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ニッポンの書評 豊崎由美

書評家として有名な著者による「書評論」。本の批評と書評の違いは、批評が読んだ後に読むもの、書評は読む前に読むものがということで、書評の世界には一般的な批評文とは違う役割や守るべきルールがあるという。本の冒頭から、なるほどなぁと感心してしまった。本をも読もうとしている人への道しるべとしてどこまであらすじを書けば良いか、自分の知識をひけらかすような文章にならないようにするための注意点とは何か、そしてなによりも読者の楽しみを奪わないためにネタバレに細心の注意を払うべきことなど、書評に関する考察が満載だ。私個人としては、書評は少なくとも1人の読書のプロが勧める本を知ることができれば良いというスタンスに立って、あらすじやネタバレはとにかく最小限にしてもらった方がうれしい。もしかしたら著者も気づいていないかもしれないが、読者は書評者を選ぶものだ。書評を読むとき、あらすじをどのように簡潔にネタバレしないように上手に記述してくれているかとか、その本がもっと面白くなるような知識を得たいといったことも確かに重要ではあるのだが、結局は「この人の紹介する本が面白いかどうか」いう経験の積み重ねが書評家を評価する最大の基準だと思う。そうだとすると、「この本の書評を書いて下さい」と言われて書かれた書評は、あまり悪くは書けないだろうから、そうした書評って一体どうなんだろうと思ってしまう。「ニッポンの書評」 豊崎由美、光文社新書)

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御子柴くんの甘味と捜査 若竹七海

本書も昨年から読み始めてすっかりファンになってしまった著者のかなり昔の本。本書は、これまでに読んだ著者の本の中では比較的軽めの内容で、ユーモアミステリーと言って良いだろう。長野県から警視庁に出向してきた主人公が、郷里の人達から東京土産のお菓子を頼まれて右往左往しながら、色々な事件に関わっていく。本人は大した活躍はせず、探偵役は別にいるという設定もちょっと意外で面白い。軽いがしっかりした後味の良さを感じられる一冊だった。(「御子柴くんの甘味と捜査」 若竹七海、中公文庫)

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化学探偵MRキュリー5 喜多喜久

ここ数日、シリーズものの最新刊を消化する感じの読書が続いているが、本書もシリーズ5作目という1冊。本書では、探偵役の化学者が科学知識を駆使して事件を解決するというシリーズ当初のコンセプトはかろうじて残っているものの、化学の要素はほとんど影を潜め、好奇心の旺盛な大学事務員と年上の大学教授のコンビが大学内のトラブルを解決していく学園ミステリーに変貌しつつある。シリーズが回を重ねても飽きがこないのは、こうした工夫があるからだろう。特に、最後の短編は、とても趣向が変わっていて楽しめたし、次を読みたくなるような秀逸な作品だった。(「化学探偵MRキュリー5」 喜多喜久、中公文庫)

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糸切り 吉永南央

こちらはシリーズ4冊目。最近、立て続けにシリーズものを読んでいる。少し安直な本の選び方をしていると反省しながら読んだ。7冊目とか8冊目という作品に比べると、本書はまだ4冊目なので、飽きてきたということはないが、それでも「ああいつものパターンだなぁ」と思いながら読み飛ばしている自分に気がついて、これでは何のために読書をしているのかわかrないなぁと思ってしまった。内容は、前作同様、気持ちは昔のままなのに、周りの人たちの対応が老いを感じさせるようになってしまった寂しさを上手く描写している話が並んでいる。もうそろそろシリーズものとして、何か工夫をしなければ飽きられてしまうぎりぎりのところに来ている気がした。(「糸切り」 吉永南央、文春文庫)

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扉は閉ざされたまま 石持浅海

よく行く本屋さんで、帯に「著者の本を最初によむならこれ!」と書いてある本書を見つけた。この表現は、初めて読む人向けに書かれたように見えるが、既に著者の本を何冊も読んでいる読者にとっても「これをまだ読んでいないの?」と言われているようで、そうした読者に何だか読まなくてはいけないような気にさせる効果を狙っているのだろう。著者の本はつい最近も読んで「面白かった」と思ったばかりだが、結局この帯の言葉に誘われる形で読み始めた。内容は、最初に犯人もその手口も判ってしまういわゆる倒叙ミステリーだ。謎の焦点は、事件の発覚を遅らせようとする犯人の意図と、犯罪を犯すに至った動機の2点で、それを巡る犯人と探偵役の登場人物の駆け引きにハラハラどきどきさせられる。この2つが密接な関係にありそうなことは大よそ見当がつくのだが、それが何なのか見当もつかない。巻末の解説によれば、最後に明かされる答えのうち、特に犯罪の動機については刊行当初から賛否両論あったらしい。多少無理な感じがしないでもないが、読んでいる最中の面白さは本物だし、犯罪者の心理を完全に理解したり納得しろという方が無理な注文だ。こういう人物のこういう犯罪と思えば欠点とは言えないだろう。(「扉は閉ざされたまま」 石持浅海、祥伝社文庫)

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不愉快なことには理由がある 橘玲

著者の本は3冊目だが、どの本もタブー視されている本音をズバリと指摘する筆致が面白い。本書でも、進化論をベースに様々な事象を通説を疑いつつ物事の本質を考察していく文章に度々ハッとさせられた。特に、源泉徴収よりも確定申告の方が捕捉率が悪い「進化論」的な理由とかは、読んでいてなるほどなぁと感心してしまった。物事にはとにかく色々な側面があるということを実例を持って示してくれる。すでに本書の続編が2冊もでているようなので、機会を見て読んでいこうと思った。(「不愉快なことには理由がある」 橘玲、集英社文庫)

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この嘘がばれないうちに 川口俊和

昨年ブレイクした「コーヒーが冷めないうちに」の続編。ある条件の下で過去や未来に行くことができるという喫茶店の話だが、何故そんな条件があるのかは別として、過去にやり残したことがある人や過去のある出来事に決着をつけたいと望む人がその喫茶店を訪れる。本編では、その喫茶店で働く主要人物達の過去もかなり明らかになり、ほぼ完結に近い結末を読むことができる。人気作品としては早すぎる完結のような気もするが、最近ダラダラと続くシリーズ作品が多い中、この終わり方は実に潔い。(「この嘘がばれないうちに」 川口俊和、サンマーク出版)

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物件探偵 乾くるみ

不動産売買を巡るミステリー短編集。不動産を購入しようとしている人、売却しようとしている人、それを仲介する不動産業者、それぞれの事情や思惑が交差しながら、話は進む。著者の初期の作品のようなあっと驚く仕掛けはないし、本格的な悪人や悲惨な事件もないが、ミステリーとしては文句なく面白い。さらに、読んでいて不動産売買の基礎知識や注意点が自然に習得できる気がして、少し得をした気分にもなれる。もし不動産の知識が豊富だったら、不動産物件の新聞チラシを見ているだけで色々面白いのかもしれないと思った。(「物件探偵」 乾くるみ、新潮社)

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草花たちの静かな誓い 宮本輝

著者の本を読むのは久しぶりだなぁと思いながら読み始めた。白血病で亡くなったと聞かされてきた従姉妹が、実は生きているかもしれないと知り、その行方を追いかける主人公。読者としても、直感的に何か悲しい過去がありそうで、主人公と同じ気持ちでためらいながらも真相を知りたいと思う。主人公のとる行動に、やはり自分でもそうするだろうなぁと何度も共感する。この小説の肝は、自分自身がそれを経験しているようなそうした主人公との強い一体感だ。著者の小説は、自分のなかにある別の人生の疑似体験をもたらしてくれる。久しぶりに著者の本を読んで、謎解きとかどんでん返しだけでは得られない読書の醍醐味を思い起こしてくれた気がする。(「草花たちの静かな誓い」 宮本輝、集英社)

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罪の余白 芦沢央

著者の本は4冊目。これまでの3冊は全て短編集だったので、著者の長編を読むのは初めてだ。著者の作品リストを見ると本書が一番最初に載っているので、デビュー作かそれに近い作品なのだろう。内容は、娘の死に直面した主人公が、その真相を追いかけるというもので、特に変わった趣向がある訳ではないが、登場人物の心情が読む人の心に刺さるような重厚な一冊だった。ストーリーに膨らみを持たせるために登場人物がやたらと多くなってしまう小説が多いなか、本書の登場人物はほぼ5人と大変少ない。それが、それぞれの人物の心の動きを読者の心にフォーカスさせる効果を高めているのだろう。内容と構成がうまくマッチした作品だと感じた。(「罪の余白」 芦沢央、角川文庫)

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とにかくうちに帰ります 津村記久子

何でもない職場の日常を切り取ったような内容。その観察眼の確かさとそれを伝える簡潔な文章力。本書の特徴はこの2点に尽きるだろう。著者の本は「浮遊霊ブラジル」に次いで2冊目だが、さらに著者の作品が好きになってしまった。どこにでもいそうな職場の同僚達を女性社員の目で描いた最初の一編「職場の作法」はその観察眼が何とも言えず秀逸だし、どこからどこまでが本当の話か分からないような「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」という第2編目も、これを小説と言って良いのかどうかと迷うほど独特の作品だ。最後の「とにかくうちに帰ります」は大雨の日に家に帰ろうとする人たちのドタバタ劇だが、ちょっとした映画を見ているような細かい描写が冴えわたっている。それぞれが違う味を出しながら、著者の観察眼と文章力が際立って感じられる。著者の本はまだまだ10冊以上もあるようで、それらがこれから読めると思うと嬉しくなってしまう。(「とにかくうちに帰ります」 津村記久子、新潮文庫)

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鍵のことなら、何でもお任せ 黒野伸一

鍵を巡るお仕事小説であればミステリー要素も多いだろうし、海外では「解錠師」という名作もある。いったいどんな話だろうと読み始めた。冒頭から「町の鍵屋さん」の大変さが分かるエピソードが次から次へと描かれて、本当に大変な仕事なんだなぁと思いながら、物語にグイグイと引き込まれてしまった。当初予想したようなミステリー要素はほとんどないが、展開の早さ、仕事に対する主人公の矜持の自然さ、登場人物の魅力、読後の後味の良さなど、良いところが一杯の一冊だった。(「鍵のことなら、何でもお任せ」 黒野伸一、徳間文庫)

 

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猫には推理がよく似合う 深木章子

著者の本は3冊目だと思うが、前に読んだ2冊がシリアス系とユーモア系と全く雰囲気の違う作品だったので、この作家の本領はどっちなのだろうかと思いながら読み始めた。物語は、ある弁護士事務所で働く主人公の女性の視点で描かれている。その主人公は何故か職場で飼われている猫と話が出来るのだが、その猫がミステリーが大好きでその職場を舞台にしたミステリーを書いては主人公に感想を求める。少し不思議だが、相手が猫だけに何となくほのぼのとした作品だなぁと思っているうちに本当の事件が勃発し、話は正に予想外の展開に。シリアスとユーモアが合体、猫の習性も良く描かれていて、とても面白かった。(「猫には推理がよく似合う」 深木章子、KADOKAWA)

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浜村渚の計算ノート7 青柳碧人

本書もシリーズ8冊目となり、どんな読者に飽きられない工夫をしているのかが興味の中心だったが、本書の場合はそれがみあたらなので、何だかとても退屈な作品になってしまったようだ。ミステリー的な要素も作を重ねるごとに薄くなってしまっているし、奇抜な登場人物とか、思わぬ展開とかもなくなってしまったようで、作品のテンションそのものが最初の頃に比べて落ちている気がする。最後にひとつの謎を提示して終わっていて「次も読んでね」というだけでは安直過ぎるだろう。それでも次に新刊が出ると読んでしまうと思うが、著者には是非新機軸を期待したい。(「浜村渚の計算ノート7」 青柳碧人、講談社文庫)

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ビブリア古書堂の事件手帖7 三上延

ずっと楽しく読んできて、TVドラマも観てきた本シリーズも本書が最終巻とのこと。小さな謎を解く日常ミステリーの場合、限られたシチュエーションの中で質の高いミステリーを作り続けることは、探偵や警官が主人公のミステリーよりも大変だと思う。新しいアイデアが枯渇してくると、取れる方策は、リアリティをある程度犠牲にするか、話の中身を謎解きから主人公を取り巻く人間模様へシフトさせるかのどちらかだ。本シリーズも、こうした流れに逆らえない状況になっているなと感じてきたが、いよいよということだろうか、まだまだ読みたいという気持ちがある一方、引き際としてはちょうど良い感じがしないでもない。本書は、これまで伏せられたり曖昧にされてきた登場人物の来歴や人間関係が次々と明らかにされていき、後味の良いエンディングと言える。そして最後の著者自身によるあとがきで、時系列的な本編は完結だが、スピンオフ作品はまだ書くとのこと。読者へのサービストークかもしれないが、読者としてもそれが丁度いい感じで嬉しい。(「ビブリア古書堂の事件手帖7」 三上延、メディアワークス)

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