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渡りの足跡 梨木香歩

いわゆる「ネーチャーライティング」と呼ばれる自然観察に基づくエッセイ集。予備知識の全くない状況で読んだのだが、驚くほど抒情豊かな文章に圧倒されてしまった。自然科学者による正確性を重んじた自然観察と違い、著者の感受性が直に伝わってくるような文章は、自分にとって新鮮だというだけではなく、自然の厳しさ、自然と人間の境界といったテーマについて、色々思い巡らせる時間を与えてくれた。全くアプローチは違うが、福岡伸一の自然科学エッセイのリリシズムと繋がっている気もする。両者をつなげているのは、自然に対する畏敬だ。本書では、「渡り鳥」が大きなテーマになっているが、最後に収録されている「キノコ」の話も大変面白かった。(「渡りの足跡」 梨木香歩、新潮文庫)

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欲望の美術史 宮下規久朗

軽い読み物だが、内容はなかなか濃い感じで楽しめた。もっと図版が大きければと思うところもあるが、新書としては、これが精一杯だろうし、図版そのものの数も過不足なくて良かったし、さらに、有名な作品ばかりでなく、あまり知られていないけど興味深い作品がいくつも紹介されているのも良かった。こういう本としては満足のできる1冊だった。(「欲望の美術史」 宮下規久朗、光文社新書)

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色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年 村上春樹

村上春樹の小説は、あまり読んでいないのだが、書評に、この小説は名古屋という土地柄が重要な要素になっていると書かれていたので、興味を持って読んでみた。名古屋の人にとっては、嬉しいような恥ずかしいようなというところかもしれない。少し前までの名古屋は、名古屋に住む人自身が、広い道に分断された無個性・灰色の町と、自認していた。それから、デザイン博以降随分変わったということもよく言われることだが、やはり「名古屋は特別」という意識はあまり変わっていない。そうした名古屋の特性と、著者の描きたい人間・集団のテーマが上手く合致したということで、世界的に人気のある作家の小説の舞台になってしまったということのようで、名古屋の人にとってはやや恥ずかしいというのが正直なところだろう。実際に読んでみると、名古屋という土地柄が小説の重要という感じはさほどなく、すぐに帰ろうと思えば帰れるが、やはり東京とは違うというその距離感が舞台に選ばれた理由で、それ以外の名古屋の特性、名古屋の人が思っているような特殊性はあまり関係ないのではないかとも思われる。話自体は、何となく中途半端な終わり方だが、読んでいてぐんぐん引き込まれるような面白さがあるし、中途半端というのもよく言えば小説らしい余韻を残して終わるというところ、納得の1冊だ。(「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」 村上春樹、文芸春秋)

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ももクロの美学 安西信一

自分の周りにも「ももクロ」ファンがいる。そういう人たちは、真面目な顔で「ものクロは世界を救う」と言う。NHKの番組では、ももクロに勇気づけられて、人生を前に進む20歳代の女子が増えていると報じていた。男性にも、女性にも、子どもにも、中年にも支持されるももクロとは何なのか?本書は、そうしたももクロの秘密を様々な角度から分析した研究レポートだ。驚いたことに、本書には写真が一枚も収録されていない。肖像権の問題で掲載出来なかっただけなのか、写真という視覚媒体を通じて判った気になってしまうことを拒否する著者の潔さの表れなのかは判らないが、メンバーの一人の「エビぞリジャンプ」と言われても、見たことのない人には何だかよく判らない。これはもう「どこかで映像を入手してみるしかない」ということになる。そういう訳で、本書を片手にももクロの映像を見てみたが、確かに、全力のパフォーマンス、歌詞、最新の映像技術を使ったステージ照明、観客との異様な程の一体感等。どれをとっても今までに見たことのない新しい世界がある。自分自身はそれほどのめり込むことはないだろうが、確かに明るい未来が見えてくるような効果があることは納得出来た。(「ももクロの美学」 安西信一、廣済堂)

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探偵くるみ嬢の事件簿 東直己

北海道を舞台にした軽いミステリー短編集。どこかで見たような作者名だったので読んでみたが、最近「探偵はBARにいる」シリーズの2作目が映画化されてよくマスコミにも名前がでるようになった作家だった。最初の短編では、探偵役の女性の証拠の見つけ方があまりにも特殊で、唖然としてしまった。とても家族や友人薦められるような内容ではないので、爆発的に人気を博すということはありえないだろうが、隠れた人気作品ということにはなるのだろう。(「探偵くるみ嬢の事件簿」 東直己、光文社文庫)

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美女と竹林 森見登美彦

エッセイとも小説ともつかない不思議な文章をまとめた本書。雑誌に連載されていたものを1冊の本にするにあたって追加で書かれたと思われる文章、さらに文庫化にあたって付け加えられた小文らしきものが掲載されていて、それが全体の一体感を醸し出して、大変面白く読むことができた。読んでいると、著者の作家としての活動の軌跡が大変よくわかるので、著者の小説の愛読者には有り難い。どんな文章でも書き手によって面白くなるものだということが納得できてしまう不思議な内容の1冊だった。(「美女と竹林」 森見登美彦、光文社文庫)

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浜村渚の計算ノート4 青柳碧人

「4冊目」という題名だがシリーズ第5作目。「3冊目」の後に「3と1/2冊目」という作品があるのでこういうことになる。ややこやしいので、本の帯にも「4冊目だけど5冊目」という注意書きが書かれている。数学をベースにした話だけに、数字に関しては厳密にということかもしれないが、逆に数字が苦手な人にも十分配慮しているというのが面白い。内容的には、主人公と対峙する悪の組織が、巻を重ねるごとに凶悪になっているように思われるが、敵である主人公や警察が「数学的に美しい」ことをすると、比較的あっさりと矛を収めてしまうあたりも相変わらずで面白い。最後の一編は、これまでの小説には全くなかった大胆な試みがなされていて驚いた。事件はシリアスだがやり取りは軽いというこのシリーズでしか出来ないような試みということだろう。(「浜村渚の計算ノート4」 青柳碧人、講談社文庫)

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不要家族 土屋賢二

著者の最新刊。著者の本は久し振りだが、いつもと全く変わらないユーモアを楽しんだ。巻頭に、著者が「頭に残らない文章を書くのに腐心している」というようなことが書かれているが、実際毎回同じような文章を読んで、その度に面白いと思ってしまうのは、冗談ではなく本当に著者が「頭に残らない文章を書く」ことに努力しているからではないかと思ってしまう。本書では、いつも楽しみにしているツァラトウストラのような「ツチヤ師」が出てこないので寂しいなぁと思っていたら、最後の章でようやく出てきてくれた。いつもの決まりごとながら安心した。(「不要家族」 土屋賢二、文春文庫)

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悪韓論 室谷克美

本屋さんで購入するのも躊躇われるような煽動的な題名の本だ。韓国という国は、近くて遠い国だという感覚は多くの日本人が持っている感覚だと思う。非常に戦略的に海外戦略などを進めているという印象がある半面、それによる経済発展も何か脆いところがあるようにも思われる。日本や日本人に対する感情も、色々な面があって複雑な感じがする。本書は、韓国の実情について韓国メディアの捉え方をベースに解説してくれているのだが、韓国メディアが韓国内で伝える記事の内容と、日本メディアが日本で伝える韓国に対する記事の内容の違いの大きさに驚かされる。著者の経歴をみると、元新聞記者で韓国での勤務も豊富とある。本書が言わんとしていることは、日本のメディアよりも韓国のメディアの方がより真実に近い報道をしているということでもある。本書はそうした事実に対する自省という面もあるような気がした。(「悪韓論」 室谷克美、 新潮新書)

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震える牛 相場英雄

一時期話題になった社会的事件を題材にした、予言のような内容ということで注目された作品。今まで読む機会がなかったがようやく読むことができた。話は、ある私憤を胸に使命感に燃えて大企業の闇を追いかける女性ジャーナリストと、迷宮入りになりそうな強盗殺人事件の再捜査を地道に行う敏腕刑事の2人が主人公で、その2人の謎ときの動きが交差したと気にある大きな事実が浮かび上がるというものだ。話としては、よくあるパターンだが、本書は、普通の社会派小説とはかなり異質、話の冒頭からミステリーモードが全開で、最初は話についていくのに苦労する程だ。主人公の2人もそうだが、それ以外の登場人物も、ぼんくらなオーナー大企業の2代目とか、素行は悪いが親孝行なチンピラなど、多分に類型的な人物造形だが、そうしたありがちな人物が事件の真相もありがちに思わせるという効果があるように思われるし、ストーリーとしてはそれが却って面白さを増しているようにも思える。不思議な作品だ。(「震える牛」 相場英雄、小学館文庫)

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秘剣こいわらい 松宮宏

いつも行っている横浜の本屋さんで、一押しの扱いで陳列されていた本書。藤沢周平の名作を意識したような題名で時代小説なのかと思ったが、パラパラとめくった感じでは時代小説ではないらしい。表紙の絵も現代風の人物が描かれている。そんなところが面白かったので、読んでみたのだが、これが大変面白かった。内容としては、京都を舞台にして不思議なバトルが繰り広げられるということで、「鴨川ホルモー」や「夜は短し恋せよ乙女」を思わせるような話だが、その不思議さが全く違うし、そもそもこの小説の原案が書かれたのが2000年で、万城目学や森見登美彦が作家デビューする前のことだというから驚きだ。既に第2作目が刊行されていて、第3作目も本にはなっていないが完成しているということなので、今から読むのが楽しみだ。(「秘剣こいわらい」 松宮宏、講談社文庫)

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ビブリオバトル 谷口忠大

本を読むのが好きな人間にとって、どのように良い本に出会うかは決定的に重要だし、何年本を読んでいても、なかなか自分にとってベストの方法というものを確立できないのが大きな悩みだ。今の自分は、書評誌、新聞の書評欄、本屋さんの店頭の3つがおもな情報源だが、書評誌では自分と好みの似ている書き手を見つけるのが大変だし、新聞の書評欄は明らかにエンターテイメント軽視で内容が偏っているように感じる。そうなると、どうしても本屋さんの店頭での直観頼みになるし、読んで面白かった本の続編がどうしても目についてしまう。そのせいか、自分の読書のなかで、シリーズものの割合がどんどん増えていて、シリーズの新刊を追いかけるだけでかなりの時間を取られてしまうという事態になってしまっている気がする。割合で半分くらいはシリーズものという感触だ。「これではいけない」という思いが強いところで、本書は、新しい本との出会いを可能にしてくれそうな気がして、読んでみた。内容は、著者が考案した「本を紹介しあう会合」をルール化した「ビブリアバトル」というものの解説だが、著者があとがきで述べているように、まさに「良くそれだけで1冊の本になっているなあ」という感じだ。(「ビブリオバトル」 谷口忠大、文春新書)

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櫻子さんの足下には死体が埋まっている 太田紫織

本の表紙は完全なライトノベルで、本の裏の寸評を読むと海外ドラマの「BONES」のような話かとも思えるのだが、読んでみたらオーソドックスなミステリーだった。題名からも推測できるように、主人公の1人の「櫻子さん」という「骨」オタクが、偶然出くわした事件の謎を次から次へと解き明かしていくというミステリーなのだが、謎を解明する部分では、ほとんどその「骨」オタクの知識は使われない。要するに骨オタクというのは登場人物のキャラクターのほんの一部にすぎない。話がなかなか面白いので、変に骨に関する薀蓄ばなしにならないのも、何となくありかなという感じだ。(「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」 太田紫織、角川文庫)

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フェルメール・コネクション 宇賀神修

本屋さんの店頭で見つけたのだが、「ダヴィンチコード」のような絵画を巡るミステリーのようで、しかもパラパラめくると暗号文のようなものが書かれていたりで、非常に大きな期待をもって読み始めた。しかし読み終えてみると、ダヴィンチコードとは似ても似つかぬ、あまりにも大雑把なストーリーのドタバタ活劇で、最後の方は「フェルメール」とはほとんど何の関係もない話になってしまっていた。史実を織り交ぜて、フィクションと隔された歴史の狭間を楽しむという趣向で、日本でもこうした小説が色々書かれても良いと思うし、話はハラハラドキドキで面白いのだが、それが作者の得意分野でないような気がして少し残念だった。(「フェルメール・コネクション」 宇賀神修、文芸社)

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ガソリン生活 伊坂幸太郎

自動車が語り手という設定の本書。最初のうちは、ストーリーに引き込まれてしまうと誰が語り手なのかを忘れてしまい、少し読み進めてまたそれを思い出すという感じで、何だか変な感じがしたのだが、慣れてくると、妙に人間的だったりする自動車の語りそのものを楽しめるようになる。また、自動車の視点で見聞きしたことが語られているので、人間達が車を降りてしまうと、読み手にも色々な情報が入ってこなくなるという仕組みになっていて、そこらあたりが大変もどかしかったりする。しかし、この設定でストーリーを書いていく作者も大変だろうなぁと思うと、読者の方の多少の不便さは許せる気がしてくる。少なくともこの窮屈な設定でこれだけの話を破綻なく紡ぎだした作者は偉いと思う。(「ガソリン生活」 伊坂幸太郎、朝日新聞出版)

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