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栞と紙魚子他 諸星大二郎

職場に著者のファンがいて、その話を聞いていて久し振りに著者の作品を読みたくなりネットで検索した。多くの作品が絶版になってしまっている一方で、そのファンのようなコアなファンが多いのだろう、昔の作品のベスト集のようなものがたくさん刊行されていた。しかも自選集などはずいぶんと高い値段がついている。自分はそこまでのファンではないので、今入手できる作品の中から、文庫化されている比較的安価なもので、昔読んだことのありそうなものを避けて、とりあえず3冊選んで注文した。それが「栞と紙魚子」「壁男」「瓜子姫の夜」の3冊だ。昔読み漁った著者の本ということで、心情的には懐古的な楽しさが大部分を占める一方、神話や土着の言い伝えをベースにしたもの、SF的なもの、現実とかい離した不条理な世界等、多彩な世界を純粋に楽しむこともできた。たまには昔読んだ本を振り返って、そこに新しい魅力を探すというのも良いなぁと感じた。(「栞と紙魚子」「壁男」「瓜子姫の夜」  諸星大二郎、朝日新聞出版)

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ランクA病院の愉悦 海堂尊

作者の本は、バチスタシリーズも終わってしまったし、AI関係の小説や解説書もだいぶ読んで少し飽きてきてしまったしで、新刊を見かけても何となく手に取らなくなってしまっていた。本屋さんで文庫コーナーの本書を見た時、文庫になっているのに見たことのない題名だったので、不思議に思い裏表紙の解説を読むと、何となく今までの作品とは違う路線の内容である気がして、とりあえず読んでみることにした。本書は、著者の本としては珍しい短編集だが、読んでみてどれも大変面白かった。特に、最初の「健康優良成人プロジェクト」、最後の「ランクA病院」の2編は、現在の医療に関する問題点を鋭く提示する傑作で、久しぶりに著者の本を満喫した。それぞれのテーマが色々に発展しそうなものばかりで、読後、また著者の本で面白そうなものがあったら読んでみようと思わせる一冊だった。(「ランクA病院の愉悦」 海堂尊、新潮文庫)

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日本異国紀行 石井光太

仕事柄、日本に来た外国人が日本をどのようにみているのか、日本で何を感じながら生活しているのか、実際にどのような生活を営んでいるのかなどが、気になる。最近のインバウンド・ブームでそうした本も増えているような気がするし、おざなりの観光スポットの紹介や日本の良い面を強調したものだけでなく、もっとディープなものや日本の暗い面に焦点を当てた内容の本も良く見かけるようになった気がする。本書もそうした日本で暮らす外国人の暗の部分に焦点を当てた一冊だ。本書で扱われているのは、外国人が日本で客死した時の話、日本における外国人が関わる性産業の実態、日本でうごめく外国人相手の宗教団体など、いずれもなかなか目にすることのない外国人にまつわる闇の部分の解説だ。そこには、アジアの経済発展、刻々と変わる世界情勢、日本社会の成熟した部分と未成熟な部分といった大きな流れと無縁でない様々な現象が垣間見られる。確かにそうしたものの奥に、現代の日本と世界各国を映し出す鏡があるのだと強く実感できる一冊だ。(「ニッポン異国紀行」 石井光太、NHK出版新書)

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自殺予定日 秋吉理香子

「パワースポット」「風水」「健康グルメ」「学校生活での友人関係の悩み」など今どきの若者の趣向や関心事を強く意識した本だが、誰が読んでも気軽に楽しめる感じのミステリー。題名や装丁からしてかなり暗くて救いのない話かもしれないと思いながら読み始めたが、それは杞憂だった。、ミステリーといっても、結末はこれしかないという着地だが、その分安心して読めるし、最後の数ペ-ジのどんでん返しはこの程度のミステリーと高を括ったところで明かされるので、なかなかに衝撃的だ。ところどころに解説が入り各章の題名にもなっている「六曜」の薀蓄もなかなか面白い工夫だ。ネットで検索してもまだ数編しか著書がないので、新人作家という部類に入るのだろうが、この作家の書いた大人向けと思われる本を1冊見つけた。次に読むとしたらこれだなと感じた。(「自殺予定日」 秋吉理香子、東京創元社)

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美人薄命 深水黎一郎

最近著者の本を読み出してみて、ようやく著者の本にどのようシリーズがあって、そのシリーズの主人公が誰で、ということがほぼ判ってきたが、本書は、そうしたシリーズものに属さない単独の作品のようだ。内容としては、これまでに読んだ作品の中では最もオーソドックスな内容で、かつミステリー色が弱いが、最後のどんでん返しは相変わらず作者ならではの感じで満足出来る一冊だった。これまで著者の未読の作品を後追いで読んできたが、手元に残ったのはあと1冊。かなり寂しい気がする。(「美人薄命」 深水黎一郎、双葉社)

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蛇行する月 桜木紫乃

東京と北海道を舞台にした六つの短編が収められた本書。それぞれの短編には女性の名前が付けられていて、その女性の視点で話が語られる。その全ての短編に登場するもう一人の女性がいて、それぞれの主人公はその一人の女性と自分を対比することで、自分の息詰まった環境からの脱出を図る。そこから浮び上がってくるのは、幸せというものの相対性だ。自分の基準ではどうしても幸せとは思えない境遇を幸せだと表現する他人。それは、自分の境遇に対する行き詰まり感を無力にする力を持っている。元気を貰える訳ではないが、くよくよしても幸せにはなれないという気持ちにしてくれる不思議な一冊だ。(「蛇行する月」 桜木紫乃、双葉文庫)

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ミンコット荘に死す レオ・ブルース

60年前に書かれたイギリス作家のミステリー。おそらく訳が原文に忠実なのだろうが、登場人物の発言が芝居がかっていたり、皮肉たっぷりだったりで、とにかくイギリスの小説という雰囲気が随所に満ちている。特に、探偵役の主人公が関係者の証言を集めて回る場面などでは、もう少しストレートにしゃべってくれないと肯定しているのか否定しているのか判らないといったケースも散見されるが、こうした回りくどい描写や雰囲気を全部取り払ってしまったら、それはそれで味気ないものになってしまうんだろうなぁと思う。全体を通じて、良くも悪くもイギリスらしいミステリーを堪能できた気がする。ミステリーの内容としては、流石に60年前の作品という感じで、似たようなトリックの作品を読んだことがあるが、本書の書かれた時期を考えれば、当時としてはかなり斬新なアイディアだったのだろう。全体を通して、良くも悪くもイギリスらしいミステリーを堪能できた気がする。(「ミンコット荘に死す」 レオ・ブルース、扶桑社ミステリー)

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おとめの流儀 小嶋陽太郎

マラソン、剣道などスポーツ女子の小説は色々あって、どれも結構面白いが、本書は中学校「なぎなた」部のお話だ。非常にマイナーな競技というところに色々面白さが潜んでいる。まずマイナー過ぎて県大会や地区予選がなく、いきなり「全国大会」というのが面白い。普通の競技ならば、県大会とか地区予選の突破が主人公たちの当面の目標ということになるのだが、本書では目標自体にアッと驚く仕掛けが施されている。登場人物の1人からその目標が語られた時、その他の登場人物と一緒に読者もあっと驚かされるという仕掛けだ。彼女らにとって、「全国大会」は目標達成のための一つの経験の場でしかない。自分は中学校の時にマイナーなスポーツをやっていたが、それでも全国大会に出るためには都大会で準優勝以上の成績を残さなければならなかったし、一回勝つと決勝戦という規模ながら区大会もあった。マイナ-なスポーツを続けるにはそれなりの苦労もあるが、労せずして「全国大会出場」の称号を貰えるというのは、ほかのメジャーなスポーツをやっている人にとっては結構うらやましいことだろう。話自体は、悪い人は全く出てこないし、苦労した分だけ報われるという結果でもあり、大変気持ち良く楽しめた。(「おとめの流儀」 小嶋陽太郎、ポプラ社)

 海外出張等のため、一週間程、更新をお休みします。

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葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午

最近著者の本を何冊か読んで、本格ミステリーから脱却しようとしている著者の奮闘ぶりが面白く、まとめて読みだした。本書は著者の最も有名な作品ということは何となく知っていたし、自分としては既に読んでいると思っていたのだが、調べてみるとまだ読んでいないらしい。最後まで読み終えてみたが、話のすべてに関わる大きな仕掛けに最後まで全く気が付かず、作者のまんまと「してやられた」感じだ。おそらくその「してやられた」感が、本書を作者の作品で最も有名な作品にした理由だろう。時代を行き来する全体の構成、その中の表現の1つ1つが、最後のトリックを成立させるために綿密に計算されたものであると判る。作者の執筆当時の課題が、「本格ミステリーからの脱却」「超人的な探偵によるトリックの暴露」であったということが実によく頷ける。この2つを背負っていては、この傑作は決して書かれることがなかっただろう。(「葉桜の季節に君を想うということ」 歌野晶午、文春文庫)

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移民の宴 高野秀行

留学生の相手をする仕事についていると、どうしても世界各国の食文化について、知っておいた方が良いという気がしてくる。本書は、日本に滞在する外国人の食文化について書かれたノンフィクションだ。同じ外国人でも、自国に住む外国人と日本に滞在している外国人には食材入手の困難さや気候の違いなどによって微妙な食文化の違いがあるのは当然だろう。そのあたりの微妙な違いを知ることができればと思い、読んでみることにした。本書は、雑誌の連載記事をまとめたものだが、ちょうどその連載の時期が「東日本大震災」の時期と重なっていたようで、全体の3分の1くらいは震災がらみの話になっている。震災直後、多くの在日外国人が自国に避難したが、そんななかで日本に留まった外国人、即ち強い覚悟をもって日本に滞在する外国人、あるいは既に長期に亘って日本に滞在していて自国に帰るという発想がそもそもない人々、ここに描かれているのはまさにそんな人々の食生活だ。生活の基本中の基本となる食事の話だけに、人々のこだわりやそれにまつわる様々なコミュニティーの様子がよく判る。世界のことが楽しく学べる一冊だ。(「移民の宴」 高野秀行、講談社文庫)

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どこかでベートーヴェン 中山七里

作者の「作曲家シリーズ」の第4作目。前の作品が刊行されてからずいぶん経った気がするが、調べてみると約3年半振りの新刊ということだ。シリーズの各作品が面白くて次への期待が大きい分、ずいぶん長く待たされたような気がするのだろう。本書では、かなり時間を遡って、前作の主人公だった岬青年が高校生の時に巻き込まれた事件が扱われている。そのためか、話の多くが主人公の人物像あるいはそれを形成した環境を語るエピソードで占められている。ミステリーとしては、かなり単純な内容で、真犯人もそれほど意外ではない。シリーズのファン、あるいは音楽好きの読者に焦点を絞った作品と言えるが、主人公や語り手を含む登場人物の大半が高校生ということで、彼らの「自分とは何者なのか」という問いかけに対する葛藤には強く心を動かされるものがある。(「どこかでベートーヴェン」 中山七里、宝島社)

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世界をひとりで歩いてみた 真鍋かをり

一人旅を楽しむ人気女優が、そこで出会ったことや感じたことを綴ったエッセイ集。良い旅の楽しみ方をしているなぁと、読んでいて少し羨ましくなる。結構大胆なことをするなぁという部分も少なくなく、そのあたりは賛否両論があるかも知れない。例えば、旅先で不用意にタクシーに乗り、ボラれた話などは、「そういう人がいるから日本人が狙われるんだ」と、不愉快に思う人もいるだろうが、通を気取って断固拒否した話を得々とする人や、それで却って危ない目にあってしまう人の話よりはずっと参考になるし、何よりも読んでいて清々しい気がする。軽い読み物だが、自分に合った旅とはどういうものか、もう一度考えてみたくなる一冊だ。(「世界をひとりで歩いてみた」 真鍋かをり、祥伝社文庫)

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先生、大事なものが盗まれました 北山猛邦

ミステリーの王道である「誰が?」「なぜ?」「どうやって?」ではなく、「何が?」という謎を楽しむ、新機軸のミステリーという触れ込みの本書。読んでみると、確かに新機軸ではあるが、これをミステリーと呼ぶかどうかは微妙なところだろう。但し、そうしたジャンルを考えずに読めば、本書は確かに面白いし、この独特の世界は自分個人としては大変好きな部類に入る。この世界、まだまだいくらでも話を広げられるだろうし、本書を読んだ読者としては、ぜひそうした広がりを期待したい。今後の展開によっては、何回も楽しめそうなシリーズの誕生という予感がする。(「先生、大事なものが盗まれました」 北山猛邦、講談社タイガ)

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ロボット・イン・ザ・ガーデン デボラ・インストール

書評誌で絶賛されていた本署。その書評誌でこれだけ褒めちぎられているのは珍しいと言えるほどの絶賛振りにやや困惑しながらも、とにかく読んでみることにした。読み終わった感想は、話が面白い上に、とにかく主人公のロボット「タング」が可愛いということだ。表紙に書かれたロボットの可愛さもさることながら、全編を通じた「タング」の行動や発言一つ一つが何とも言えずに微笑ましい。その理由は単純明快で、その行動や発言が「赤ん坊」「幼児」「子猫」といった可愛いものの代名詞のような存在を想起させるからだ。作者自身も、新生児を育児しながらこの作品を執筆したと明かしている。要するに育児の体験をそのままあるいは形を変えて、主人公のロボットに投影させたのだろう。育児をしながら執筆した本といえば「ハリーポッターシリーズ」を思い出すが、同じ「育児をしながら」でも、これほど違う作品を生み出す原動力になるのだなぁと感心した。ものすごい事件に巻き込まれるのだが、その悪役も何となく間抜けであっさりしている。世界を駆け巡る主人公たちが「東京」に立ち寄る章では、世界から「東京」ってこう見られているんだということが判ってうれしくなった。掛け値なしで、本年の忘れがたい1冊の1つだと思う。続編を執筆中とのこと、翻訳で読めるのは何年先になるか判らないが、気長に待ちたい。(「ロボット・イン・ザ・ガーデン」 デボラ・インストール、小学館文庫)

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「過剰反応」社会の悪夢 榎本博明

逆ギレする老人、クレーマー、モンスターペアレンツなどの現象を「過剰反応社会」という言葉で括り、そこから見えてくる社会の病理を解説してくれる本書。そこに描かれているのは、自分と違う意見や不快な出来事に対して不寛容な人々が過剰な反応を見せ、それに対して会社や学校が過剰な反応で対応するという負の連鎖だ。自分としては、その問題について団塊の世代に象徴的に見られる現象のように捉えていたが、どうやらもっと根深いものだと考えなければいけないようだ。この連鎖を断ち切る特効薬はなくても、一人でも多くの人が変だと思うことで少しずつ変えていかなければいけない。本書はそれに役立つ一冊だろう。(「「過剰反応」社会の悪夢」 榎本博明、角川新書)

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