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老人ホテル 原田ひ香

色々な意味で過酷な環境で育った主人公が、ホテル住まいの老人たちとの関わりを通じて前途を模索していく物語。題名から、最初はホテル住まいの老人たちが主役なのかと想像しながら読み始めたが、やがて老人たちはあくまで主人公が立ち直ろうとする意思を助けるキッカケに過ぎず、物語の本筋が主人公が老人たちと関わりながら彼らの経験、世間の常識、経済に関する知識などを断片的に吸収していく過程にあることがわかってくる。途中で出てくる経済的な蘊蓄だけではない魅力を持った一冊だった。(「老人ホテル」 原田ひ香、光文社)
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恐竜まみれ 小林怪次

恐竜学者による恐竜化石発掘調査の苦労話のエッセイ。化石が発見されやすいモンゴルやアラスカなどの自然環境の過酷さ、化石が大きくて重いこと、何日も成果がなかったりすることなど、化石発掘作業というものの想像以上の大変さが読み手にひしひしと伝わってくる。アクセスが比較的容易で過酷でない場所はもう誰かが調査済み発掘済みなので、人の行っていないところ行っていないところとやっているうちにどんどん条件が過酷になってきているらしい。また、古生物学はノーベル賞の対象外なので、どんなにすごい発見や成果をあげても受賞することはない。そのような境遇で研究のモチペーションを維持しているのだからなおさらすごいことだと思う。著者自身、世界的な発見や画期的な論文で正にノーベル賞級の学者らしいので、その辺りの話にも説得力がある。本当に面白いエピソード満載だが、特に印象的だったのは、著者がデイノザウルスという謎の恐竜の全身骨格化石を発掘するまでの奇跡的な経緯だ。それから著者のような古生物学者のフィールドワークが化石の売買を行なっている業者との戦いでもあるという話も目から鱗。こうした業者は無許可で化石を掘り起こし、例えば非常に貴重な全身骨格があったとしてもそれをバラバラにして牙とか頭骨など見栄えの良い売れそうなところだけ持って帰ってしまい、研究材料を台無しにしてしまうという。自分もいくつか興味本位で見栄えの良い小さな化石を買ったりしているで大いに反省した。(「恐竜まみれ」 小林怪次、新潮文庫)
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チョウセンアサガオの咲く夏 柚月裕子

著者の短編集は初めて。日常生活の闇を扱った作品、シリーズもののスピンオフ作品、時代小説などバラエティに富んだ掌編が収録されていて面白かった。収録された作品の初出一覧を見ると、こちらもバラエティに富んだ媒体が並んでいて、色々なところで活躍している作家だということを再認識。重厚な著者の長編をまた読みたくなった。(「チョウセンアサガオの咲く夏」 柚月裕子、角川書店)
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その日本語、ヨロシイですか? 井上孝夫

新潮社の元校閲部長という著者による「校閲」とはどういうものかを色々な視点から教えてくれる解説本。校正と校閲の違い、校閲者と編集者の違いといった「校閲とは何か」から始まり、ルビ、旧仮名、漢字の俗字や旧字などにおける実際の校閲の仕方を実際の例をあげて分かりやすく解説してくれる。著者は漫画も得意なようで自筆のマンガも挿入されていて面白い。内容とは関係ないが、新潮社の元職員が書いた本なのに文庫化された本書の出版社が何故か新潮社でないのが気になった。理由はよくわからないが、マンガやイラストが多用されていたり、校閲者が実際に入れた赤ペンの書き込みなどが再現されていて、もしかしたらその辺りに原因があるのかもしれないと思った。(「その日本語、ヨロシイですか?」 井上孝夫、草思社文庫)
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2023年本屋大賞 予想

4月に発表される本屋大賞を今年も予想してみた。ここ数年のノミネート作品の傾向として、現代日本の生きづらさに翻弄される主人公を描いたシリアスな小説が多くなっている気がする。今年も、「川のほとりに立つ者は」「汝、星のごとく」「光のとこにいてね」などそうした作品が並んだ。また今年は星とか光とか宙(そら)など、天体に因んだ題名のノミネート作品が3点もある。この2つの傾向は、偶然というよりも、何だか「人生は運頼み」という諦観のようなものが小説化されているような感じがする。大賞の予想については、時代を反映したこれらの中から大賞が選ばれると考えると、あまり壮絶すぎる内容ではないやや温かみのある「月の立つ林で」を本命、逆に最も壮絶な内容の「汝、星のごとく」を対抗としたい。なお、個人的に一番びっくりしたのは「方舟」、一番ハラハラしたのは「爆弾」、一番新しさを感じたのは「#真相をお話します」、いい話だなぁと思ったのは「ラブカは静かに弓を持つ」。今年も本屋大賞のおかげで面白い作品に沢山出会えて良かった。
【本命】
月の立つ林で
【対抗】
光のとこにいてね
方舟
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ラブカは静かに弓を持つ 安壇美緒

初めて読む作家。本屋大賞にノミネートされたので読んでみた。本書で扱われているのは、音楽教室で教師や生徒が演奏する楽曲に対して著作権使用料を支払う義務が生じるかどうかという問題で、登場人物、舞台もそれに関係した人たち、音楽教室などだ。本の帯には、スパイ小説と書かれているが、サスペンスやミステリー色はほとんどなく、人にとって音楽とは何かを考えさせられるストーリー。実際の裁判所の判断は、教師が演奏した場合は使用料が必要、生徒の演奏には不要とのこと。著作権を守りたい側と音楽教室の両方の顔を立てたような判決だが、音楽教室で教師がお手本として演奏する場合にも著作権料が必要というのは知らなかったし、ちょっと意外だった。(「ラブカは静かに弓を持つ」 安壇美緒、集英社)
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月の立つ林で 青山美智子

著者の本は3冊目。いずれも本屋大賞にノミネートされた後に読んでいて、著者の本はほぼ1年に一度この時期に読むというパターンになっている。本書を含め3冊とも、悩みや閉塞感を抱えながら一歩踏み出すことに逡巡している登場人物が何かをキッカケに解き放たれて前に進み出すというハートウオーミングストーリーだ。これまでの2冊ではそのキッカケが「本」と「絵画」だったが、本書では「月」に関するトリビアがそのキッカケになっている。また、それぞれ別の話のように描かれながら1つの話の主人公が別の話の脇役という感じで最後に全部がつながる連作短編集という形式、登場人物全員が善人なのであまり大きな事件は起きないといったところも3冊の共通点。最近の本屋大賞ノミネート作品を見ると、現代日本の深刻な問題点を背景とした壮絶な話が多い気がするし今年もそんな傾向がある。その点著者の作品は少しマイルドな話なので、綺麗事で物足りないという感想もあるだろうし、逆に壮絶すぎるストーリーに食傷気味なので著者の本が心地よいという感想もある気がする。そのあたりが2年連続本屋大賞第2位という結果のように感じた。なお、読み終えて最後まで分からなかったのが本書の題名。小説の題名には著者の強い思いが込められていると思うのだが、「月の立つ」という部分は理解出来たが、その後に続く「林」の意味がよく分からないまま読み終えてしまった。(「月の立つ林で」 青山美智子、ポプラ社)
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川のほとりに立つ者は 寺地はるな

著者の本は2冊目。本屋大賞にノミネートされたので早速ネットで取り寄せた。最近の小説は、毒親とか同調圧力といった若者たちの生きにくさをテーマにしたものが多い気がするが、本書も基本的にはそうした話だ。ただ、その他の小説が生きにくさの先に光を見つけようとする話であるのに対して、本書は光そのものがないことを前提にしている気がする。他人から社会の物差しで測られることに傷つく主人公自身が他人に対しては自分の物差しで接していることに気がつくし、また毒親でない優しい大人の人ですら自分の救いにならないことを痛感する。本書の題名はまさにそうした状況、「川のほとりに立つ者には川の中の石ころが見えない」ということだ。人間が集団でしか生活できない存在であるということとこの他者を分かり合えないという矛盾の中でそれを克服する手段が、国家とか共同体といったものへの帰属意識であったり宗教であったりするとすれば、この先の世界がどうなっていくのか、読み終えて少し恐ろしい気分になってしまった。(「川のほとりに立つ者は」 寺地はるな、双葉社)
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漫才 宮田陽・昇、ロケット団

実力派漫才師の宮田陽・昇とロケット団によるパフォーマンスを鑑賞。それぞれお馴染みの鉄板ネタと時事ネタを上手く融合させた内容で心地よい笑いの2時間。観客も両方のファンらしい人が多いようで反応良く盛り上がっていた。両コンビとも、TVではあまり見かけないが、地道に寄席の定席で活躍する貴重な存在で、浅草や池袋に行かなくても近所の横浜で生のステージを見られるのは有難いことだと改めて思った。秋頃にまた同じメンバーの会が開催されるとの告知があり、今から楽しみだ。
【演目】
①オープニングトーク(30分)
②漫才 宮田陽・昇(15分)
③漫才 ロケット団(30分)
休憩
④漫才 宮田陽・昇(30分)
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最後のページをめくるまで 水生大海

著者の本は3冊目。前に読んだ2冊は社労士が主人公の普通のお仕事小説だったが、本書はそれとは全く違って、読みながらどこかで明らかになるどんでん返しを楽しむミステリー作品だった。5編の短編が収録されているが、叙述トリックのように終盤でまったく違う景色になってしまう話もあれば、じわじわと変わっていく景色にドキドキさせられる話もあって、色々な怖さを楽しませてくれる一冊。そういえば社労士シリーズも第2作で少しミステリー色が強くなっていたなという記憶がある。著者の本領はそこにあるようなので、これからのシリーズ作品、ミステリー色が強くなるとどんどん面白くなるのではないかと思った。(「最後のページをめくるまで」 水生大海、双葉文庫)
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汝、星のごとく 凪良ゆう

毒親、ネグレクト、ヤングケアラー、ネットによる誹謗中傷など、様々な現代日本の問題に直面しながら必死に生きていく主人公男女2人の物語。行き着く先は、ハッピーエンドでもカタルシスでもなく、ただひたすら生き続けるしかないというある意味救いのない恐ろしい小説だ。とにかく登場する大人、特に男性が全てどうしようもない人間で、一見理解があるように見える善人も何か逆に気味の悪い人物に感じられる。題名の「星」という文字に込められた「孤独」とか「一瞬でも輝きたい」という感情が心に残る作品だ。(「汝、星のごとく」 凪良ゆう、講談社)
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君のクイズ 小川哲

TVのクイズ番組の決勝戦。早押しで正解した方が優勝という土壇場の最終問題で、主人公の対戦相手はクイズの問題が全く読まれない段階でボタンを押して正答する。優勝を逃した主人公は、不正とかヤラセがあったという可能性も視野に入れつつ、最終問題までの各問題を検証し直し、対戦相手が何故一文字も読まれないうちに正解できたのかを推理していく。彼のたどり着いた結論は、不正やヤラセとは別次元のクイズというものの面白さや奥深さ、それに打ち込むクイズのプロともいうべき人たちの驚くべき思考方法を教えてくれるものだった。本書にはそこに至るまでの主人公の思考が逐一書かれていて、それが本当に面白かった。なお、50年以上前の自分自身の経験だが、通っていた小学校があるテレビ局の近くにあり、何回か朝の番組のクイズコーナーに小学生の回答者として駆り出されたことがある。そこでテレビの裏側を垣間見るある出来事に遭遇した。どんな出来事だったかを書くことは差し障りがあるのでできないが、それを踏まえて考えると、主人公が最後に出した結論、十分にあり得るなぁと思った。(「君のクイズ」 小川哲、朝日新聞出版)
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