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おしかくさま 谷川直子

時々しか行けない大きな本屋さんで見つけたサイン本。著者の名前も書名も知らなかったが、たまたまその時、買う本が文庫本ばかりになってしまいそうでだったので、何となくという感じで入手。そんな偶然で読むことにしたのだが、読む前に、本書を大変好意的に紹介した書評をみつけたりしたので、期待しながら読んだ。話は、5人の登場人物の視点で交互に語られる。よくあるパターンだが、上手くそれぞれの名前が話の序盤に出てきて固有名詞を特定できるような工夫がされているのと、それぞれの一人称が使い分けられていたりして、話の中にスムーズに入っていけた。話自体は、大きな事件もなく、どちらかといえば「日常を描いた作品」ということになるのだろう。最初のうちは、こちらも身構えて、特定の社会的な事件のパロディだろうかとか、著者は何かを訴えたいのだろうか、などと考えていたのだが、やがて単純に話のなかに入り込み、登場人物と同じ目線でものを考えたり、他の登場人物を心配したりしている自分に気づく。重たい話なのか軽い話なのかも「自分で決めて」と言われているような気がして面白かった。(「おしかくさま」 谷川直子、河出書房新社)

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幻想郵便局 堀川アサコ

本屋さんで、本書の表紙を見かけて、何となく良さそうな気がしたので読んでみたのだが、結論から言うと、私自身は、最後まで、この小説の世界に馴染めず、感情移入したり物語に入り込んだりが出来なかった。この話の中では幽霊、怨霊、生きているのか死んでいるのか判らない人々が跋扈するのだが、こうした怪奇小説の場合、幽霊を信じるかどうかというのとは違う次元で、その世界に入り込めるかどうかという大きな問題がある。どんなに荒唐無稽でも入り込めることはあるし、逆にどんなにもっともらしくても入り込めないことがある。本書の場合は、主人公が怪奇現象を信じていないようでいて、いとも簡単にそれを受け入れてしまったりなのだが、そうしたことも不思議な世界の側の存在に全てコントロールされていると言われても、はいそうですかとはなかなか言えない。だんだんストーリーだけを追う読書になってしまい、ミステリーの部分はそれなりにうまく出来ているような感じもしたが、結局満足できないまま終わってしまった。(「幻想郵便局」 堀川アサコ、講談社文庫)

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真夜中のパン屋さん3 大沼紀子

これも何となく読み始めてしまったシリーズ本。登場人物の面々の「訳あり」度がちょっと不自然な感じもするが、その分話の奇想天外さは捨てがたい面白さがある。また、その不自然さにもかかわらず、上手く「あるかもしれない」と思わせているのが、「真夜中しか開店していない店」という設定だ。それが不自然だと言ってしまってはそれまでだが、真夜中の世の中ならば、このくらい変わった人たちが蠢いていても不思議ではないかも、という感じが微妙にバランスを維持している理由かもしれない。それがなければ、読者も着いてこれないだろう。色々な話が進む中で、登場人物の謎も少しずつ語られていく手法も上手く出来ている。色々良い点はあるが、このシリーズの最大の良さは、パン屋さんでパンを買う楽しさが増したことだと思う。(「真夜中のパン屋さん3」 大沼紀子、ポプラ文庫)

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アメリカが劣化した本当の理由 コリン・ジョーンズ

現代のアメリカが抱える諸問題を、アメリカの憲法の制定まで遡って分析する本書。啓蒙的な内容であることは色々出版されているアメリカ社会の諸相に関する本と変わらないが、憲法の問題から解き起こしていくプロセスは非常に面白かった。アメリカの憲法の成り立ちが、連邦政府の過度の介入を危惧した各州間の「条約機構」であったという見方から出発して、それを現代の社会に当てはめて理解しようとしているというのが、アメリカの司法制度の原点なのだという。複数の国が取り交わした「条約機構」が1つの国をまとめる「憲法」となり、アメリカという国が1つの国家になっていく過程で、南北戦争と連邦裁判所が大きな役割を果たしたという指摘も面白い。逆にいえば、連邦裁判所の判例の積み重ねがなければ、アメリカという国は1つの国家にすら成り得ていないということになる。アメリカ国内に、制度的に国政への参政権をほとんど行使できない人々がいること、アメリカの憲法を「奴隷制の擁護」という観点で読むと民主国家とは全く対極的な国の姿が浮かび上がるという指摘などは、これまでそうした話を読んだ事がなかったので非常に驚かされた。アメリカ本土以外のところにある刑務所で囚人に対する非合法な扱いがまかり通っている理由、民主党の「国民皆保険」の制度がなかなか実現できない理由なども、そういう見方があるのかということで、大変勉強になった。いつも新書は軽く読み飛ばすのだが、本書に限っては、じっくり読まざるを得なかった。(「アメリカが劣化した本当の理由」 コリン・ジョーンズ、新潮新書)

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須賀敦子が歩いた道 A・ジェレヴィーニ 芸術新潮編集部

須賀敦子の作品を読んでいると、もちろん彼女が体験したその時の情景が浮かび上がってくることもあるが、それよりも須賀自身の心象風景の方が強烈で、自分がみてきたローマやミラノの風景と同じものを彼女が見ていたのだろうかという疑問は常に心の中にあった。彼女がみたであろう風景を、須賀について造詣の深い人が写真つきで解説してくれる本書は、願ってもない企画のように思われた。本書自体は、素晴らしい写真、解説、須賀自身の文章によって構成されている。その中で、もっとも印象に残るのはやはりその写真の素晴らしさだ。そこにあるのは、自分自身でかつてみてきたことのある風景であり、建物であり、町のたたずまいなのだが、その素晴らしさは尋常ではない気がする。それは、須賀の文章が添えられているからでもなく、解説文によるものでもない。正に自分のこれまでの見方が表層的だったとしか言いようがない。やはり見る人が見て、見るべきところを知っている人が撮ると、こういうことになるのだという単純なことなのかもしれない。自分は何度もローマにも行き、ミラノにも行き、それで何を見てきたのかと自問し、須賀が文章を通して伝える風景に及ばないどころか、須賀の足跡を追うという制約つきの控えめな写真集にすら及ばないということを思い知らされて、悲しくなってしまった。(「須賀敦子が歩いた道」 アレサンドロ・ジェレヴィーニ 芸術新潮編集部、新潮社)

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スカウト・デイズ 本城雅人

プロ野球のスカウトの世界を描いた職業小説だが、どこまでが実話でどこからがフィクションか判然としない凄まじい世界に驚かされた。今日の見方は明日の敵というような感じの権謀術策のバトルが展開されるので、図らずも一種のコンゲーム小説の様相を呈してしまっている程だ。これは、現実のプロ野球のスカウトの世界がそのように凄まじい世界であることによるものなのだろう。最後の大仕掛けについても、普通のミステリーを読む感覚で、こういう結末だったらすごいなと思っていたら、実際にその通りの展開になってしまった。(「スカウト・デイズ」 本城雅人、PHP文芸文庫)

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何者 朝井リョウ

今年の直木賞受賞作品。著者の本は、「桐島‥」に次いで2冊目。「桐島‥」を読んだ時は、若者の心情のようなものを上手く捉えた小説だとは思ったが、それほど心には残らなかった。それに対して、本書は、本当にすごい小説だと感心してしまった。若い人はこういうことを考えているんだということを知らされて、我々のような中年はどうやって生きていけばいいのだろうかと真剣に考えさせられてしまった。就職活動をする6人の大学生の話だが、今の若者達の心模様、最近の様々な表現ツールと人と人とのつながりの変化、自分とは何者かといういつの時代も変わらない自分への問いかけ、そうしたことのどれもこれもが心に残る。最後に明かされるある秘密は、それまでの話全体を全く違う目でみることを迫ってくるし、そもそも小説というのは何なのだろうということも考えさせられる。直木賞というのは、ほとんど「大家」といって良いような作家が、「まだ受賞していなかったのが不思議なくらい」という感じで多くの実績を積んで満を持して受賞というケースも多いが、本書は明らかにそれとは違う、他を圧倒するような傑作の受賞、他にどういう作品があるかという実績も、これからどういう作品を書いていくのかという期待も全く関係ない、この1冊だけで十分だと納得できる受賞だと感じた。(「何者」 朝井リョウ、新潮社)

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静かな木 藤沢周平

ごく短い短編が3つ収録されていて、30分で読み終わってしまうような本だが、その満足度は何とも言えないほど大きい。特に最後の1編は、著者の最後の小説ということで、この作品が全ての作品の到達点だと言われると、その感慨はとてつもなく大きく感じられるのだ。その1編は、ものすごく短いが、人物造形に過不足なく、数名の登場人物への共感も只者ではない気がする。その他の2編は、いずれも子どもに家禄を譲り、隠居生活をしている下級武士の家の老人が主人公で、彼らが悠々とした生活の中である種の気概をみせるという話。その一蹴に見せる強さが心を打つ。これも多くの傑作をものにしてきた著者が行き着いた境地だと思うと感銘の度合いが100倍くらいに増す。この本を読んでしまうと、後は振り返るだけかと思うと何だか非常に寂しい気がしてしまった。(「静かな木」 藤沢周平、新潮文庫)

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人間仮免中 卯月妙子

幾多の文芸作品、ノンフィクション作品を退け、漫画本としては異例の本の雑誌の2012年の年間ベストワンになった本書。その他の賞も総なめにしているらしい。読んでいて、あまりにも壮絶な内容に言葉を失う。人によって評価は大きく異なるだろうが、とにかく衝撃的な内容であることは確かだ。冒頭の歩道橋から飛び降りるシーンもすごいが、著者の妄想が克明に描かれた後半部分は、書評にあるように「あっちの世界をこっちの言葉と絵で伝える空前絶後の作品」という賛辞が全く誇張でないことを示している。(「人間仮免中」 卯月妙子、イーストプレス)

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七つの会議 池井戸潤

久し振りに寝不足になっても良いと思うくらい面白かった。第1章の最後に、ある重要な登場人物から意味深な言葉が発せられ、その後はもう読み終わるまで寝ることが出来なかった。登場人物の行動には、良く考えると少しだけ不自然なところもあるような気がするが、話の面白さにそんなことは瑣末なことになる。途中ででてくるドーナツの話等は本当にうまいなぁと感心してしまった。(「七つの会議」 池井戸潤、日本経済新聞出版社)

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往復書簡 湊かなえ

題名通り「往復書簡」の形式で綴られたミステリー連作集。「告白」が大ヒットし、その後の作品も次々と映画化されたりTVドラマ化されていて、今や押しも押されぬ人気作家だが、本書を読むと人気の理由が良く判る。過不足のない明快な文章、考えつくされた緻密な構成、驚くようなどんでん返し、人物の明快な造形など、全く見事だなと思う。1作1作に丁寧に取り組んでいる様が目に浮かび大変好感がもてる。本書の場合は、それぞれにかなり凝ったどんでん返しが用意されていて、それだけでも楽しい。(「往復書簡」 湊かなえ、幻冬舎文庫)

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いま、殺りにいきます 平山夢明

副題に「恐怖実話」とあるので、おそらく書かれている内容は「実話」として流布しているのだろうが、それが本当に実話かどうかはこちらには検証する手立てがない。読んだと言うのも恥ずかしいくらい刺激的な内容の本だが、現代という時代の恐ろしさは否が応でも伝わってくる。(「いま、殺りにいきます」 平山夢明、光文社文庫)

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人生激場 三浦しをん 

最初のうちは、文章も内容も、感覚的に合わないような感じだったが、半分くらい読み進めているうちにだんだん波長が合ってきたのだろうか、面白いなぁと思うようになった。こうしたエッセイというのは、すぐに役立つというものでもないし、面白いストーリーを追いかけるわけでもないので、内容と文章に共感出来るかどうかにかかっている。そうした感覚も要は「慣れ」の部分が大きいとなると、どんなエッセイでも面白いと思える人はかなりいることになる。世の中でエッセイというものの需要が予想以上に多いのはそうした理由かもしれないと感じた。(「人生激場」 三浦しをん、新潮文庫) 

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県庁おもてなし課 有川浩

主人公が仕事を通して成長していく姿を描く典型的なお仕事小説。著者の出身地である高知県を舞台に、観光立県を目指す地域の人々の奮闘振りが楽しい小説になっていて、知らないうちに地域における観光産業のあり方を考えさせられる仕組みになっている。観光を地域振興の切り札にするという根本的な考え方には個人的に反論をしたい気もするし、アウトドアの苦手なものとしては賛同しかねる部分も多いが、作品全体から、そうした意見の違いを超えた共感を感じる。こうした職業小説にお決まりの主人公の恋愛が絡んだストーリーには少し食傷気味だが、本書の場合はそれもさほどうるさく感じない。それよりも、小説家として現実の社会にどう関わっていくかという問題に対す著者のスタンスには頭が下がる思いだ。(「県庁おもてなし課」 有川浩、角川書店)

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修道女フィデルマの探求 ピーター・トレメイン

修道女フィデルマシリーズの第3短編集。この短編シリーズは、古代アイルランドという馴染みのほとんどない時代と地方が舞台で、しかもその当時は活動の場がかなり制限されていたであろう女性が主人公という、かなり厳しい制約のある設定であるにもかかわらず、様々なミステリーのバリエーションで読者を楽しませてくれる稀有な作品だ。科学的捜査などない時代に、主人公は、裁判官兼弁護士という立場で、関係者からの証言と簡単な現場の観察のみから、ずばり真相を解き明かしていく。予想外の真犯人や動機、奇想天外の密室手口など、実に上手く出来ている。原作ではあと3冊分の短編が既刊だそうだが、次の短編が出るまでには少し時間がありそうなので、次は既に4作くらい刊行されている、同シリーズの長編にチャレンジしてみようかと思う。(「修道女フィデルマの探求」 ピーター・トレメイン、創元推理文庫)

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