goo

ジョルジュ・モランディ 岡田温司

生涯のほとんどをイタリアの地方都市ボローニャで過ごし、ひたすら花瓶や瓶だけの静物画を描き続けた画家、モランディの絵画とその裏にある美術史的な意味合いを読み解く本書。彼が同じような絵をひたすら描き続けたのは何故か、何故描く対象が花瓶や瓶だったのか、そうした謎に迫る解説は、著者の画家に対する敬愛の念と、美術史家としての冷静な分析が混ざり合い、卓越した内容になっている。読んでいて面白かったのは、彼が影響を受けたとされるカラバッジオやピエロ・デラ・フランチェスカについて書かれた部分の記述だ。彼がそうした画家に影響を受けたという事実を知ると、我々は、我々が知っているカラバッジオやフランチェスカの何に影響されたのかとつい考えてしまうが、本書では、彼の見ていた彼らと我々が知っている彼らとは別のものだということを教えてくれる。彼が生きていた時代には、カラバッジオやフランチェスカは歴史に埋もれた忘れ去られた存在だったという。昨年イタリアを旅行した時、イタリアの各地でカラバッジオの絵が人気を博していたのに驚いたのだが、もしかすると、イタリアでのカラバッジオの再評価はまだ現在進行形だったのかもしれない。彼自身は、彼が現代絵画の先駆者といわれることを好まなかったようだが、後世の多くの現代絵画の担い手が「何でもありなんだ」ということを身をもって示した彼の存在に大いに勇気づけられた、というエピソードを読むと、やはり彼は先駆者なんだと強く思わざるを得ない。本書で特に残念なのは、全ての口絵が白黒であること。新書でカラーの口絵は難しいのかもしれないが、例えば文中の何種類もの「白」が使われているという記述を読むと、どうしてもカラーで確認したくなるのが人情だろう。もし新書だからということでカラーの口絵を諦めたのだとしたら、新書で出版したこと自体が間違いなのではないかとさえ思う。(「ジョルジュ・モランディ」 岡田温司、平凡社新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

下流志向 内田樹

私は知らなかったが、帯に「日本中の親・教師を震撼させたベストセラー」とあるので、かなり有名な本なのかもしれない。彼の本では、カッコ書きの中で本音を語っているところが無性に好きなのだが、残念ながら本書では全くカッコ書きが登場しない(もともと講演を書きおこしたような文章に、カッコ書きはないのが当たり前なのだが‥)。その代わりに、内容自体の面白さは、彼の本のなかでもピカイチのような気がする。何故、こどもが勉強しなくなったのか、何故ニートという現象が日本で蔓延しているのか、そうした疑問にここまで説得力のある説明を目にしたのは初めてだ。また、「自分探し」という言葉の胡散臭さは常日頃感じていたが、それをここまで文章で解明してくれている文章も初めて読んだ。その他の話も皆、そうした新鮮さがあふれている。首尾一貫した思考と分析というものの威力を思い知らされる思いがする本だ。(「下流志向」 内田樹、講談社文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

連続殺人鬼カエル男 中山七里

買うのも恥ずかしいようなとんでもない題名の本だが、発表当初の題名は「厄災の季節」というごく普通の題名だったというから驚きだ。文庫化する際に改題されたという。読む前には、何でこんな変な題名に変えたのだろうと不思議に思ったが、読み終わって納得した。読み終わって考えると、買うのに躊躇するという難点を除けば、実に良く出来た題名に思えるし、それよりもなによりも「厄災の季節」では、平凡すぎてこの本の面白さが伝わってこない。終盤はどんでん返しの連続だが、2つは予想の範囲、1つは予想外。特に最後の1行の結末は、途中で気がついたのだが、気がついた自分に驚いた。(「連続殺人鬼カエル男」 中山七里、宝島文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

月のライオン(1)~(5) 羽海野チカ

17歳のプロ棋士の内面が訥々と語られている作品で2011年マンガ大賞受賞作とのこと。現在発刊されている第5巻までを通読したが、無口な主人公の性格をそのまま写したような静かな雰囲気で話が進んでいく。話のテンポも急ぐことなくあくまで丁寧に進められており、もどかしいくらいだ。私の場合、5巻までを通読してもそう思うのだから、週刊誌の連載で読んでいる人は私以上にもどかしいのではないだろうか。そうした状況でもこの作品の素晴らしさを語る人が多いということ。日本のマンガの質の高さというのは、こうしたゆっくりしたテンポの作品を素晴らしいと思う人の多さによって支えられているのだと思う。(「月のライオン(1)~(5)」 羽海野チカ、白泉社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ソウルケイジ 誉田哲也

累計で100万部以上売れているという「姫川シリーズ」の第2作。本書を読んで、陰惨な犯罪、カンを頼りに捜査を進める主人公の女刑事、それを取り巻くおじさん達という3つがこのシリーズの決まり事だということが判ってきた。この3要素は、どれもシリーズを面白くしている大切な要素だと思うが、特に面白いのは、警察という独特の組織の論理にどっぷり浸かっているマイナスの部分と、真面目で使命感にあふれた地道な努力を続けるプラスの部分を併せ持つ魅力的な脇役達だ。自分のカンに頼ってやや危なっかしい主人公を、主人公に嫌われながらも何となく面倒見てしまうおじさん達がいっぱいでてくるのが微笑ましい。また、本書では、罪と知りつつ犯罪を犯してしまう「悲しい犯人」という日本的なウェットな部分が強いが、この要素が、すでにあと2冊刊行されているこのシリーズの共通の構成要素なのかどうか、少し気になるところである。第3作、第4作ともすでに入手済みなので、すぐにでも次を読みたい感じだ。(「ソウルケイジ」 誉田哲也、光文社文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

放課後はミステリーとともに 東川篤哉

「『謎解きは‥』で東川作品の魅力に気づいた皆さん、気づくの遅すぎ!」「世間がやっと東川篤哉に追いついた」という帯の文句には正直カチンと来たが、これだけ話題になってしまうとやはり気になるので、第2弾も読んでみることにした。第2弾の本書は、明らかに「謎解きは‥」よりも面白いし、内容も凝っていて読み応えがある。「謎解きは‥」で感じたどうしようもない軽さもそれほど感じなかったし、本書の2番目に収められた「霧ケ峰涼の逆襲」の結末にはそういうことだったのかと感心してしまった。かつての赤川次郎のように軽い読み物には違いないが、いやみにならない程度のユーモアも心地よく、ブレイクしたのもこれなら判るという感じがした。「気づくのが遅すぎ」た人々よりもさらに遅れて気がついたようで何だか少し恥ずかしい。(「放課後はミステリーとともに」 東川篤哉、実業之日本社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

潜入ルポ~やくざの修羅場 鈴木智彦

数日前にTVで山口組のトップが刑期を終えて出所したと言うニュースをやっていた。本書は、やくざに関しての薀蓄本という側面だけでなく、やくざ関連のジャーナリストについて書かれた本だ。どこまで書いてよいかを常に気にしなければいけない苦労とか、、相手の懐に入らなければ情報を入手できないことと彼らの単純な礼賛になってはいけないという葛藤などが書かれていて興味深い。本書を読んでいて時々感じる歯切れの悪さや、意味がよく判らない表現も、そうした葛藤の表れなのだと推測できてそれもまた面白い。読みながら、そうした良く判らないところをネットで調べながら読んだせいか、読み終えたところで、かなりのやくざ通になったような気がする。それだけで少し嬉しい。(「潜入ルポ~やくざの修羅場」 鈴木智彦、文春新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

空白の5マイル 角幡唯介

中国とインドの国境近くのチベットの山奥を流れるツアンポー川の流域にグランドキャニオンをはるかにしのぐ規模の大峡谷があり、そこには幻の大きな滝があるという。また、そこにはシャングリ・ラのモデルとなった理想郷があるという。さらに、そこを訪れた幾多の探険家が挫折してどうしても近づけない「空白の5マイル」と呼ばれる極めつけの難所があるという。本書は、その「空白の5マイル」の踏破に単身で挑んだ作者の冒険譚である。作者がそこを踏破する構想を抱いてから実行に移すまでに、西洋人の冒険家によって「空白の5マイル」は踏破されてしまい、厳密には「空白の5マイル」ではなくなってしまうのだが、それでも作者は、まだそこには何かがあると信じてそのジャングルに足を踏み入れる。信じられないような苦難の連続の冒険を読むだけで感動してしまうが、やはり、「まだ何かある」というその「何か」も大変なことなのだろうと思う。まず、彼の探索のほとんどが「単独行」「無許可」だったこと。最初に踏破に成功した西洋人が現地のガイドや荷役を連れた正式な探索隊、グループだったのに対して、彼の場合は「そこに行きたい」という無鉄砲な思いを抱いた若者による無許可探索で、現地のガイドにも逃げられ、たった一人での探索だった。それだけでも見えてくるものは大きく違うだろう。結局、彼は、空白の5マイルの単独踏破を成し遂げた上に、新しい滝を発見、理想郷を思わせる大きな洞窟も発見、これまでの探検隊の間違いも発見と、様々な成果を持ち帰る。生きて帰ってこられて本当に良かったと心底思うが、現地での写真を持って帰ってこられたことも本当に良かった。掲載された多くの写真がすごい。(「空白の5マイル」 角幡唯介、集英社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

錨を上げよ(上・下) 百田尚樹

本書は、私よりも少し年配の「団塊の世代」に属する主人公の1人称で、約20年くらいの遍歴が延々と語られている。上下合わせて1200ページの大作なので、週末で読みきることができず、読みきるのにほぼ1週間かかってしまった。帯には「この男はいったい何者なのか?」と書かれているが、半分近く読み進めても、この主人公、この話がいったい何処へ辿り着くのかが全く読めない。本書に対して「冗長なだけ」という書評があった。確かに長いが、私にはあまり苦にならなかった。主人公には、少し落ち着いたかと思うと、また突然全てを捨てて違う生活に飛び込んでいってしまうという性癖があり、とにかく先が読めない。少し先回りしたいと思って、途中で作者の略歴をみると、1956年生まれとあり、主人公=作者というわけでもなさそうで、ますます判らなくなる。そうかと思うと、主人公が通う大学名は、作者の出身校と同じだし、主人公の放送作家という職業も作者と重なっていて、さらに判らなくなる。そういう意味では、まさしく虚実皮膜の「小説」といえるのかもしれない。読んでいて大変面白かったので、小説としては文句はないが、別の書評で読んだ「感動の最終章」というキャッチフレーズの割には、淡々と終わってしまったのがやや拍子抜けだった。(「錨を上げよ(上・下)」 百田尚樹、講談社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

本屋大賞2011 反省

今年も予想は外れ、「ノミネートされたこと自体が疑問」と思った「謎解きは‥」が大賞になった。読みやすい本が読まれるという傾向、ここに極まったという感じがする。ここまで外れるということは、自分の読書傾向と世間の読書傾向のずれだけが原因ということではなく、「本屋大賞」に対する自分の勝手な思い込みが間違っているという要素もあるのだろう。でも、面白い本を毎年10冊も紹介してくれるというのは、間違いなく「本屋大賞」の私にとっての意義であるというのは変わらない。また来年が楽しみだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

本屋大賞2011 予想

本屋大賞の発表があと2日になったので、ここで例年のように受賞作の予想を試みたい。私の予想などは、昨年当てた以外はこれまで全部はずしているので、ご愛嬌みたいなものだが、自分の好みと世間の好みのずれを知ることができるし、いろいろ考えるのは楽しいことだ。今年はノミネート作品10作品発表時に既読の作品が2つしかなかったので全部読めるかどうか少し心配だったが、例年になく大作が少なかったので、何とか9冊と3分の2冊読むことができた(「錨を上げよ」の最後の2章が未読)。

今年のノミネート作品については、「謎解きは‥」といった軽いミステリーがノミネートされていること自体に少し疑問を感じるが、それはさておき、まず私が良いと思った作品は、「ペンギン・ハイウェイ」「シューマンの指」「叫びと祈り」「錨を上げよ」の4作品。これに昨年大賞を惜しくも逃がした「神様のカルテ」の続編「神様‥2」の5作品が大賞候補だと思う。昨年2位だった前作よりも面白かった「神様‥2」は、おそらく前作のファンが強く支持すると思われ、最有力候補かもしれない。 以下、最近の大賞受賞作の傾向なども踏まえて、順位をつけてみた。

大賞:「神様のカルテ2」:昨年2位だった前作よりも面白かった。個人的には5~6位というところだが。

2位:「シューマンの指」:これほどの作品を書く作者のこと、この本のことを全く知らなかったことにとにかく驚いた。綿密な準備と計算の上で書かれた内容に脱帽。

3位:「錨を上げよ」:「感動の最終章」を読んでいないのに3位というのは変かも知れないが 、私のような世代にとっては、読んでいて自分の昔のことがダブってきて、同世代の代弁者のように感じてしまう。作者の第1作「永遠の0(ゼロ)」は衝撃的な作品だった。その後の「ボックス」「風の中のマリア」なども人気があるので、そうしたファンが強く推して、合わせ技での受賞もある気がする。

4位:「叫びと祈り」:面白さと深みを感じる作品。作者への今後の期待度はかなり高い。

5位:「ペンギン・ハイウェイ」:今さら森見登美彦でもないような気もするが、個人的には一番気に入った作品。 

その他では有川浩の作品が2つノミネートされている。個人的には「キケン」が大変面白かったが他の作品と比べるとインパクト不足は否めない。「ストーリー‥」は甘ったるすぎて私には耐えられなかった。「悪の教典」も衝撃的だったが大賞向きではないような気がする。「ふがいない僕は‥」は新しい文学作品という気はするがこれも私は好きになれなかった。最大の話題作の「謎解きは‥」は軽すぎて推せない。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

宇宙は何でできているのか 村山斉

少し前のベストセラー。学問の世界で宇宙論と素粒子論が結びついたのは、宇宙の起源がだいぶ判ってきたここ20~30年くらいのようで、そのあたりの事情が巧みな比喩で解説されている。ちょうどこうした本を読み漁ったのが学生の頃なので、その時に読んだ本の内容とはまさに隔世の感がある。巧みな比喩はいいのだが、それで少しわかったような気がしても、それと同時に実際全然わかっていないということもよく判ってしまうので、読んでいて何だか切なくなる。こういう世界を研究している人々は、どうやってそれを理解しているのか、それとも我々と同じように判ったような感じのままで、思考を前に進むことができるアバウトな能力を持った人々なのか。我々一般人がすっと理解できるような解説本に出くわさないということは、もしかすると、後者なのではないかと思ったりする。ほとんど理解できなくても、懲りずにこうした解説本を、時々読みたくなるのは、それを確認する作業のような気がする。(「宇宙は何でできているのか」 村山斉、幻冬舎新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

4ページミステリー 蒼井上鷹

60編のショート・ミステリー全てが本当に4ページきっかりというのも驚きだが、4ページなのに最後の結末がなかなか見えない作品が多いというのもびっくりだ。4ページの作品でもそれぞれに作者のクセのようなものが見えるのも面白い。あまり続けて読むのではなく、ちょっと空いた時間に2,3編ずつ読むというのが良いような作品だ。(「4ページミステリー」 蒼井上鷹、双葉文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

妖談かみそり尼 風野真知雄

耳袋秘帖シリーズの第2弾。書評に本書のことが取り上げられていたので、第1弾から読み始めて、今回ようやく本命の本書を読むことができた。こうした江戸の捕物帖のような作品を読むのは本シリーズが初めてなので、本シリーズがこのジャンルでどの程度の位置にあるのかが今ひとつ判らない。ただ、大小様々な事件が一つ一つ解決されていく本書を読んでいると、とにかくいろいろなパターンがあって面白い。現代のミステリーでも使えそうなアイデアだったり、江戸時代特有のアイデアだったりだが、少なくとも現代のミステリーよりも後者がある分、バラエティはこちらの方が多そうだ。しかも、多少荒唐無稽でも、時代小説だから許される部分もあるようで、さらに話のバラエティは広がる。そうした幅の広さが、時代小説が広く読まれる理由の一つのような気がする。(「妖談かみそり尼」 風野真知雄、文春文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

麒麟の翼 東野圭吾

「新参者」に続く加賀恭一郎シリーズの最新作。「容疑者X」のようなあっと驚く仕掛けはないが、加賀恭一郎の地道な捜査によって少しずつ真相が見えてくるプロセスの面白さは変わらない。それと、「新参者」のような小さな謎解きはないが、細かい観察によって一つ一つの謎を明らかにしていく緻密さも期待通りだ。この2つを満喫できるのがこのシリーズの醍醐味だ。なお、「新参者」を読んだ後、日本橋周辺を歩く機会が2度ほどあった。また、本書の舞台として「水天宮」がでてくるが、先日、日本コカ・コーラ社が催したイベントに参加した際、その最寄り駅が「水天宮」だったので初めて見物してきた。両方とも偶然のことだが何だか嬉しい。加賀恭一郎シリーズの楽しさはその舞台である日本橋界隈の雰囲気を興味深く伝えてくれていることにもあると思う。転勤の多い「加賀恭一郎」だが、しばらくはこのあたりにとどまっていて欲しいと思う一方、できれば私の地元である「横浜」あたりに異動してきて欲しい気がする。全国で、「加賀恭一郎」誘致運動が起こるのではないか。(「麒麟の翼」 東野圭吾、講談社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )