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謎の進学校「麻布」の教え 神田憲行

自分自身の母校がこうした本になるのは少し奇妙な感覚だが、如何せんその学校を卒業したのがもう40年前ということで、「そうそう」と相槌を打つような記述はほとんどなかったし、自分の学校への郷愁もほとんど感じることがなかった。本書を読んで感じるのは、40年という月日の重さのような、この本とは全く関係のない感想ばかりだ。但し、最後のところの2ページほどの麻布の学園紛争に関する記述、それから卒業生OBの話のなかで「丸坊主の巨漢が校内を竹刀を持って廊下を徘徊していた」というところには、流石に当事者だっただけに、知りつくしている事実であるにも関わらず、じっくりと読んでしまった。特に「徘徊する巨漢」を私自身目撃したことがあるからだ。出くわした時の滑稽な感じと違和感、何もなくすれ違った時の安堵、その時の記憶は、6年間の学校生活のなかでも10指に入る強烈な思い出だ。(「謎の進学校「麻布」の教え」 神田憲行、集英社新書)

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家族シアター 辻村深月

前に読んだ本の影響が、次の本まで残るという経験はあまりないのだが、本書を読んでいて、珍しく直前に読んだ「よろこびの歌」の記憶が残ってしまっていることに気付いた。主人公が1つ1つの話で変わっていき、その主人公の家族構成や家族内での立場が話の重要なポイントであるという短編集を続けて読んだせいだと思われる。「よろこびの歌」の方は、主人公の家族構成が間接的にそれぞれの主人公の思いを理解するうえで大切な要素となっており、一方の本書は、その家族構成そのものが話の中心になっている。そうした違いはあるものの、どうしても似たような本を2冊続けて読んでいるなぁと感じてしまうところで、やはり人を描く場合その家族というものが決定的に重要な要素になっているということを思い知らされる。(「家族シアター」 辻村深月、講談社)

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よろこびの歌 宮下奈都

著者の本は「スコーレNO.4」「誰かが足りない」に次いで3作目。1冊読むごとに好きになってくる作家の1人だ。本書は、主人公の女子高校生たちが合唱コンクールにチャレンジするという典型的な青春小説だが、それぞれが色々な曰くを抱えながら少しずつ変わっていくさまをこまやかに追っていく文章が心良い。最後まで、コンクールでの結果などには拘らず、日常の日々を描くというスタンスが貫かれているのも良い。既に続編がでているということなので、早く読みたいところだが、一体どのような構成の本なのかが気になる。本書のような何人かの登場人物の視線で語り継ぐ連作集のようなものなのか、それとも1人の視点による長編なのか、それによって随分違った話になるだろうなぁという予感がする。(「よろこびの歌」 宮下奈都、実業の日本社文庫)

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化学探偵Mr.キュリー2 喜多喜久

先日読んだシリーズ作品の続編が出ていた。このインターバルの短さを考えると前作がかなり好評だったのだろうと推察される。とにかく文章も内容も嫌みのないところが良い。嫌みがないということは、裏を返せば、際立った特徴がないとか、文章のオリジナリティが希薄であるとかの、マイナス要素に繋がりやすいのだが、本書の場合はそれを突き抜けたような素直さがあるような気がする。色々な人気シリーズの要素を織り込んでみましたという姿勢も、熟練の作家が意図的にそのように書いたものに出くわすと少しがっかりしてしまうが、本書の場合は、色々なところで感じる既視感がむしろすがすがしい気がする。(「化学探偵Mr.キュリー2」 喜多喜久、中公文庫)

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沈みゆく大国アメリカ 堤未果

世界で称賛された「オバマケア」の実態を暴く本書。本書に書かれた表面的には「国民皆保険」という美辞麗句で表現される同制度導入後の実態は、まさに悲惨の一言に尽きる。制度が政府によって一本化されていないため、従来の保険商品を廃止する保険会社が続出。また、価格の統制がないため上昇を続ける薬価。それらのしわ寄せが弱者や献身的な医師にのしかかる理不尽さがこれでもかこれでもかと語られる。そしてオバマケア導入で利益をむさぼる保険会社と製薬会社。それらの会社の利益を代弁するロビイストの暗躍。オバマケアとは何だったのかを問いかける、まさに戦慄の1冊だ。先日の中間選挙での民主党の敗北も、単に「オバマ大統領への失望」というイメージ的な言葉では片づけられない深刻な問題があることを見せつけられた。著者の言葉にもある通り、アメリカの医療制度の悲惨な状況を知れば知るほど、日本の国民健康保険制度の素晴らしさ、それを守る厚労省・地方自治体や医師会の努力の有難さが身にしみる。日本の制度には欠陥もあるだろうし、もちろん完全ではないのだが、国際水準で見たとき、本書はそれを守ることの大切さを知らしめてくれた気がする。すでに続編が予告されており、ますます目が離せないシリーズだ。(「沈みゆく大国アメリカ」 堤未果、集英社新書)

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きとこわ 朝吹真理子

本書は随分前に入手して読まずにきてしまった本だが、先日読んだ「福岡伸一対談集」で本書の著者と対談しているのを目にして、これを機会に読むことにした。100ページ余りの短編だが、まずその文章のスタイルに、今までに感じたことのない感覚を覚えた。2人の女性が25年ぶりに再会するというそれだけの話なのだが、とこからどこまでが現在の話でどこからどこまでが過去の思い出なのか、読んでいるうちに何だか判然としなくなってくるような感覚。さらには、現実の話なのか頭の中の想像の話なのか、さらには夢の話なのかまでもが混然としてくるような奇妙な感覚に戸惑った。話の中でも、主人公自身がそうした感覚に襲われていることがはっきり書かれているので、読者をそうした感覚に誘うことは、作者の意図的な仕業なのだと判る。読んでいて軽い催眠術にかけられたような感じだ。これに気づいてからは、普通の本の読み方をやめて、意識的にゆっくり読むようにして読み終えた。そこで、巻末に載っている町田康の解説を読む。この解説がまた素晴らしい。久し振りに酔うような読書を体験でき、とんでもない才能に触れたような気がした。(「きとこわ」 朝吹真理子、新潮文庫)

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いとみち 越谷オサム

著者の本はこれで4冊目になる。何かに打ち込む若い主人公が色々な苦難を乗り越えて成長していくという青春小説の王道のような内容で、読んでいて少し気恥ずかしい気もするが、十分楽しめた。本書を読むまでは知らなかったが、本書は著者の代表作という位置づけにあるようで、既にシリーズ第3作目までが刊行されているらしい。津軽三味線の奏者としての主人公の成長が描かれているということで、読むのが楽しみだ。(「いとみち」 越谷オサム、新潮文庫)

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掟上今日子の備忘録 西尾維新

著者の名前はよく目にするので、ライトノベルの世界では大御所的な存在なのだろうと思うが、自分自身、著者の本を読むのはこれが初めてで、一体どのような文章を書く作家なのか、どのような内容なのか、大変興味深く読み始めた。内容としては、5つの話からなる短編集だが、それぞれの話に密接なつながりがあり、長編小説としても読むことができるという体裁になっている。ミステリーとしては、小さなアイデアがそれぞれの話に埋め込まれていて、本格ミステリーというほどではないがしっかりとミステリーとしても楽しめる内容で、流石は大御所という感じがした。「これはライトノベルの決まりごとなんだろうなぁ」と思わせる部分も多く、ライトノベルに対するイメージも自分のなかでしっかりさせることが出来たような気がする。まだまだ主人公に関する謎も多いし、続編の予告もしっかりされているので、この後の展開がどうなるのか楽しみだ。せっかくみつけたシリーズなので、しばらくはつきあっていきたいと感じさせる1冊だった。(「掟上今日子の備忘録」 西尾維新、講談社)

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せいめいのはなし 福岡伸一

著者と4名の著名人との対談集で、それぞれの対話は、著者が色々な著書の中で披露している「動的均衡」という概念を軸に進められる。「動的均衡」を人間の経済活動になぞらえた考察あり、文学的な創作活動との類似性の比較ありでなんとも楽しい。しかも最後に著者自身のまとめ等もあり、安易に対談をまとめただけの対談集とは一味もふた味も違う読み物になっている。著者の誠意をいたるところで感じることのできる1冊だ。ひとつ難を言えば、何故本の題名が全部ひらがななのだろうか。センスが感じられないし、バカにされているような気にさえなってしまう。著者の思い入れのある本に対するオマージュというようなことが書かれているが、この題名のせいで本書を手に取らない人がかなりいるのではないかと思うと残念だ。(「せいめいのはなし」 福岡伸一、新潮文庫)

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3時のアッコちゃん 柚木麻子

前作が大変面白かったので、続編がでたということで早速読んでみた。前作については、「純粋なお仕事小説でありながら何かそれだけでないものを感じた」というような感想を書いた気がするが、そのあたりの「単なるお仕事小説ではない」という感覚は、本書でも健在という気がする。また、1つ1つのお話が色々な困難に直面する働く女子の応援歌になっているという骨格も前作と変わらない。良さが変わらないというのはある意味でマンネリの良さということでもあるし、内容がかなりパターン化してしまっていて、前作のようなインパクトが感じられなかったのはやむを得ないところだろう。(「3時のアッコちゃん」  柚木麻子、双葉社)

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粘菌 中垣俊之

「前に書いた新書版の解説書がややとっつきにくかった」という著者自身の反省の弁があって、本書は読みやすさや判りやすさを意識した記述になっているということなのだが、判りにくさを心配するあまり、肝心の論考部分がかなり抜け落ちてしまっているように感じられた。あまり読者に迎合せず、全般的にもっと、実験の結果、そこから導き出される推論、さらなる検証といった科学ドキュメント的な記述が多くても良かったのではないかと思う。ただし、最初の章の「イグノーベル賞の舞台裏」の話はさすがに実際に受賞した著者でなければ書けない話で興味深かったし、後半の「ためらう」粘菌の話や「不安定性」の話なども深い考察から来る記述が大変面白かった。(「粘菌」 中垣俊之、文春新書)

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ワラをつかむ男 土屋賢二

久し振りの著者の本。相変わらずの内容だが、読むと何だかホッとするのはいつものことだ。前に読んだことのある内容とほとんど同じでも、あるいはまったく同じでも全く気にならないのは、相当なファンであることの証拠のような気がする。いつものように1日の通勤電車の往復で読めてしまうのが、何となくもったいないが、仕方がない。またしばらく新刊がでるのを気長に待つしかない。(「ワラをつかむ男」 土屋賢二、文春文庫)

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処刑までの十章 連城三紀彦

著者が亡くなってから読む著者の新刊本はこれで2冊目か3冊目になるはずだ。もう読めないと判ってから、何故か無性に読みたくなる。本書もそんな感じだ。内容は、いつものように耽美的な文章とアクロバティックなミステリの融合で、「ああいつもの著者の本だ」と感じながら読みとおした。全体的な印象としては、ややくどい表現があったりで、最後に読み返して全体を書きなおす作業を行っていないという感じが濃厚。これは憶測だが、単行本にする時、通常は作者が全体の構成を見直して書きなおすという作業があるのが、この本の場合は著者が亡くなったことでそれが出来なかったのではないかと思われる。そうした生々しさもまたファンとしては面白いと感じてしまう。読み終えた後、いよいよ著者の新刊が読めなくなったという寂しさがこみあげてきた。(「処刑までの十章」 連城三紀彦、光文社)

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ハケンアニメ 辻村深月

アニメ業を題材にした「お仕事小説」だが、「世の中そんなことになっていたのか」ということだらけのディープな内容がとにかく面白い。非常に特殊な世界という印象が強い業界だが、その裏にある仕事に対する愛情とか、損得だけではない人間関係などがうまく描かれていて、この世界に対する世の中の妙な偏見のようなものを完全に払拭してしまうパワーが全編に満ち溢れている気がする。著者とこの業界の出会いがどんなものだったのかは判らないが、読者にとっては、こうした出会いがあって初めて垣間見ることができた世界の面白さに、とても幸福な気分にさせられる。(「ハケンアニメ」  辻村深月、マガジンハウス)

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