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水車小屋のネネ 津村記久子

好きな作家の最新作。身勝手な母親を見限って家を飛び出した18歳と8歳の姉妹は「店の手伝と鳥の相手少々」という奇妙な求人広告のお蕎麦屋さんの元で暮らすことになる。小説はそこから10年毎の40年間に渡る姉妹とお蕎麦屋さんの飼っているヨウムのネネ、姉妹の周りの人々のお話で、それらの人々が色々な人に助けられたり他の人を助けたりしながら成長したり変わっていったりする様が語られる。著者の作品は初期の重苦しいものから少しずつ明るく軽やかなものへ変化しているが、本作はその到達点のような感じだ。台風の襲来、いじめ、ブラック企業、登山者の遭難、東日本大震災など困難で辛い出来事を、登場人物が役割分担しながら前向きな気持ちで乗り越えていく様が本当に清々しい。ヨウムのネネは、そうした登場人物を励ましたり、リラックスさせたり、時には心配させたりする。これまでに読んだ著者の作品の中でも傑出した一冊だと思う。(「水車小屋のネネ」 津村記久子、毎日新聞出版社)
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縁切り上等! 新川帆立

副題は「離婚弁護士松岡紬の事件ファイル」。鎌倉の縁切寺住職の一人娘が寺の敷地内に離婚専門の弁護士事務所を開業、そこに持ち込まれる離婚相談を巡る顛末を描いた連作短編集。読んでいて、世の中の離婚の話し合い・調停・訴訟などの背後に様々な事情があることがよくわかるし、そこで必要とされる法律知識、具体的な注意点、一般常識との微妙なズレなども分かりやすくストーリー展開の中に織り込まれていて、読んでいてグイグイ引き込まれる内容だ。全編を通して、相手の気持ちも汲んで考えるとか、不要なプライドとか、そうした甘っちょろい考えを徹底的に排除し、ダメなものはダメという姿勢が貫かれていて清々しい気持ちになれる一冊だった。(「縁切り上等! 離婚弁護士松岡紬の事件ファイル」 新川帆立、新潮社)
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新版 動的平衡3 福岡伸一

著者のライフワークのキーワード「動的平衡」シリーズの3冊目。前作を読んだのが2012年なので10年ぶりに読む新作。その間に著者の本は色々読んでいるが、本作を読んで、改めて著者が分子生物学の研究者であることを強く感じた。題名に「新版」とついているのは、新書刊行にあたって「コロナウイルス」に関連した章を追加したからとのこと。ウイルスが他の生物の遺伝子変化に大きな役割を果たしていること、コッホの3原則など、先日読んだウイルス研究者の本と呼応して、その辺りの事情がよく理解できたような気がする。また、我々が習った理科では否定されていた「獲得形質の遺伝」「記憶の遺伝」などが最新の研究では100%否定はされていないことなどの「動的平衡」と関連付けた分かりやすい解説がとても面白かった。本書でウイルスについて書かれているのは終盤の2章だけなので、著者には是非コロナウイルスについて掘り下げた本を上梓して欲しいと思った。(「新版 動的平衡3」 福岡伸一、小学館新書)
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うたかたモザイク 一穂ミチ

著者の本は3冊目だが短編集は初めて。これまでに読んだ長編2冊はいずれも今の若者の生きにくさのようなものを根底に置いた少し重たい内容だったが、本書はもう少し軽い作品、バリエーションに富んだ作品が並んでいて、気楽に楽しめた。面白いなぁと思った短編がいくつかあったが特に印象的だったのが事故で死んだ男が猫に転生して未亡人になった妻に飼われてお世話になる一編。その猫が終始関西弁なのが笑えた。著者の幅の広さ、面白さを感じた一冊だった。(「うたかたモザイク」 一穂ミチ、講談社)
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なぜ宇宙は存在するのか 野村泰紀

ここ100年あまりの宇宙理論発展の歴史と最近の目覚ましい進歩の成果について教えてくれる解説書。難解だが全く歯が立たないというわけではないくらいの丁寧な説明で、ビッグバン理論、インフレーション理論、マルチバース仮説といったこれまでに読んできたこうした本で得た知識とか、ここから先のことが分かっていないという事柄について頭の整理になったなぁと感じた一冊。本書ではマルチバース仮説が超弦理論や人間原理などによって補強されつつあるという話がとても興味深かった。特に、この宇宙が非常に稀な偶然でしか成り立たないという謎が、無数の宇宙が存在していて、その稀な場合にしか知的生命である人間が生まれないからだとする「人間原理」は、その発想の凄さと説得力に息を呑む思いがした。(「なぜ宇宙は存在するのか」 野村泰紀、ブルーバックス)
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デフ・ヴォイス 丸山正樹

初めて読む作家。警察を退職し手話通訳士として再起を志す主人公が、自分や周囲の人々との関わりを見つめながら、正義と公正さをもってある殺人事件の真相に迫っていく。本書で著者が書きたかったのはあとがきにもあるように、ろう者を巡る様々な事実や問題点で、ミステリーという衣を纏わせているのは世の中の人一人でも多くにこの話を読んでもらいたいという強い意志の表れだということがひしひしと伝わってくる。ろう者には、生まれつき、中途から、重い難聴といった人々がいて、それぞれが違う意見を持っているということ。更に全員ろうの家族、両親がろうの聴者の子ども、といった立場の人々もいる。また、手話には「日本手話」という伝統的な手話と比較的新しい「日本語対応手話」の2種類があって、使う人の来歴などで使われ方や使われる場面も違う。更に、教育の現場においても、できる限り聴者の発音に近づけるための「口話法」や「バイリンガル教育」などがあり、それも立場によって賛否が様々だという。本当に知らなかったことばかりで、読んで良かったと強く思った。前半、主人公が被告人と検察の通訳を担当する中で「被告人は黙秘権という概念を理解していない」と言い切る場面は、この本の重みを象徴しているようで特に印象的だった。(「デフ・ヴォイス」 丸山正樹、文春文庫)
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宇宙・0・無限大 谷口義明

天文学の研究者が最新の科学分野の知見を紹介しながら、この世にゼロ、無限大、永遠はあるのかということについて語った教養書。まずは宇宙の仕組みや歴史を紐解き、宇宙は時間も空間も有限であると結論づける。自分としても、これまでに読んだ宇宙や物理の本で得た知識に照らして考えればこれは「そうだろうなぁ」という感じだ。次に述べられるこの世界に「ゼロ」というものはあるのかという問いについてはもう少し複雑で、素人的には「ゼロがある」という言葉自体に違和感を感じるのだが、本書では、大きさゼロの物体はあるのか、物体同士が距離ゼロという状況はあるのか、時間ゼロ(=一瞬)とは何か、絶対零度は存在するかといった様々な問いを検討しつつ、やはりこの宇宙に「ゼロ」はないとの結論する。これは物理学で言うところのプランクスケールの考え方、即ち物理法則に適用できる限界が存在することによっても裏付けられる。要は、インドあたりで生まれたとされる「ゼロ」は、「発見」ではなく「発明」だったということになる。本書については、こうした思考実験の面白さに加えて、宇宙が誕生してから「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」が分離していく過程の説明など、様々な最新研究の解説もわかりやすくてためになった。(「宇宙・0・無限大」 谷口義明、ブルーバックス)
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くもをさがす 西加奈子

カナダに長期滞在中の著者が、乳がんと診断されてから、抗がん剤治療、手術、術後の放射線治療を経て、日本への帰国とカナダへの再渡航を果たすまでの日々を綴ったエッセイ。その闘病中に著者を含めた家族全員がコロナに罹患したり、配偶者の入院、子どもの急病と様々な困難が降りかかりながら、その中で感じた周囲の人たちとの連帯、家族の有難さ、日本とカナダの彼我の違いなどが飾りのない文章で描かれていて胸を打つ。特に印象的だったのが、周囲の闘病中の彼女への励ましの言葉に「そんなに生易しいものではない」と反発を感じつつもその一方で「有難い」と感謝する複雑な心情の吐露だ。数年前に同じ乳がんで姉を見送った自分としては、何度も再発しながら決して辛い様子を見せなかった姉、闘病以前よりも更に積極的に様々な活動に精を出していた姉と著者を重ねながら読み、ほとんど姉の闘病について知らなかった自分に愕然とし、自分は何か少しでも姉の支えになれただろうかと自問せざるを得なかった。なお本書に登場するカナダ人との会話が大阪弁なのが笑えた。(「くもをさがす」 西加奈子、河出書房新社)
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蝉かえる 櫻田智也

著者の本は2冊目。本作は5年前に読んだ最初の本と同じシリーズの第2作目とのこと。巻末の解説によればこの2作は短編の構成や登場人物など様々なつながりを持っているらしいのだが、5年振りということもあり、主人公以外の登場人物を覚えていなかったのが残念。ただ、読み始めると、それも全く気にならず、それぞれの短編が味わい深く心に残る傑作揃いだった。前作の時も感じたことだが、表面的には昆虫マニアの主人公が関わった事件の謎を解き明かしていくミステリーながら、昆虫のトリビアなどの占める比重は小さく、それぞれに現代社会の問題や人間の心理といったものに深く根ざしたストーリーが展開される。連作短編集として次はどんな話が来るのかワクワクすると同時に、それぞれの短編が面白い有難い一冊だと思う。(「蝉かえる」 櫻田智也、創元推理文庫)
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チャットGPT vs 人類 平和博

ネット上の記事を元に今話題になっているチャットGPTの現状と問題点を教えてくれる解説書。生成AIの急速な進歩が抱える問題点については、様々な人が色々な具体例を上げて警告を鳴らしており、それを紹介することでその全体像を浮き彫りにしてくれる。まず喫緊の問題点としては、個人情報侵害、企業機密の漏洩、雇用への影響、サイバー犯罪の助長、著作権侵害等があげられている。また、急速な進歩とは裏腹に、「幻覚」と呼ばれる珍回答、尤もらしい意味不明な回答、フェイク記事を事実と誤認した回答によるフェイクニュースの拡散といった弊害も多発しているとのこと。特に驚いたのは、生成AIが参考文献としてあげる著作物が生成AI自体が捏造によるものである事例が多発しているとの指摘だ。最新版のGPT-4というバージョンについては、参照データの開示がなされていないため、そうしたエラーの検証や分析すら行えない状況にあると言う。更に根本的リスクとして制御不能になるリスクも指摘されている。なお本書についてだが、巻末に参照資料として200を超えるネット記事等のURLが記載されていて、その他の参考文献は新聞記事と図書がそれぞれ数本のみということに驚かされた。これらのURLが本物なのか、今も閲覧可能なのか判然としない。新聞記事については多分ネットでも閲覧できるし、掲載されている図書も古典的なものばかりでネットで閲覧できる引用や大雑把な解説に留まっている。全てがネット内の情報のみという感じで、何だか本書そのものが生成AIの産物のようにも見えてしまった。(「チャットGPT vs 人類」 平和博、文春新書)
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堤未果のショックドクトリン 堤未果

ナオミクラインの「ショックドクトリン」に啓発された著者が、主に日本の最近の政治的な出来事をショックドクトリンの考え方に当てはめて考察していく一冊。クラインの「ショックドクトリン」とは、世界を震撼させるショックな出来事が起こった後、人心がパニック状態にあるうちに規制緩和や民営化などを急速に推し進めていく政策、ドクトリンのことで、その背後にはシカゴ大学教授ミルトン・フリードマンの新自由主義を信奉するシカゴ学派と呼ばれる頭脳集団と、自分の利益のためにそれを利用する投資家や企業家がいるという考え方だ。クラインの著書では、3.11テロやハリケーンカトリーナの後のパニックが急速な規制緩和、大規模開発、極端な監視社会をもたらしたと分析しているが、本書が考察するのは、コロナ禍後の日本のマイナンバーカード、コロナワクチンや脱炭素という風潮に群がる政治家と企業の火事場泥棒的な振る舞いの数々。それらを糾弾する著者の筆はまさにタブーなしの容赦ないもので著者の覚悟と勇気が際立った内容だ。マイナンバーカードを無理やり普及させようとしたり健康保険証と一体化させようしたりといった拙速な愚民政策、風力発電や電気自動車などへの無批判な礼賛など、自分自身も何か違和感を覚えていたが、それにしっかりした根拠をもって明快なダメ出しをしてくれる目の覚めるような一冊だった。(「堤未果のショックドクトリン」 堤未果、幻冬社新書)
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死は存在しない 田坂広志

こちらも先日読んだ本と同じく哲学書のような題名だが、副題に「最先端量子科学が示す新たな仮説」とあるように、量子力学で解明できていない問題をブレークスルーするために提唱されている「ゼロ・ポイント・フィールド」という考え方を解説しながら世界の様々な不思議な現象について著者ならではの感性で語る教養書だ。話の内容は、著者自身が認めているように仮説の上に更なる仮説や著者の想像を重ねたようなもので、それを人生訓のような言葉で語る、カルト教団の教義書のような不思議な世界だ。話の中心となる「ゼロ・ポイント・フィールド」についても、「過去〜現在〜未来の全てが記憶されている」としつつ、現在の出来事が逐次記録されているという記述があるなど、よく理解できない点も多い。自分が理解できた範囲で言えば、著者の言うような考えが新しい進歩を促す前に量子力学が全く違う解をもたらしてくれそうな気がするが、科学の進歩というのは当初は突拍子もないものと思われたということもあるので、一つの可能性として頭の片隅に置いておいた方が良いなと思いつつ面白く読んだ。(「死は存在しない」 田坂広志、光文社新書)
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なぜ私たちは存在するのか 宮沢孝幸

哲学書のような題名だが、副題に「ウイルスがつなぐ生物の世界」とあるように、ウイルスを長年研究してきた著者がその知見を元に「生物とはどういうものか」「生物はどうやって生まれたのか」を考察していく教養書。研究者の間で生物なのか無生物なのか依然として意見が分かれている「ウイルス」の研究者ならではの感覚で生命を捉えようとする姿勢が新鮮かつ斬新で読んでいてどんどん引き込まれてしまった。また冒頭部では、新型コロナウイルスを含むウイルスの研究というものが実際にどのようなものなのか、具体的な実験の手順や解明の仕方なども含めて丁寧に解説してくれていて大変ためになる内容だ。特に、新型コロナウイルスについては「本当に存在するのか」といった陰謀説等様々な議論や意見がある中、そうした誤解が「コッホの四原則を満たしていない」という意見によるものだということ、次々と変異をしていくコロナウイルスをどうやって同定しているのかなど、知らなかったことばかりだった。本題のウイルスに関するお話も知らないことばかりの驚きの連続だ。宿主に取り付いていないと生存できないのに宿主にダメージを与えてしまうウイルスという不思議な存在。そのウイルスの研究は、がん遺伝子の発見に寄与したり、生物の遺伝子が他種移動するのに大きな役割を果たしたり、恐竜の大量絶滅の大きな要因になったりと、様々な成果や仮説をもたらしているという。ウイルスという存在の不思議さに翻弄され続けた一冊だった。(「なぜ私たちは存在するのか」 宮沢孝幸、PHP新書)
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数字のセンスを磨く 筒井純也

社会実験やアンケート調査などを行う際、対象とする治験者をどのように選別すべきか、アンケート調査の質問事項をどのような表現にすべきか、それらの実験や調査の結果をどのように評価すべきか。本書は、そうした問題のポイントについて、豊富な実例をあげてわかりやすく教えてくれる。結論としては、数字で示されたアンケート調査や実験の結果をあまり鵜呑みにせず、論理的にここまでは言えるという感じで意味を読み取ることが重要ということになる。この結論、言われてみればごく単純なことだが、これまでこうしたことを深く考えたことがなかったので、読んでいてなるほどなぁと思うことが多かった。巻末の略歴を見ると、著者の専門は家族社会学、計量社会学とのこと。特に人間を対象にした実験やアンケート調査では、結果に誤差が入り込みやすく注意が必要であることは自分や周りの人を考えてみても良くわかる。アンケート調査で年収を聞かれたらその情報が漏れて強盗に狙われたら嫌なので少なめに言ったり、逆に少なすぎると恥ずかしいので少し多めに答える人は多いはず。真正直に答える人はむしろ少数派かもしれない。また家族構成について聞かれたら、やはり少ないと強盗に狙われやすいから少しでも多めに答えておこうとする人はかなり多いと思う。学力テストでも、早くテストを終えて遊びたいのでいい加減に答えたり、学力のアップを強調したくて最初わざと点数を低くしておくくらいの知恵のある子どもはいくらでもいるはずだ。本書でもこうした誤差のバイアスについて色々な事例が述べられているが、自分が一番びっくりしたのは、アメリカの1セント硬貨をスピンさせて表裏の出る確率が2対8だという記述。単純に確率の話だからと考えてしまうと陥る落とし穴には普段から十分注意しなければと思った。(「数字のセンスを磨く」 筒井純也、光文社新書)
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放課後探偵2 斜線堂有紀他

「書き下ろし学園ミステリーアンソロジー」と副題にある通り、人気作家による学園ものミステリー短編集の第2集。前作を読んだのが2011年だったので、実に12年振りの続編ということになる。著者も、青崎有吾、斜線堂有紀、辻堂ゆめなどここ2,3年の間にブレイクした大好きな作家のオンパレードで嬉しい企画だ。収められている5編とも謎解き、犯人探しのミステリーだが、殺人事件が勃発する一編を除く4編は犯罪とも言いがたい小さな事件。ただそんな中で、東日本大震災を舞台にした一編はもしかしたらそういうこともあったかも、あったら辛いなぁと考えさせられた。この作品の著者は初めて読む作家。アンソロジーの有難さは、こういう出会いがあることだと実感した。(「放課後探偵2」 斜線堂有紀、創元推理文庫)
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