは「犬」の話だったからかもしれない(猫好きなので…)。受賞作品ばかりの短編集ということで思い切りハードルが上がってしまい、どんなSFらしいSFかしらと思って読んでしまったが、ハードSFとかサーバーSFとかとは対極にあるような作品で、SFには新しい科学的なテーマや最先端技術の更に先にある技術といった大きな仕掛けは必ずしも要らないということを図らずも再認識させられた。作者にはこうしたシリアスな作品以外に、ユーモアが前面にでた作品群もあるらしいので、そのあたりを次に読むのが楽しみだ。(「空襲警報」 コニー・ウィルス、ハヤカワ文庫)

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街場の憂国論 内田樹

安倍政権の右傾化、経済成長一辺倒の政策を憂う識者による論文集。読んでいると、玉石混交という感じが強いが、さすがに編者による、危うさの根源が「右傾化」というよりも「株式会社化」にあるという捕らえ方、徹底的に逆説的な文学者による論考の2編が心に残る。現政権の単純な批判よりも大切なことがあること、言い換えれば50年後位の将来を見据えた考え方に立って物事を考えることの重要性を教えてくれる1冊だ。(「街場の憂国論」 内田樹、晶文社)

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99%対1% アメリカ格差ウォーズ 町山智浩

世界の「民主主義国家」の盟主アメリカの政治における「おバカさを表すエピソード」満載の本書。雑誌か何かに連載された記事を集めたものということだが、書かれた時期が「オアマ大統領誕生直後」から「オバマ大統領再選直前」までということで、時期的にテーマがほぼ「オバマ大統領の再選を阻止しようとする保守派政治家・メディアのバカさ加減」にほぼ限定されていて大変判り易いし、統一感があるのが良い。それにしても、これほどまでに政治の世界に「嘘」や「曲解」や「悪意」があるということには驚かされる。こうした状況にありながらそれでもアメリカ国民が政治に絶望しないというのもある意味すごいことかもしれない。ある上院議員の「政治家はフリーダム、、ジーザス、アメリカの3つを叫んでいればよい」という言葉に集約されるアメリカ政治のおぞましさは、第一級のホラーのように思われる。格差社会、ポピュリズム、リバタリアンのいくつ先が個々にある。なお本書は、巻末の解説も秀逸で、読後に「ああ面白かった」と思った後の「要するに何だったけ?」というもやもやを実にきれいに解消してくれる。こういう解説を読むと、文庫本から「解説」がなくならないでほしいと心底思う。(「99%対1% アメリカ格差ウォーズ」 町山智浩、講談社文庫)

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怪談 柳広司

軽いホラー小説で、解説には「合理的な謎とき(ミステリー)と不思議(ホラー)のバランスがとれた作品」と書かれているが、合理的な解釈の提示がない以上、どう考えても本書はホラー小説だろう。そもそも「合理的」かどうかをミステリーとホラーの境界にするのであれば、最終的に合理的なのかどうかだけが問題であり、その中間とか「バランスがとれた」とかの入り込む余地はないはずだ。私自身は、最後に合理的な解釈がない物語には、何となく物足りなさを感じてしまう方なので、どちらか1つと言われればミステリー好きということになるが、たまにはこうしたホラー小説も良いものだと思う。(「怪談」 柳広司、講談社文庫)

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東京プリズン 赤坂真理

読む前に想像していた内容と実際の内容がここまで食い違っていたという本も珍しいような気がする。戦争責任を扱った東京裁判に関する本は、一般的な解説書のようなものを読んだことがあるだけで、ほとんど知識がなかった。若い女性がアメリカに留学し、そこで東京裁判に関心を持ち…という本書のあらすじを聞いて、てっきりそうした内容の本だ自分で勝手に思い描いていた。ところが、実際読んでみると、話の大半は思念的な幻想小説のようなものだった。予想を裏切る内容というのは、読書にプラスになることも多いが、本書の場合、ここまでかけ離れていると、読書のための覚悟ができていないせいか、なかなかその世界に入り込めないということで、戸惑いの方が大きくなってしまった。しかも、若い主人公が、東京裁判に関する色々な事実を知っていく場面で、かなり有名な事実に主人公が驚くのだが、読者としては、一緒に驚くところなのか、若い主人公の心情を見守るだけで良いのか、そのあたりも良く判らなかった。若い人が、異文化に触れて、色々思うことが夢のような扱いになっているが、丁寧に描かれていて、そのあたりは共感できる部分が多いのだが、肝心の東京裁判に関するところで、大きなギャップを感じてしまったというのが正直な感想だ。(「東京プリズン」 赤坂真理、河出書房新社)

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万能鑑定士Qの謎解き 松岡圭祐

Qシリーズの20冊目、αシリーズと合わせて25冊目という記念出版だという。Qもαも全部読んでいるので自分としても25冊目ということになる。よくも飽きずに読んでいるなぁと感心してしまうが、これまでにもここで書いてきたように、この作者の作品には「飽きさせない」工夫が満載であり、その工夫に私自身もまんまと乗せられてしまっている。今回の作品は、さほど大きな仕掛けのようなものはないが、日中関係の険悪化等の国際問題・時事問題を大胆に取り入れて、これまで以上に今を感じさせるストーリーになっている。大方の謎ときが終わってしまったように思える段階で、「読者への挑戦状」のようなものが挿入されており、「あれっ?」と思うのだが、最後にもう一つびっくりする仕掛けが残されていて、これが「謎とき」というタイトルの意味だったのかと納得させられる。主人公の緻密な論理的な推理に対抗して自分でも「謎とき」を、と思わずに流して読めるのが本シリーズの良さだと思っているので、やや面喰ってしまったが、その「挑戦状」も流してしまえば済む話で、これまでのものと何ら変わるところがないので一安心だ。(「万能鑑定士Qの謎解き」 松岡圭祐、角川文庫)

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硝子の葦 桜木紫乃

これまでに読んだ著者の作品に比べると、かなりミステリー色の強い本書だが、やはり際立っているのは、北海道の風土が作品全体を覆っていて、すとーりーに独特の重さを感じさせるという点だ。東北の人々の粘り強さとはまた違う、人々の自然との折り合いのつけ方のようなものが、文章から立ち上ってくる。自然の厳しさに耐えるというのではなく、ある種のあきらめのような感覚と、そこからくる突き抜けたような明るさ、達観が垣間見えるような気がする。最後のどんでん返しには驚かされるが、そこだけに気をとられてはいけない、ミステリーとして読むにはもったいないという感じすらしてしまう作品だ。(「硝子の葦」 桜木紫乃、新潮文庫)

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青子の宝石事件簿 和田はつ子

ある特殊な分野とか業界で起こる色々な事件をその分野の専門家がその専門知識を生かして謎ときをする、というおなじみのパターンの作品だ。こうした作品の場合は、扱う分野の魅力と登場人物の魅力、この2つが面白さの2大要素といって良いと思うが、本書はどちらかと言うと、前者の魅力が勝っているように感じた。宝石にまつわる色々な話、パライバトルマリン、ブラックオパールの話などは、全く知らない世界だったので非常に興味深く読むことができた。話自体は、ミステリーの要素はほとんどないが、薀蓄話もほどほどで、のんびり読むことが出来た。随所にこんな偶然があるはずはないというご都合主義が若干目についたが、ご愛嬌という程度だし、「この業界は意外と狭い」ということなのかと思うと、それほど気にはならなかった。(「青子の宝石事件簿」 和田はつ子、ハルキ文庫)

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虚ろな十字架 東野圭吾

最初に書かれているエピソードが、本筋とどうつながるのかがなかなか判らず、最後に「そういうことだったのか」と納得。言ってみれば、その謎だけでぐいぐい読者を引っ張っていってしまう、そのあたりの構成が本当にうまいなぁと感心する。話の内容は、悲しい犯罪者、意外な動機、犯人を告発しても手放しで喜べない真相、法律では裁ききれない善悪の彼岸など、最近の作者らしさ満載で、名作「容疑者Xの…」につらなる作品ということになるだろう。単独でみれば本書も十分「傑作」「作者の代表作」ということになると思うが、どうしても「容疑者X」と比較してしまうことになるのが辛いところだ。(「虚ろな十字架」 東野圭吾、光文社)

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首切り男のための協奏曲 伊坂幸太郎

読む前に、既読の人に「軽い内容」と聞いてしまったのがいけなかったのか、最後まで腰を据えて読むことができなかったのが残念。本を読む前に「書評」等を読むのは読書意欲向上の助けになることが多いが、こうした曖昧な「寸評」とか「感想」を聞いてしまうと、反対に読書意欲がそがれてしまうこともある。本書の内容は、軽いか重いかは別にして、著者独特の場面や登場人物が頻繁に変わるいつものスタイルだが、「連作集」という割にはそれぞれの話や人物の繋がりが弱く、それにも戸惑ってしまった。これも、「連作集」ではなく普通の「短編集だと思って読んでいればそうした戸惑いも少なかっただろうという意味で、本読む前の事前情報のとり方の難しさを感じる。本書の場合は、帯等に「連作集」であるかのような言葉が並んでいて、自分の思い込みかもしれないが、少しフェアじゃない気がした。話としては、「因果応報」とか「罰があたる」ということはどういうことなのかというあたりで繋がっているとは思うのだが。それにしても、著者の作品に出てくる登場人物は、現実にはありえないような不思議な感じがすることが多いにも関わらず、妙に現実味があるよう感じられるのが不思議だ。(「首切り男のための協奏曲」 伊坂幸太郎、新潮社)

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アリス殺し 小林泰三

おとぎ話の世界が舞台になっているようなキワモノ的なミステリーのようだったので、あまり興味を惹かれなかったが、書評などの評判がなかなか良いので読んでみることにした。呼んでみた感想は、キワもの的ではあるものの、読んで損のない評判通りの面白さだった。全く論理的でない「不思議の国」と現実の世界がある1つの法則で繋がっているという設定で、2つの世界の殺人事件が交互に描かれていく。この設定が様々な理不尽な問題を引き起こすのだが、最後にとんでもないどんでん返しの連続で読者を翻弄する。その翻弄のされ方が読み手を楽しませてくれる。アイデアの勝利といってしまえばそれまでだが、普通のミステリーの醍醐味を知りつくしている作者にしか書けないトリックが際立っている。ああ面白かったと最後に言える傑作だと思う。(「アリス殺し」 小林泰三、東京創元社)

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特等添乗員αの難事件Ⅴ 松岡圭祐

著者のシリーズ物は「万能鑑定士」と「特等添乗員」の2つをずっと追いかけている。似たような感じなのでどちらかもうやめても良いかなとも思うが、本屋さんで見かけるとやはり買ってしまう。2つのシリーズのうち本書の「特等添乗員」のシリーズの方は、主人公の恋愛の部分が多かったりで、イメージとしては、今1つの「万能鑑定士」よりも軟弱な印象を受ける。それでもいいやと思ってつい入手してしまうのである。本書もそんな感じで入手し、内容も案の定かなり軟弱な内容だったのだが、こまごましたところの主人公の推理が思った以上に面白く感じられた。最後のどんでん返しも、意表をつかれた感じで、あまり期待していなかった分、新たな魅力を発見、次も読もうと思ってしまった(「特等添乗員αの難事件Ⅴ」 松岡圭祐、角川文庫)

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女のいない男たち 村上春樹

とにかく話題になっているし、本屋さんでも山積みになっているし、評判もそこそこ良いようだし、ということで読んでみた。まずは、最初の「まえがき」が良い。著者の作品が「受注生産」ではなく「持ち込み企画」だという本書の内容に関係のない話からしてとても面白く、グイッと引き込まれてしまった。やはり著者の文章は何か独特の面白さがある。そして1つ1つの短編もそれぞれ印象的だが、最後の一番短い短編が全てを締めくくり、さすがに凄いなぁと感心してしまう。ビートルズの「サージェントペッパー」を意識したと著者が語るように、全体を貫くモチーフが本書を「トータルアルバム」にしている。やはり他の作家にはない共感させる何か、思いを文字に定着させる何かを感じる1冊だ。 (「女のいない男たち」 村上春樹、文芸春秋社)

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