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完盗オンサイト 玖村まゆみ

今年の江戸川乱歩賞受賞作。ロッククライマーの主人公が皇居に潜入し、樹齢550年の盆栽を盗み出すという奇想天外なストーリーだ。本書の巻末に付いている選考委員のコメントをみると、本作品は選考の段階で、ストーリーが面白いとする強く推す委員と、そうでない委員との間で意見が大きく分かれたらしい。そうでない方の委員は、ストーリーや登場人物の設定や行動にリアリティがないことを大きなマイナス点と捕らえたようだ。実際読んでみると、選考委員の1人が言うように、かなり漫画チックな人物設定などでリアリティに欠ける部分は多いものの、ストーリーの面白さはそれを十分に補っているように思われた。「雪に閉ざされた山荘での密室殺人」といった「本格推理小説」の方がよほどリアリティがないと思われるし、リアリティと面白さのどちらを取るかといえば、個人的には面白い方を読みたい。ただ選者の1人(東野圭吾)が、登場人物の行動のリアリティのなさについて、「ストーリーに合わせて登場人物を動かすのではなく、登場人物の思考や動きに合わせてストーリーを動かしてみることも重要」と言っていて、なるほどと感心した。(「完盗オンサイト」 玖村まゆみ、講談社)

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公安は誰をマークしているのか 大島真生

テーマも内容も新書らしい新書で、大変面白かった。様々な「公安」という名前のついた公的機関・部署のそれぞれの名前の由来が解説されており、そこには大きな2つの流れがあることなどがよく判った。また、記述の大半を占める各部署毎の仕事・役割・マークする対象なども、過去の事件の豊富な事例をベースに良く整理されているのが有難い。この本を読むと、警察組織にもいろいろ問題点があるのだろうが、やはりすごい専門集団というか職能組織であることが実感される。漠然と「公共の安寧を妨げる組織・個人から社会を守る」と言っても、実際にどのように人員を整備してそれをどのように機能的に動かすのか、その背景にはものすごい量の経験に基づくノウハウがあるのだろう。本書は「公安」というものについて中立的に記述されており、書かれた意図はそこにはないのかもしれないが、過去の事実の記載の積み重ねを読んでいくうちに、そうしたノウハウがあってこその「安寧」なのだとつくづく思わされる。事実の解説に関しては非常に親切な本だが、かといってそれをどう受け止めるかという点については押し付けがましくなく、親切すぎることもない。これがこうしたワンテーマの啓蒙的な新書の「新書らしい新書」の条件の1つだと思う。(「公安は誰をマークしているのか」 大島真生、新潮新書)

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SPEED 金城一紀

本書は、著者の作品の中では、他の本よりも少し若い読者層を想定したシリーズの第3弾にあたり、以前読んだ「レボルーションNo.0」の前の作品といことになる。主人公の少年たちの1人1人のキャラクターにも馴染んできたので、「そういえばこの少年はこんなヤツだったな」などと思い出しながら読むのがとても面白い。話の途中で出てくる「他に人も車もないところで信号を守るかどうか」という話は、私も実際に時々悩む話だ。全く他に人も車もいないところで止まるというのは、思考停止というか、自分で状況を判断できない馬鹿者のようでいやだし、止まらないのも、自分が周りの状況によって態度を変える小さい人間のようでいやな気がする。単純に「常に信号を守る」人間が偉いと言われても、どうも釈然としないし、「信号を守るのはやっかいなことを避けるため」という本書で語られる論理も少し単純すぎる気がする。歩行者の場合は自己責任という言葉を持ち出してくればそれで片が付くかもしれないが、車の運転者の場合は法令違反になるのでそうとばかりも言えない。そこに監視カメラがあったらどうなるか。そんなものを気にするような自分はもっといやだ。横で小さな子供が見ていたらどうするか、ここはちゃんと「信号は守るもの」ということの範を垂れなければなどと考えてしまうかもしれない。いろいろ考えた末に行きつくところは、この問題は他人が自分をどう評価するかということに一定の価値を見出しているから悩むのであって、人が他人のことをとやかく言わないようにする、そうした態度が社会全体の合意事項になれば、悩みの大半はなくなるのではないか、ということだ。でも、そうした考えを社会の合意事項にするのは、この世から全ての「信号」をなくしてしまうくらい難しいかもしれない。ストーリーはいつも通り痛快無比。こうした話が面白いということ自体かなり日々に流されている証拠かもしれないが、時々読んで自分の流され度合いを確認するのも良いものだと思ったりする。(「SPEED」 金城一紀、角川文庫)

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ザビエルの首 柳広司

小さな事件をひとつひとつ解決していきながら大きな謎に関するストーリーが少しずつ見えてくるという、珍しくはないがそれなりに凝った構成のミステリー。ただ、小さな謎の方は大きな謎に比べて謎そのものにあまり魅力が感じられず、どんな結末かと大いに期待した大きな謎の方も、エンターテイメントとしては少し大仰すぎる内容で、最後の方は辻褄合わせをする作者の言い訳のような部分もあって少し興ざめだった。いろいろ欲張りすぎて、ユーモアものにも、本格推理ものにも、薀蓄ものにも、ホラーものにも徹しきれていないというコンセプトそのものが、本書の最大の問題点だろう。本書と最近の「ジョーカーゲーム」、両作品の隔たりがあまりにも大きいような気がするが、この本以降、作者の頭の中でどのような経緯があって「ジョーカーゲーム」が生まれたのかがちょっと気になるところだ。(「ザビエルの首」 柳広司、講談社文庫)

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ジェノサイド 高野和明 

「本の雑誌」の2011年度上半期のベスト1に選ばれた本書。この「上半期ベスト10」「年間ベスト10」は、本屋大賞などと違って、かなり選者の個人的趣味が反映されたランキングなので、必ずしも自分の趣味と合うことばかりではない。ただ、芥川賞受賞で一躍人気作家となった西村賢太をブレイクするかなり前に紹介してくれたのもこのランキングだったといった経験もあり、それなりに注目しているランキングではある。今回のベスト1は本当に「当たり」という感じだ。この本については、刊行時の「本の雑誌」では星4つ、それほどすごい本だという感じの紹介ぶりではなかった。個人的には、上半期ベストテンで取り上げてくれて良かった。そうでなければ読まずに過ごしてしまったかもしれない。著者の本と言われて「13階段」と「グレイブディッカー」の2冊しか思い出せないのは、この作家がそれほど多作ではないからだと思うが、とにかく「グレイブディッカー」のハラハラドキドキが印象に残っていた。本書は、人類の進化の歴史を踏まえた壮大なスケールのSFだが、微妙に歴史的な事実や最近の出来事を織り交ぜながら、独特の疾走感のある文体でどんどんストーリーが進んでいく。本書のメインテーマで題名にもある「あるジェノサイド」の発想は本当に面白いし、物語の終盤になって明らかになる「日本の協力者」の謎も本当に面白い。人間という種の持つ本性、民主主義という社会システムの持つダークな部分など、本書の全体を貫くトーンはかなりペシミスティックで、目を覆うような残酷なシーンも数多いのだが、何故か最後の結末はそれほど暗くない。翻訳するのが難しい部分もあるだろうが、これは世界中で読まれるべき傑作だと思う。(「ジェノサイド」 高野和明、角川書店)

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東電帝国~その失敗の本質 志村嘉一郎

東日本大震災関連本の1冊だが、そうした本の中で最も売れている1冊ということなので読んでみた。本書の内容は、九電体制が確立した頃の話が大半で、大震災の関連本として読むと、最初は正直言って「そこまで立ち戻らなくても良いのに」という感じがした。要は、普通の電力業界史の読み物に少し手を加えて、大震災の関連本にしてしまったのではないかという感じだったのだが、最後近くまで読み進むと、ここまで立ち戻って書かれているのは、著者が本当に、電力業界の問題は、そこまで立ち戻らないと本質が見えないと感じているからだということが理解できてきた。どこまで立ち戻れば本質が見えてくるのかという問題はいろいろな考えがあり、一概には言えないが、本書が、電力業界についてほとんど何も知らない者にとって大変啓蒙的な本であることは確かだ。特に、最後の章で、JR東日本が消費電力量の約半分を自家発電でまかなっているという話や、送電部門を今の電力会社から切り離す構想を紹介している部分は、いろいろな示唆に富んでいる。原発への是非についての自分の考えをまとめる際、まず自衛手段として何ができるかを考えることの重要性、あるいはそうした自衛手段を各々の家庭や企業がとる際の障害を取り除くことの重要性を教えてくれる。また読んでいて、先日の中国での高速鉄道での事故に関して、車両の技術とそれを制御する技術の進歩のバランスということが指摘されていたのを思い出した。原発の問題は、「どこで間違ったのか」とか「悪いのは誰だ」いう問いの解明だけですまされる性質の問題ではないことを痛感させられる。(「東電帝国~その失敗の本質」 志村嘉一郎、文春新書)

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ビブリア古書堂の事件手帖 三上延

章ごとの区切りにイラストが入っていて、ややライトノベルのような雰囲気の本だが、書名が面白そうなので読んでみた。ライトノベルではないが、ミステリー重視というよりも物語を重んじた内容で、それはそれで面白かった。ただ、いろいろな職業や薀蓄とミステリーを融合させたような作品は、落語家、介護士、画家、鑑定士、学校の先生等等それこそ数限りなくある状況のなかで、そのなかの1つという域を越えたような斬新さが感じられなかったのは、やや残念だ。ある分野の話をミステリー仕立ての小説にする難しさは、その分野が好きな人には物足りなく思われてしまい、好きでない人には作者の熱意が届かないということになりがちな点だろう。本書もその陥穽にはまってしまっているように感じられた。(「ビブリア古書堂の事件手帖 三上延、メディアワークス文庫)

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輝く夜 百田尚樹

クリスマスイブにまつわる5つの短編が収められた本書だが、「永遠の0」の作者とは思えない、なんとも甘ったるい作り話ばかりが並んでいる。「永遠の0」でも、回想ではない現在進行形の部分の陳腐さが厳しい評価を受けていたし、私自身気になった。本書は、そのような悪い部分が前面に出てしまったようだ。話をきれいに作りすぎると安っぽい作り話になってしまうということだろう。(「輝く夜」 百田尚樹、講談社文庫)

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孤宿の人(上・下) 宮部みゆき 

前月末に気の重い海外出張を済ませ、気持ちがスッキリしたところで、前から読もうと思っていて読めずにいた少し長めの作品を読んでいるのだが、別のことで身の回りがばたばたしていてしまって、なかなか読書が進まない。それでも本書は、通常の睡眠時間を大幅に削って読んでしまった。本書には、故児玉清氏の解説が巻末に掲載されている。彼の解説は、本に対する愛情と作者への配慮からか、甘口すぎるきらいがあると思っているが、本書の解説は、それがちょうど良いと思えるくらいに的を射ている気がした。正に、解説に書かれている通り、「筆一本で架空の藩を作り出してしまう力量のすごさ」「文章の美しさ」に圧倒されてしまった。ここまで練りこまれた構成、美しい描写、ドラマチィックなストーリーの3つがあってこそ、本当に心を打つ小説と言えるのだと思う。ほとんどの登場人物が、読者がその人物に感情移入できるまで理解できたと思った直後に次々に死んでいくという非常に凄惨な悲しい話のはずなのだが、読後の心に残るものが非常に美しいと思える、そんな体験は初めてだった。(「孤宿の人(上・下)」 宮部みゆき、新潮文庫)

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ねじまき少女(上・下) パオロ・バチガルビ

2009年のSF界の超話題作とのこと。ストーリーよりも世界観の提示に重きが置かれたような作品だ。意図的に続けて読んだわけではないのだが、どうしても直前に読んだ「ハーモニー」と比較してしまう。本作を読むと、伊藤計劃という作家による、精緻な世界観の提示とストーリーの面白さの両立がいかに稀有なことなのかがよく判る。本書に対する書評などでも、「世界観は壮大で興味深いがストーリーがイマイチ」とか「世界観を把握する前に疲れてしまう」などなど、そこのバランスを問題にしたコメントが多いような気がする。実際、私も上巻の3分の2くらいまでは、作者がどこに案内してくれるのかやや懐疑的になったりした。どうでも良いことかも知れないが、世界観の提示に重きを置いた作品、特に翻訳本のそうした本を読む時には、コツがある。それは、ネタがばれることを恐れずに「あとがき」や「解説」を先にじっくり読んでしまうことだ。訳者のあとがきならばなお良い。そうすることで作者がストーリーに織り交ぜた世界観を大くくりにつかんでしまえるので、ある程度ストーリー展開に専念して読むことができる。ネタばれが心配だが、通常の「あとがき」であれば決定的なネタばれはしていないはずだ。こうした工夫で、難解とされるSFでも楽しく読めると思う。本書もそうした工夫でとても楽しめた気がする。(「ねじまき少女(上・下)」 パオロ・バチガルビ、ハヤカワ文庫SF)

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ハーモニー 伊藤計劃

「ついに読んでしまったなぁ」というのが正直な感想。すでに亡くなっている著者の長編小説は、「虐殺器官」と本書の2冊だけ。本書を読んでしまうと、彼の新しい小説は未来永劫読むことができなくなる。そう思って読まずに大切に取っておいた本だ。読後の感覚は、もう30年以上前の話になるが、アガサ・クリスティの死後に刊行された「スリーピングマーダー」を読み終えた時のえもいえない寂寥感と似ている。本書は、作品として「虐殺器官」と同じくらい衝撃的であるだけでなく、作者の境遇、「最後の作品」という思い入れもあって、「虐殺」以上に悲しい作品だった。自らの愚かな行為から絶滅の危機に直面し、そこから何とか立ち直った人類が目指した「理想の社会」が描かれている。理想の社会とは、人間1人1人の生命を大切な人類の宝、資源、リソースと考え、すべての価値観を平和と健康を中心に考えるようになった社会だ。論理的に突き詰めていくとそうした社会が何処に行き着くのか、それを著者が病床で考えて考えて考え抜いた答えがここにある。何ともやりきれない。主人公の1人称で語られる形式、文章の途中に挿入されている英文、それらの意味が明らかになる結末を読んで、そこに込められた作者の意図にも心を揺さぶられる。前作と併せた2冊、驚異の傑作だ。(「ハーモニー」 伊藤計劃、早川書房)

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人質の朗読会 小川洋子

結末がどうなるかといったこととは関係なく、ひたすらこういう話を読んでいたいと思わせる小説だ。某国でのテロ事件に巻き込まれ、人質となった8人の日本人が、政府の強硬な突入により全員死亡。事件後に、人質になっている間にそれぞれが自分のことを語って聞かせたテープが発見された、というシチュエーションなのだが、実際、どうしてこのようなシチュエーションなのか、私には良く判らない。それでもそんなこととは関係なく、心にずしりと残る話ばかりだ。最後に突入した政府側の兵士の語りが収録されていて、書評あたりではその話が「愁眉」とされているのだが、私としては、それがそれほど他の話に比べて傑出しているとは思われなかった。人それぞれによって感じ方が違うと言ってしまえばそれまでだが、1つ1つの話の重さに圧倒されてしまい、順位をつけることなど出来なかったというのが正直な感想だ。(「人質の朗読会」 小川洋子、中央公論社)

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妖談しにん橋 風野真知雄

「耳袋秘帖」シリーズの第3作目。南町奉行「根岸」を主人公が、江戸で発生する摩訶不思議な事件、妖怪の仕業のような大きな謎の解明に奔走、その過程で出くわす小さな謎をいくつか解いていきながら、最後に大きな謎も解明されるという構成は、これまでの2作品と同じだ。やや強引という部分はあるものの、どのように不思議でありえなさそうな謎でも、最後には全ての謎がスッキリ解明されるのは読んでいて気持ちが良い。最後に意外な結末もあって、それで結構驚かされる。とにかく軽い読み物だが、たまにはこうした本を読みたいと思わせてくれる本だ。(「妖談しにん橋」 風野真知雄、文春文庫)

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