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彼岸花 宇江佐真理

江戸の市井に暮らす女性を主人公にした短編集。主人公達は、いろいろな制約のある世界で生き、ちょっとした嫉妬心や怒りによってとった行動に後から大いに後悔したりする。そこには極悪人でもなく素朴な善人でもない、ごく普通の欠点を持った人が描かれている。いずれの短編においても、主人公の視点で語られる主人公の内面には、嫉妬もあり、打算もあるのだが、それは悪人だからではなく、「正直に生きている」からだという著者の思いが強く伝わってくる。書評では、本書のことが、大震災の後だからこそ読みたくなる「人情話」として紹介されていた。確かに、そうした面もあるし、震災後にこれまでと違った読まれ方をされている本と言って良いようにも思われる。個人的な感想だが、震災後にこうした作品が読みたくなるのは、そこに描かれているような、心の葛藤とか、少し不幸な出来事によって喜んだり悲しんだりする、そうした日々の営みすら失くしてしまいそうな悲しさに気づかされるからではないかと思う。(「彼岸花」 宇江佐真理、光文社文庫)

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石の繭 麻見和史

著者の名前はこれまで聞いたことがなく、当然ながら著者の本を読むのも本書が全くの初めてだ。どうして本書を読む気になったかと言うと、いつも行っている本屋さんで本書のサイン本を見つけたからだが、こうした経緯で読むことになったため、珍しく全く先入観なしで読むことができた。本書を読んでみて、まるでTVドラマの詳しい台本を読んでいるような気がしてしょうがなかった。「TVドラマのようだ」という表現には、主人公のキャラクターがしっかり描かれているという良い意味もあるが、逆にストーリーの進行の仕方がおざなりで斬新さが感じられないという意味もある。また、展開自体はある程度スピード感があって小気味良いのだが、どこか既定の分量(時間)で話を収束させようとする無理が透けて見えたりもする。このように感じてしまうのが、こちらがこうしたTVドラマを見すぎたせいなのか、それとも著者がそうした映像化を前提に書いたせいなのか、どちらなのかは良く判らないが、こうした話はTVドラマだけで十分というのが本音だ。そんなこともあり、かなり凝った犯罪を扱っている割に、謎の答えを知りたいという気持を最後まで持続させることができず、最後の方は惰性で読んでいるような感じがしてしまった。(「石の繭」 麻見和史、講談社ノベルス)

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マスカレード・ホテル 東野圭吾

著者のデビュー25周年記念作品の3冊目。これまでの2冊「麒麟の翼」「真夏の方程式」は両方とも人気シリーズの最新刊で、ファンとしてはそれだけで満足という感じだった。しかも両方とも、シリーズ最高傑作とは言えないまでも、シリーズの雰囲気を存分に楽しめる傑作だった。それに対して本書は、私の知るキャラクターが出てこない多分シリーズものではない作品だ。読み始めて3分の1くらいのところで、これはすごい作品だと思い始めた。とにかく読んでいて面白い。サスペンスの要素、キャラクターの魅力、破綻のない筋立て、ラストの意外な展開など、ミステリーとして面白いと思う要素全てが揃っている感じだ。さらに、読み終わってから気づかされる事件の真相に関係するエピソードの語られ方の見事さなど、その構成の緻密さには本当に驚かされる。本書に挟み込まれていた著者の作品リストをみると、本書は著者の76冊目の作品。数えてみるとこれまでに読んだのはまだ30冊に満たないが、そのなかでも、本書は「容疑者Xの献身」に匹敵する大傑作だと思う。(「マスカレード・ホテル」 東野圭吾、集英社)

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密室に向かって撃て 東山篤哉

著者の本はこれで5冊目。解説に「著者の本は2冊3冊と読んでいくうちにだんだんクセになっていく」とあるが、その通りかもしれない。そこそこのミステリー、徹底的なユーモア路線という著者の特徴が判ってくると、安心して気軽に読めるし、読むのがだんだん心地よくなってくる。ひたすら笑いながらストーリーを追いかけて謎解きを楽しめる。しかも、東日本大震災後、作り話の暗い話を延々と読むのが何だかつらく感じることがある。著者の本はそうした心配がないことも読みたくなる理由の1つかもしれない。ミステリーはそこそこと書いたが、これまで読んだ長編3冊、短編集2冊はそれぞれに面白い趣向が凝らされていて、著者のバラエティの豊富さを感じる。著者の得意分野は、読んだ5冊のうち長編2冊で扱われている「衆人環視下の密室」というシチュエーションだと思われるが、その2冊もかなり趣が違っていて、似たような話という感じがしない。あと何冊著者の既刊があるか判らないが、飽きるまでは楽しめるような気がする。(「密室に向かって撃て」 東山篤哉、光文社文庫)

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季節風-夏 重松清 

春夏秋冬の季節に合わせた短編をそれぞれ1冊ずつにまとめた4冊の連作集の1冊だが、読むのは「冬」編に次いで2冊目になる。高校野球、七夕、風鈴、夜店の金魚すくい、夏休みの宿題など、誰もが「夏」を思い出す小さな出来事を巡る小品が並んでいるのだが、読んでいて、それほど強烈に季節を感じさせるような話ではなく、それらの小道具がある出来事や遠い記憶を思い出させるきっかけという程度のものに仕上げられている。そのあたりが、押し付けがましくない著者独特の雰囲気をかもし出す手腕のようなものなのだと感心してしまう。それにしても、こうして「夏」という1つの共通項でくくれる心の温まる話を次から次へと作り出していける著者の作家としての無尽蔵さには驚かされるばかりだ。(「季節風-夏」 重松清、文春文庫)

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決断できない日本 ケビン・メア

著者は「沖縄の人々はごまかしとゆすりの名人」「沖縄の人々は怠惰でゴーヤも栽培できない」などと発言したとして糾弾された人物。こうした発言が本当にあったのかどうか、当初から報道自体があいまいだったと記憶しているが、本書は、それに対して本人自身が「完全な捏造」と反論した本だ。私自身は、様々な「失言」報道をみたとき、2通りの印象を持つ。1つは「かなりの人が薄々感じているが言葉にしてはいけないことを言ってしまった」という失言、もうひとつは「それは事実として間違っている」と強く感じる「失言」だ。著者を巡る失言問題は明らかに後者だろう。私自身もそうだし多くの人は、沖縄の人々をごまかしとゆすりの名人だとは思ったことは一度もないし、怠惰だと思ったこともないだろう。本書を読むと、著者の日本に対する理解が非常に深いことが良く判る。そうだとすれば、そのような人が「誰もそうだと思わないこと」を発言したとは到底思えない。すこしでも沖縄のことを知り、沖縄の人を知っていれば、そんなことを思うはずがないからだ。言った言わないは、その時の発言がテープに残されていないので、著者の言うとおり水掛け論にしかならないが、少なくともわが身が「言ったとすれば遺憾」として逃げてしまう人々の犠牲になったとしたら随分やりきれない思いがするだろうと思う。本書は、こうした「発言問題」に対する本人からの反論という側面だけでなく、著者が東日本大震災後のアメリカによる「ともだち作戦」の責任者の1人で、震災後の日本政府や東電の対応に対する感想を率直に述べていることにも重要な価値があるように思われる。ひとつひとつは既に報道されていることなのかもしれないが、アメリカの担当者が震災後の日本の対応をどう感じたかを語った部分は、非常にためになった。また、歴代の日本の総理大臣の寸評も面白かった。(「決断できない日本」 ケビン・メア、文春新書)

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学ばない探偵たちの学園 東川篤哉

先日読んだばかりの「殺意は必ず…」の前の作品ということで、読む順番が逆になってしまったが、とにかく軽い読み物でも読んで手持無沙汰の状況を何とかしたいというような時に著者の本は最適なような気がしてきた。トリックもそこそこ面白く、徹底的にユーモアで押し通す作風が、あまり深刻な話を読む雰囲気ではないと感じる時に読むのにちょうどいいのだと思う。探偵役の主人公である高校生3人が思いつきで語る謎解きのアイデアが、ピントはずれのようでいて微妙に真相の解明に貢献しているというそのバランスも面白い。また、作品中に出てくる「探偵の視点で密室を分類する」という話も、上手くこの作品のなかで生かされていて、本当に面白いと思う。(「学ばない探偵たちの学園」 東川篤哉、実業之日本社)

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彼女がその名を知らない鳥たち 沼田まほかる

2007年に刊行された著者の作品「猫鳴り」が静かなブームになっているらしい。先週も新聞の書評で「猫鳴り」が大きく取り上げられていたし、著者の新作も良く売れているらしい。本書は、そうした著者の本ということで、本屋さんで平積みになっているのを見つけ、読んでみることにしたものだ。著者の本を読むのは3作目だが、前に読んだ2冊はいずれも何ともやりきれない話だった。特に、「猫鳴り」などは、猫好きには辛すぎる話だった。本書の暗さが尋常ではないことも、読み始めてすぐに判った。3分の2ほど読んでも、特に大きな出来事もなく、執拗に独特の暗澹たる描写が続くのだが、その段階でもこの話が何処に行くのか判らない状況が続く。ミステリーであればこういう結末だろうと思っていると、最後のところでその通りにはなるのだが、それでも全ての描写がこの結末のためにあったということが判るとこの作者はいったい何者なのだろうかということが気になってくる。著者の作品は「イヤミス」の典型と言われるが、人間の暗くて汚い内面を執拗に描くことそのものがストーリーと不可分になってしまっているという点で本当に稀有な作家だと思う。(「彼女がその名を知らない鳥たち」 沼田まほかる、幻冬舎文庫)

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万能鑑定士Qの事件簿Ⅲ 松岡圭祐

ライトノベルとはいえ、最初の100ページまでに出てくる「音」に関する2つのトリックは本当に良く出来ている。トリック自体も面白いが、謎の提示の仕方が抜群にうまいと思う。最近、BSテレビで現代版シャーロックホームズをやっていた。ホームズが瞬時の観察でいろいろなことを推理するのを楽しむドラマだ。本書は、読んだからどうだということもない反面、読んだら読んだで面白いのは、万能鑑定士というアイデアが奇抜なようでいて、やっていることはホームズとうり2つ、要するにミステリーの王道だからだと感じた。(「万能鑑定士Qの事件簿Ⅲ」 松岡圭祐、角川文庫)

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6時間後に君は死ぬ 高野和明

主人公も雰囲気もかなり異なる6つの話が収められている本書だが、短編集でも連作集でもなく、長編小説と言ってよいと思う。非日常的な未来を予知することができる1人の青年が、主人公だったり、脇役だったりいろいろだが、全ての話に登場する。彼が主人公になっているのは、最初の話と最後の話のなのだが、この2つの話が実にうまくつながっていて、その構成は見事だと思う。解説を読むと、著者はテレビの脚本や映画監督なども手がけているとのこと。このブログで以前、著者について、「寡作」「現実の事件をストーリーに上手に生かしている」「スピード感のある文章」などと書いた記憶があるが、これらの特徴は全て、著者が脚本家・映画監督も手掛けているということで説明がつくように思われる。(「6時間後に君は死ぬ」 高野和明、講談社文庫)

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殺意は必ず3度ある 東川篤哉

作者の本はこれで3冊目だが、その中では一番面白かったように思う。かなり大仕掛けのトリックだが、荒唐無稽とはいえ、いろいろな細かい謎が一つの真実に結びつく構成とてもは良く出来ていると思う。読んでいて「してやられた」と思ったところが2箇所あったが、1つの話で2箇所というのはかなりのものだと思う。こういう話ならばということで、著者の本をまたいくつか読むのが楽しみな気がしてきた。(「殺意は必ず3度ある」 東川篤哉、実業之日本社)

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旅ボン 沖縄編 ボンボヤージュ

旅行好きの娘が読んでいる「旅ボン」。娘が読み終わると、すぐに取り上げて私も読む。今回の沖縄編もそんな感じで、北海道、富士山、イタリアに次いで4冊目になる。「旅ボン」を旅行ガイドブックと思って読むと大いに失望するだろう。実際、書評などでは「あまり役に立たない」といったコメントも目にする。本書も、あまり役に立たないことは明白で、そもそも実際に著者が沖縄に取材に行ったのは4年も前のことらしい。しかも、その取材旅行中、ほとんどが雨だったということで、とくに前半部分は雨の描写ばかりだ。ただ何となく間抜けな旅行記というだけのことなのだが、それでも、読み終わると旅行に行きたくなるから不思議だ。(「旅ボン~沖縄編」 ボンボヤージュ、主婦と生活社)

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幽霊人命救助隊 高野和明

先日読んだ「ジェノサイド」について書かれた文章のなかで、本書が著者の傑作の1つという風に紹介されていた。最初の数十ページの導入部の荒唐無稽さから一転、本筋に入ると人生の暗い部分を一つ一つ抉り出すような内容の話が展開されていく。このブログの「ジェノサイド」のところで、「時事問題を真正面からではないが話の展開の中に上手く取り入れている」ということを書いたが、本書ではそれがもう少し前面に押し出された内容になっている。最後の章は、予定調和的で大きな驚きはないが、全てが収まる見事なエンディングの1つだと思う。なお、巻末の養老孟司の「作品の内容に一切触れない解説」が面白い。(「幽霊人命救助隊」 高野和明、文春文庫)

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下町ロケット 池井戸潤

今年の直木賞受賞作。「企業小説が直木賞」ということで話題になっている本なので、電車の中で読むのは恥ずかしかったが、遅ればせながら読んでみた。取引先の離反、大企業からの特許権侵害の提訴、資金繰りの悪化という3重苦に陥った中堅企業が、高い技術と夢を諦めない気持ちを武器に奮闘し、苦境を乗り越えて、快挙を成し遂げるというスカッとする話だ。こうした企業小説の場合、ステレオタイプの人物像やストーリー展開で興ざめというケースも多いが、本書の場合は、そうした弱点もいいかなと思えるほど、ストーリーが面白い。全てを変えてしまった「東日本大震災」。震災後、人々を励ますこと、夢を諦めないこと、小さな善意、人と人とのつながり、といったものの大切さを誰もが実感するなか、こうした企業小説も、新しい読まれ方をされていくのだろう。私自身、一度冷静になって、震災の前と後で自分の読書傾向や読書をして感じた事がどのように変わったのか見つめなおしてみたいと思った。(「下町ロケット」 池井戸潤、小学館)

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長い長い殺人 宮部みゆき

各章毎に違う人物の持っているお財布がそれぞれ一人称でリレーのように語っていくという、非常に奇妙な設定のミステリー。1つのお財布が落とされたり捨てられたり拾われたりして、持ち主が変わってしまったりもする。しかも、まるでお財布に目があるかのように、ほとんどが音だけを頼りにお財布が知りえたことだけで状況が説明されていくという、なんとも窮屈な設定だ。こうした設定のなかで、各章毎に新しい謎の提示や真相への話の展開といったものも織り込まれているということで、あとがきにもあるように作者の「超絶技巧」が楽しめるのは間違いない。ポケットの中のお財布が音だけを頼りに状況を語るという設定に、何か大きな叙述トリックのようなものがあるのかと思ったが、それは考えすぎだった。あとがきをみると本書が書かれたのは20年ほど前で、作者のかなり初期の作品ということになる。時期的にバブル崩壊の頃ということになるが、仕事人間へのまなざしがいかにもあの頃の雰囲気を残している一方、まだ勝ち組・負け組という言葉が定着する前に書かれたというところには作者の慧眼を感じることができる。(「長い長い殺人」 宮部みゆき、光文社文庫)

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