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犬とハモニカ 江國香織

小説を読むことの意味のひとつに、読みながらある感情に浸るということがあるように思う。ストーリー展開にハラハラするでもなく、最後のどんでん返しを楽しみにするでもなく、ただ読んでいる時に感じる思いに浸るという読書がある。本書は、まさにそうした読書をすることを楽しむ一冊だ。楽しむといっても、本当に楽しい気分になることもあれば、沈鬱な気分になることもある。本書はどちらかといえば、静かに孤独な気分になるという類の話が収められている。空港を行き交う人々、自分の部屋で寝る時に感じる思いなど、何れを読んでも、何となく人というのは孤独なんだなぁ、同じ場所で同じものを見ていても結局人はそれぞれ違うものを見ていて違うことを考えているんだなぁという気分になる。元気を貰える小説ではないが、こうした気分を味わった先に、人生色々という開き直りに近い感情が湧き上がってくる気がした。(「犬とハモニカ」 江國香織、新潮文庫)

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狼の時間 太田紫織

例によって、自分がこのシリーズの何冊目まで読んだか覚えておらず、書店で新刊らしきものを見かけたら、念のために奥付の発行日付をを確認し、それが最近であれば購入するという、心もとないパターンが続いている。シリーズ当初は骨にまつわる短編ミステリーという趣きだったが、少し前から話は少しずつ全体を通じた大きなストーリーの比重が高くなってきていて、話のつながりを覚えていないとやや辛い感じになってきている。追いかけているシリーズが少なければそれでも問題ないのかもしれないが、色々なシリーズを追いかけている者としては、この変化はあまり歓迎できない。ストーリーの進展が遅いのでなんとか記憶が曖昧でも読めているという感じだ。本書でも、骨に関するミステリーという要素は、ほとんど皆無になっている。読み続けていても誰だかはっきりしない名前が出てきて困ることが多くなってきてしまった。(「狼の時間」 太田紫織、角川文庫)

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ジャック・リッチーのびっくりパレード ジャック・リッチー

日本でのオリジナル編集という短編集の第2弾。30近い短編が収録された豪華な1冊だが、第一弾と同様、軽く読めて楽しい作品集だ。色々な作品が並んでいるが、大半は「犯罪絡み」の話で、小賢しい犯罪者や警察を出し抜く悪知恵の働く犯罪者の話だったり、知恵が足りない滑稽な犯罪者の話だったりだが、読んでいて一番面白いのは、読者が登場する小賢しい犯罪者や警察と同様に作者に翻弄される類の話だ。短い簡潔な文章であっという間に読み終わってしまうので、作者との知恵比べという感じにはならないが、そういうことでしたかと思わずうなってしまう。短編のなかに、名作「エミリーがいない」と途中までそっくりの話が載っていて、あれっと思ったが、結末は全く違うものだった。そんな肩すかしまで楽しめてしまう稀有な1冊だ。(「ジャック・リッチーのびっくりパレード」 ジャック・リッチー、早川書房)

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探偵の鑑定 松岡圭祐

ずっと読み続けてきた2つのシリーズの2大ヒロインの邂逅というファンには嬉しい設定で、読んでいるだけで楽しい作品だ。そもそも2人の出会い方が、かなり読者の意表をつきつつも、初めから想定していたかのような巧妙さで、まずは驚かされる。万能鑑定士Q、の主人公の行動にそのような問題点があったとは驚きだし、一方のヒロインの方もメインのストーリーが一段落したところならではの行動といえる。まさに出会いのタイミングも抜群で、単に人気シリーズのコラボに止まらない必然性のようなものを感じる。毎回のことだが、この作者のこのようなところの巧妙さには本当に脱帽だ。話の過激度は、2つのシリーズの中間位という感じだが、どちらかと言えば、「探偵の探偵」に近い気がする。なお、本書の終わり方を見ていると、作者は本シリーズで2つのシリーズを同時に完結させたいと思っているような雰囲気だ。(「探偵の鑑定」 松岡圭祐、講談社文庫)

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現代詩人探偵 紅玉いづき

著者の作品は、かなり昔になるが、話題になったライトノベル作品があり、それを読んだ記憶がある。その時は、著者のストーリーの面白さに感心した。本書は、著者が初めて挑んだミステリーとのことだが、ミステリーの要素は少ない。後半にどんでん返しがあるものの、その部分を謎だと思っていなかったので、衝撃を受けるという感じにはならなかった。それにしても、本書は、ライトノベル作品とはかけ離れた重たい内容だ。話自体は単純だが、それをここまで読ませる著者の力量は只者ではない。おそらく、著者のライトノベル作品を読んだ編集者のような立場の人が、一般人向けの作品をと言って著者に本書の執筆を進めたのだろう。今回の作品は、読者からみてもやや力が入りすぎている。その力が抜けたところで書かれる第2作目に大いに注目したい。著者の文章の才能は紛れもなく本物のように思われるからだ。(「現代詩人探偵」 紅玉いづき、東京創元社)

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化学探偵Mr. キュリー4 喜多喜久

軽く読めるシリーズなので、一番最近読んだ本が何冊目だったかという記憶はほとんどなくなってしまっているのだが、本屋で平積みになっているのを見かけて、その時に何となく最近読んでいないと感じたら、購入して読む。こんな読み方でほぼ間違いないのは、そのシリーズの続巻の刊行のペースが自分のサイクルにちょうど良いからなのだろう。本書も、本屋さんで見かけて何の疑いもなく購入したのだが、ちゃんと前に読んだ間の続編だった。本書はシリーズ4作目になるが、主人公の化学者が専門の知識を活かして大学内で起こる事件の謎を解くという当初のコンセプトは次第に陰をひそめ、本書などでは、ほとんど化学の知識や蘊蓄が出てこなくなってしまっている。それでも提示される謎とその謎解きが面白いので、読者としては満足できる気がする。(「化学探偵Mr.キュリー4」 喜多喜久、中公文庫)

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象は忘れない 柳広司

最近「東日本大震災」後といえる小説が相次いで刊行されている。本書も「東日本大震災」を真正面から取り上げた小説だ。大震災については、政府や電力会社の当時の対応について色々な議論があるが、本書の特徴は、その辺りを非常に断定的に記述していることだ。様々な要素を考えたり、色々な立場を考慮したりという作品はいくつもあるが、本書のようにズバリと言い切ってしまうというのも、ある意味で小説ならではの大切なことだと感じる。特に、本書の4つ目に収められた、ともだち作戦に従事したアメリカ軍関係者と心理カウンセラーの会話を軸とした短編は、本当にこんなことが起きていたのかもしれないと思えてきて、背筋がぞっとした。本書を読んでいる最中に、九州熊本での大きな地震のニュースがTVでずっと流れていた。非科学的と言われるかもしれないが、本書を読みながら、やっぱり日本の原子力発電はなくした方が良いなぁと思った。あくまでも小説は小説だし、どこまでが現実と合致しているのかは見極めながら読まなければいけないとは思うが、私自身がそう感じたことも確かであり、これも小説の力なんだと強く感じた。(「象は忘れない」 柳広司、文藝春秋社)

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オーブランの少女 深緑野分

作者の存在は「戦場のコックたち」を読んで初めて知ったのだが、その面白さにびっくりして、作者の作品を探してたどり着いたのが本書。同じようなことを考える人が多いのだろうか、行き付けの本屋さんでちゃんと平積みになっていた。こういう本屋さんは、それだけで信頼できる気がする。本書の内容の方は、これまた見事というしかない。時代も国も全く違う5つの短編が収められているが、それぞれの世界がしっかりと描写されていて、物語としても申し分なく面白い。読んでいると、いずれの短編にもミステリー的な謎が用意されているが、それが無理やり頭でひねり出したような謎ではなく、真実が少しずつ明らかになる前にその真実が謎に見えるという感じがする。著者の初めての作品集ということだが、巻末の解説者の言葉通り、どこにこんな才能が隠れていたのか本当に不思議な気がする。世の中、すごい才能ってあるんだなぁと、つくづく思う。(「オーブランの少女」 深緑野分、創元推理文庫)

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やがて海へと届く 彩瀬まる

題名も知らないし、作者の名前も知らなかったのだが、たまたまサイン本を見つけたので読むことにした。これは私の本の選び方の1つで、素晴らしい作家との新しい出会いをもたらしてくれることがある。本書は、東日本大震災で友人を失った主人公が、その友人を知る人々と語ったり行動するなかで、友人の死に対する思いが人それぞれで全く違うことに怒ったりいらだったりしながら、死というものを見つめ直していくという内容だ。読んでいると、ここで扱われているのは、一人の人間の死というよりも、もっと大きな普遍的なものなのかもしれない。東日本大震災は、自分も含めて、「死」というよりも「虚無」と向き合った経験だったような気がする。(「やがて海へと届く」 彩瀬まる、講談社)

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水鏡推理2 松岡圭祐

新しいシリーズの第2作目。第1作目では、世のなかの学問的な権威と呼ばれる存在を次から次へと成敗していく主人公の姿が痛快だった。本書でもそのコンセプトは変わらず、世の中には胡散臭い権威というものがいかに多いかを痛感させられる。本書でも、現実の事件を下地にしながらも全く新しいストーリーが展開されるが、ここでもその現実の事件とフィクションの親和性がますます強くなり、その境界もさらにあいまいになっている気がする。読みながら読者の考えはどうしても現実の事件の方にいってしまうが、その現実の事件も、色々な可能性が考えられるし、もしかするとこの作品の謎のように案外単純なのかもしれないなどと妄想してしまう。次の作品があるのかどうかはっきりとは判らないが、次はどんな事件を下地にした作品が読めるのか楽しみだ。(「水鏡推理2」 松岡圭祐、講談社文庫)

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2016年本屋大賞予想 反省

今年の本屋大賞が「羊と鋼の森」に決まった。大賞を予想した「君の膵臓が…」が惜しくも2位だったのは少し残念だが、受賞作品はTVでも話題になっていたし、私も次点に押していた作品なので、個人的には順当な結果のような気がする。今回の結果を見て気がつくのは、大賞から第5位までの作品が女性作家で占められているということだ。女性作家の方が元気が良いというのは、本屋大賞に限った話ではないし、今回の結果もたまたまということではないだろう。

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図書館の殺人 青崎有吾

シリーズ第3作目。主人公が、読者の推理を再構築させる気を失わせるほどの緻密な推理を披露するというコンセプトは不変だ。そうしたアクロバティックな推理を楽しみつつシリーズ全体に関わるストーリーを楽しむのが、このシリーズの醍醐味だと判ってきた。そのシリーズ全体に関わるストーリーの核になると思われる第2作目で少しだけ登場した主人公の妹とか、主人公の奇妙な生活の秘密などは、本書では残念ながらほとんど明らかにはされなかった。面白いから良いけれど、当分の間、このシリーズと付き合う必要がありそうだ。(「図書館の殺人」 青崎有吾、東京創元社)

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キリスト教のリアル 松岡信司

軽い啓蒙書だが、目の付けどころが良い。牧師さんの給料はいくらなのかとか、キリスト教の葬式費用はどのくらいなのかとか、牧師さんは日常業務としてどんなことをしているのかとか、今まで気にもしなかった「キリスト教のリアル」に対する「へぇそうなんだ」というトリビアが満載で面白い。火葬場に行くと何故か仏教の様式が当たり前のようになっているが、そんな中でキリスト教徒の葬式も行われているというのも、初めて知った。それと同時に、一口にキリスト教と言っても色々な宗派があって随分バラエテイがあるということも分かった。教会と言えば、中学校の時に家の近くの教会の神父さんに英語を教えてもらっていたという思い出しかないが、そんな話はどこにも書かれていない。これも普及活動の一つとしてあの神父さんが個人的に工夫をしていたということだったんだと初めて知った。(「キリスト教のリアル」 松岡信司、ポプラ社)

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依頼人は死んだ 若竹七海

巷に溢れる本格ミステリー、お仕事ミステリー、ユーモアミステリーなどとは明らかに一線を画す真面目なミステリーだ。奇をてらったところのない地味な作品だが、今の時代、かえって稀少価値があるような気がする。どちらかというと作風は、東野圭吾に似ているといって良いだろう。本の帯に「不運の女探偵」というキャッチコピーが使われているが、これはややミスリードだ。作者は、主人公を殊更「不運」には描いていないし、そもそも主人公は不運なのではなく、不器用さと実直さから自ら進んで楽でない道を選んでいるのだ。こうした設定で魅力ある人物と作品を生み出す、これこそ作者の才能なのだろう。(「依頼人は死んだ」 若竹七海、文春文庫)

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脱老後貧困 サンデー毎日取材班

これも不安産業の一種だろうが、最近、この手の本が氾濫している。要は、はっきりした不安や問題はないのだが、漠然とした不安が身の周りを覆っていて、その原因や対処方法を知りたくなるということだ。老後という文字を見るとつい買ってしまう自分も、それにとりつかれているということになる。ただし、それだから読む意味がないかと言えば、そうでもない。実態を知ることで不安が取り除かれることもあるし、事前の準備方法を教えられることもある。こういう本の良し悪しは、後者の準備の準備方法がどれだけ提示されているかだ。この本の場合は、何冊か読んだ類似本の中でもまずまずというところで悪くはないが、決定本と言えるまでのものではなかった気がする。(「脱老後貧困」 サンデー毎日取材班、毎日新聞社)

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