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トスカの接吻 深水黎一郎

これまでに本書の著者の本は何冊か読んでいるが、それによって得た著者に対するイメージは「トリッキーなミステリーの第一人者」というところだが、先日読んだ「ミステリーアリーナ」がその「トリッキー」さを突き抜けたような面白さだったので、もう一度これまでの作品に目を向けてみることにした。その1冊が本書である。読んでみると、大変面白いし、内容も大変オーソドックスなミステリーで、デビューしたての頃はこうした作風だったのかと、少しビックリした。読んでいて一番感心したのは、話の展開が時間の流れに完全に沿っていて、最近流行りの幾つかの視点の話が同時進行で描かれていたりということが皆無なことだ。そのために話が大変判りやすい。いくら話がトリッキーでも面白く読めるのは、こうした展開のオーソドックスさが根底にあるのだと納得した。まだ数冊読んでいない著書があるので、順次読んでいきたい。(「トスカの接吻」 深水黎一郎、講談社文庫)

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アンと青春 坂本司

前作の「和菓子のアン」は、軽いお仕事ミステリーかと思いきや、鋭い社会問題へのまなざしが印象的な一冊だった。そうした点も含めて、このシリーズはかなり注目されているらしい。やはり世間はちゃんと見ているのだなと思った。そんな感じでかなり高い期待を持って読み始めたが、第2作目の本書は、社会問題も多少は絡んでいるが、話の中心は主人公の自分の仕事に対する揺れ動く想いだ。正規社員の割合の減少など働き方の変化が色々な社会問題になっている現在だから、それも社会問題の一つと言えなくもないが、雰囲気としては、もう少し個人的な心の物語に終始している。仕事とは何かを考えるきっかけになる正統派のお仕事小説だ。(「アンと青春」坂本司、光文社)

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掟上今日子の婚姻届 西尾維新

テレビドラマ化もされて何となくシリーズも一段落かと思ったら、すぐに新刊。本当に驚くようなスピードの展開だ。話は、主人公が講演会で講師を務めたり、ワトソン役のもう一人の主人公がテレビ取材を受けたりで、これまでの流れからは想像もつかない展開にこれまたびっくり。2人の主人公の関係性はやや込み入ってきたが、このあたりが話の中心になってきているらしい。びっくりする展開と、目まぐるしく変わる主人公たちの関係、これだけで十分に楽しめてしまうのも不思議な気がする。(「掟上今日子の婚姻届」 西尾維新、角川書店)

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京都好き 早川茉莉

ベストセラーの「京都ぎらい」に対抗したような題名の本書。「京都ぎらい」への反論かと思ったが、内容は違った。「京都ぎらい」は京都人による京都論だが、本書は京都人だけではなく色々な出身の人による京都に関する文章を集めた一冊で、これまでのような情緒的な京都賛美を前提に編集されている。これこそ「京都ぎらい」が問題提起した話で、少しも「京都ぎらい」を踏まえたものになっていない。これでは、単なる便乗本と言われてもしかたないだろう。但し、梶井基次郎の「檸檬」が掲載されていて、久しぶりに読めたのはちょっとした収穫だった。(「京都好き」 早川茉莉、PHP新書)け

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書店ガール5 碧野圭

今回は、作家と編集者、ライトノベルに焦点を当てた内容で、いつもどおり本を巡る様々な人の働く様が語られている。最近そうした内容の本を幾つか読んだことや、出版社の編集者の視点のテレビドラマなどもあって、そのあたりの事情に少し詳しくなってきたような気がする。解説を読むと、著者には10年近い編集者としてのキャリアがあるという。ひとりの新人作家を巡る2つの出版社のスリリングな攻防などは、そうした経験に裏打ちされたものなのだろう。本書の場合、業界の陰の部分の描写は数多い類似作品の中ではややソフトな方だが、読んでいると、この著者がこの業界に強い愛着を持っていることが伝わってくる。シリーズも5冊目になるが、前の巻の内容を覚えていなくても、全く気にならずに読めるのが嬉しいし、これまでのシリーズの流れや作者の経歴を簡潔にまとめてくれている解説もありがたい。また、シリーズの巻ごとに副題がついていて、題名自体は同じというシリーズものをよく見かけるが、本書はシンプルに数字で1,2,3,4,5となっており、これもこの本が何冊目なのか判りやすくて良いと思う。(「書店ガール5」 碧野圭、PHP文庫)

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私にふさわしいホテル 柚木麻子

作者の本は「アッコちゃん」シリーズも含めて何冊か既読だが、毎回働く女性の視点で描かれたお仕事小説の王道をを楽しく読ませてもらっている。本書は、ある女性作家がデビューからいろいろ経験を積んで有名作家にのし上がっていくという話で、これまでに読んだ著者の本とガラリと舞台は変わるが、元気な職業女性の奮闘記というコンセプトは全く変わらない。実在の作家が実名で登場したり、明らかにモデルの判る固有名詞がでてきたりでそれも楽しいし、出版社の編集者とか担当と作家の関係なども著者自身が楽しく書いていることが判って微笑ましい。しかし、随所にかなりの毒を含んだエピソードもあるし、この業界の闇の部分も垣間見えて、作家という職業も色々大変なんだということがよく判る。(「私にふさわしいホテル」 柚木麻子、新潮文庫)

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STAP細胞はなぜ潰されたのか 渋谷一郎

小保方さんの手記を読んで、「須田記者の反論を期待したい」と書いたが、それより先に小保方さんを擁護する側の1冊の方が先に出てしまったようだ。本書を読んで、須田記者の本が理研の調査結果を待たずに発刊された理由などがよく判ったし、それ以外にも色々な情報を得ることができたような気がする。STAP細胞の検証には「STAP細胞の生成」「STAP幹細胞の生成」「キメラマウス」という3段階があり、小保方さんが携わったのはあくまで第一段階の「STAP細胞の生成」であり、その後の2段階は「若山教授」の担当だったこと、理研の検証では小保方さんの担当した第一段階はやや結果の数字は異なるが確かにSTAP様細胞が生成されたということなど、小保方さんの手記の主張通りのことが明らかになっているということなどが書かれており、やはり小保方さんを事件の主犯とする須田記者の本の内容やNHKの番組、その他のメディアの扱いの不当さが強く印象づけられる内容だ。日本側の関係者が全てSTAP細胞に関する特許申請を取り下げたにも関わらずハーバード大学のみが申請を取り下げていないという話や、つい最近になって新たなSTAP細胞の存在を裏付ける別の研究者の論文が発表されたことなども紹介されており、ますます小保方さんの主張の正しさを思わせる事態になっているらしい。本書では新たに研究者としての小保方さんを葬ろうとする2人の女性研究者の存在も指摘されており、事態はますます混迷の度合いを増しているようだ。時系列的にみると、須田記者の著書、小保方さんの手記、本書という順番で書かれており、今のところ2冊続けて小保方さん側の本を読んだことになる。この段階では、若山教授が諸悪の根源、それを見抜けない功名を焦った女性記者、事件の周辺で小保方さんへの嫉妬をむき出しにする2人の女性研究者という構図が見えてくる。この事件、メディアとしても終わったことにせず、詳しい続報を期待したいし、何よりも公平を期すためにも「反小保方さん」サイドの本の刊行を是非期待したい。(「STAP細胞はなぜ潰されたのか」 渋谷一郎、ビジネス社)

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ジェシカが駆け抜けた七年間について  歌野晶午

この作品のことは、他の本をネット検索していて、「この本を検索した人はこの本も検索しています」というところで知った。要するに、私の趣味に合っていると検索エンジンが判断してくれた作品ということになる。これもネット社会ならではの「未知の本との出会い方」の1つだ。本書を読み始めてすぐに感じたことは、この作品がミステリーなのかそうでないのかという点だ。話の途中で殺人事件が発生するが、正統的なミステリーにしてはどうも記述がおかしい。全く新しいビックリするようなアリバイ崩しの話なのか、それとも最近流行の「叙述ミステリー」なのか、あるいは不思議な現象が解明されないままに終わる単なる超常現象の話なのか、そのあたりを注意しながら読み進める。読み進めるといっても、殺人事件が発生してからあともう100ページくらいしか残っていないし、やっぱり謎が謎のままで終わるのかと思っていたら、最後にびっくりするような結末が待っていた。ところどころを読み返してみたが、確かに辻褄は合っている。簡単な仕掛けだが、練りに練られた構成には納得した。(「ジェシカが駆け抜けた七年間について」  歌野晶午、角川文庫)

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捕食者なき世界: ウィリアム ソウルゼンバーグ

生命進化の頂点に近い動物、食物連鎖の上位にいる動物ほど、その上位であるということからくる「個体数の少なさ」「人間との対立」ゆえに、容易に絶滅してしまうという事実。そして、上位者である「頂点捕食者」が絶滅してしまった後に残された自然が、いかにたやすく危うい形で大きな変貌を遂げてしまうかという警告。これらの指摘を、様々な事例、様々な角度から提示している本書を読むと、なるほどなぁと思う一方、これからどうなってしまうのか見当もつかない恐怖にかられる。アメリカで絶滅してしまった地域でのオオカミの復活計画が提唱され、実施されていることは知っていたが、恥ずかしいことに、こうした運動はノスタルジーの一種だと思っていた。こうした極端な方策によってしか、もう自然を保つことができないところまで人類は追いつめられているのだということに慄然とさせられる。一方、トキなどの弱者を中国から輸入して徹底的に保護するといった活動などは、必要だとは思う一方、本書の指摘等とどう整合性がとられているのかという疑問も湧いてくる。また、オオカミが絶滅して久しい日本では一体何が起きているのかも気になる。日本の状況は、巻末の解説でシカによる全国的な農業被害について触れられているが、十分には語られていない。次から次へと色々な疑問が湧いてくるためになる1冊だ。(「捕食者なき世界」 ウィリアム ソウルゼンバーグ、 文春文庫)

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刑事のまなざし 薬丸岳

著者の本は何冊か読んでいるはずだが、題名を思い出せない。思い出せないのだが、何となくこの作者の作品は面白かったという印象だけが残っている。本書は、ある事情から刑事に転職した主人公の刑事が、地道な捜査とするどい洞察で事件の謎を解いていく連作短編集だ。事件をひとつ解決する毎に、少しずつ主人公の刑事のひととなりが明らかになっていき、最後の一編で全ての謎が解き明かされるという構成も見事だが、夫々の事件にもしっかり意外性があって面白い。全体を通して綺麗に話がまとまり過ぎていていて、他の作家では味わえない刺激的なインパクトの様なものがあれば申し分ないというところかもしれない。いずれにしても、前に作品を読んだ時に著者の名前が印象に残らなかったのが不思議なくらい他の作品を期待させる作家だと感じた。(「刑事のまなざし」 薬丸岳、講談社文庫)

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戦場カメラマンの仕事術 渡部陽一

TVでおなじみの戦場カメラマンによる新書。戦場カメラマンといういかつい肩書と柔和な語り口のギャップが面白く、よくTVで見かける著者だが、本当のところはどうなのか、厳しい戦場での仕事をこなすタフマンなのか、それとも自分の持っている戦場カメラマンという職業に対するイメージが間違っているのか、そのあたりに興味があって、読むことにした。読んでみて感じたことは、戦場カメラマンという仕事は、仕事そのものも、その環境も非常に厳しいものであることは疑いもないが、それを生業とする人の性格とは別問題であり、一般的なカメラマンとしては、人の懐に飛び込んでいけるような柔和さがむしろ武器になる、あるいはそうでなければ一流にはなれないということだ。本書の後半は、著者が師と仰ぐ先輩カメラマンとの対談が掲載されているが、これが秀逸だ。特に最後の対談は、最近のドローンによる取材事情やIT技術と取材という観点の話で、色々ビックリさせられた。(「戦場カメラマンの仕事術」  渡部陽一、光文社新書)

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ミステリー・アリーナ 深水黎一郎

久しぶりに読む前の期待をはるかに超える作品に出会えた気がする。書評誌でも好評を得ている作品だし、これまでの著者の作品の素晴らしさからも、大いに期待して読んだのだが、その面白さはそうした高めの期待すらも軽々と超える超ど級の作品だと思う。次から次へと披露される事件に対する「推理」、その中には、読者である自分が思いついた推理も含まれているし、そうでないアッと驚く推理も含まれている。それらが次々と否定されていくのは、まさにミステリーファンのだいご味だ。それだけでも十分楽しいのに、本書では、そうしたストーリー全体を覆うアッと驚く仕掛けが最後に待っている。何を書いてもネタバレになりそうなので、受けた感銘に反比例して短い感想になってしまうが、「叙述ミステリー」を徹底的にあざ笑う本署は、ここ数年で一番衝撃を受けたアンチ・ミステリーだ。一部受けという気もするので色々な賞をとるという感じではないし、何を書いてもネタバレになるので書評でも取り上げにくいので、大いに話題になるということにはならない気がするが、本書は読んだ人の心に間違いなく何かを残す傑作だと思う。(「ミステリー・アリーナ」 深水黎一郎、原書房)

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神の値段 一色さゆり

2016年の『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作。「美術ミステリーの新機軸」との謳い文句で、かなりの期待を持って読み始めた。読後の感想は、新人作家の登竜門の受賞作とは思えないほどしっかりまとまった作品だなぁといったところだが、美術界の裏側事情や芸術家の熱い想いなどが克明に描かれていてミステリー要素無しでも十分に楽しめる一冊だった。巻末には恒例の選者のコメントが収録されているが、今回のコメントでは、「このまま出版されて商業ベースにのるかどうか?」という点が強調され過ぎているような気がした。この様な基準で受賞作を選ぶ賞があることに異論はないが、それが強調され過ぎると、応募作品も当然それを意識したものになるし、選ばれる作品も冒険の少ないこじんまりとした作品ばかりになってしまう気がする。本書も、そうしたきれいにこじんまりとまとまった作品という部分は否めない気がした。(「神の値段」 一色さゆり、宝島社)

 

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れんげ野原のまんなかで  森谷明子

典型的なお仕事ミステリー。図書館ならではの事件を、新人の司書と謎の多いベテラン司書のコンビが解き明かしていく。事件の内容もお仕事ミステリーらしく、あまり深刻なものではなく、最終話を除いてどちらかといえば微笑ましい類のものばかりだ。あまりにも定番のお仕事ミステリーで、読んでいるうちにだんだん飽きてきてしまうのも、お仕事ミステリーにありがちなところだ。普通の仕事をしていて、大きな事件に遭遇することはあまりない。話を面白くしようとすると現実味がなくなってしまうし、現実味を大切にすると面白くなくなるというのが、こうした日常ミステリーの課題だが、本書はその辺りのジレンマにしっかり陥ってしまっている気がする。(「れんげ野原のまんなかで」 森谷明子、創元推理文庫)

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虚構推理 城平京

表紙をみて何となく「警察小説」のようなものだと思い、どんな内容の本か確認しないで購入してしまったのだが、読んでみたら大変面白いライトノベルだった。それも、その世界では結構有名な作品らしい。主な登場人物は3人だが、最初の数十ページを読むと、その3人の設定が判ってきて俄然面白くなる。話自体は荒唐無稽だが、「かまいたち」のたとえ話が出てきたあたりから、完全にその世界に入り込んでしまった。この世界の設定を考え付いた後にかまいたちの話を思いついたとすればその比喩がよく出来すぎているし、かまいたちの話からこの世界を構築したとすればそんなことを思いつく著者の頭はどうなっているのだろうかと思ってしまう。そのくらい、この世界の設定は見事だと思う。これだけの世界を構築したのだから、本書だけで終わらせてしまうのはもったいないし、当然続編があることを前提とした終わり方になっている。今後の読み手の期待を十分高めてくれる一冊だった。(「虚構推理」 城平京、講談社文庫)

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