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プライド 真山仁

本書は、企業小説、社会小説の第一人者ともいうべき人気作家が農業問題を扱った作品を中心にまとめられた短編集。コメ作、養蚕、養蜂といったテーマを扱い、それらに携わる人々の矜持、とりまく政治家・官僚・マスコミの問題展などを明晰に洗い出してくれる。読んでいて、面白く、ためになり、しかもこうした問題に無関心ではいられないなと眼を開かせてくれる。解説を読むと、本書の短編で登場した人物たちが総出演のような長編が準備されているとのこと。もう刊行されたのかどうか判らないが、大変興味深い作品に出合えそうな気がする。(「プライド」 真山仁、新潮文庫)

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残穢 小野不由美

著者の本を読むのは初めて。著者については、ライトノベル系の小説やTVアニメの原作者というくらいの知識しか持っていなかったが、明らかにそうした作品とは違う作品のようだったので、ライトノベル系の超人気作家の作品がどういうものか興味があって読んでみた。冷静なルポルタージュのような語り口で、時代を過去にさかのぼっていく構成で静かに語られていくのだが、語り口が冷静であればある程、じわじわと「怖いなぁ」という感情が蓄積されていく。途中で実在の有名な作家等も登場し、本当の話なのか、作り話なのか、混沌としてくるのも怖さの一因だ。怖い話には、「内容が怖い話」と「内容はあまり怖くないが語ってはいけない話」という2通りがあるという話になり、この本はいったいどちらなのか、このまま読んでいいのだろうかという心境になるところも大変怖い。映画の宣伝文句に「決して1人では見ないでください」というのがあったが、本書の場合は、「決して家で1人でいるときに読まないでください」というよりも、「こういう話がダメな人は読まないでください」という感じで、試されているような心境になる。私などはダメな方かもしれないと思いながら、読んでしまった。(「残穢」 小野不由美、新潮社)

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日本の国境問題  孫崎享

最近本屋さんに行くと、国境問題の本がたくさん並んでいる。私の行きつけの本屋さんでも、棚に20種類くらいの関連本があって、どれにしようか迷って、結局選んだのが本書だ。TVニュースでは、竹島問題、尖閣諸島問題が頻繁に取り上げられ、ニュース解説の番組でもしょっちゅうやっているが、肝心の対立する両国の主張に関する根本的な解説というのは全く見当たらないのが現状で、そこを知りたくて読んでみた。著者は外交の現場を沢山経験した元外務省の人だが、幸運なことに、まさに私のニーズにぴったりの本だった。国境問題について何も知らない人にも判り易いし、どちらかに偏った見解を押し付けるような感じでもない。それでいて論旨は明快で、非常に示唆に富んでいる、有難い本だ。本書で一番知りたかったのは、日中あるいは日韓のどちらの言い分に正当性があるのかという客観的な判断材料だったが、本書を読んでいると、尖閣諸島の問題も、竹島問題も、いずれも日本の分が悪いという感じなので正直びっくりした。また、いずれの問題も、背後にアメリカの戦略的な思惑が強く働いていること、これらの問題が武力衝突に発展してしまった時、日米安保条約によって米軍が助けてくれるというのが全くの誤解だということにも驚かされた。国境問題の裏には必ず国内問題があり、国境問題の動きで得をする人物がいるという指摘や、国境問題をあおるのはマスコミであるという部分には、大いに考えさせられた。ちなみに、中国との尖閣諸島問題のところでは、周恩来という人のすごさを改めて知ったように感じた。また、第二次大戦後にドイツとフランスがとった行動には、政治家の質の彼我の違いを痛感した。あまりにも良い本なので、これだけで十分という気もするが、こうした問題には、色々な立場の考え方や見方があると思うので、できればもう1冊くらい解説本を読んで、自分なりの考えをまとめようと思う。(「日本の国境問題」  孫崎享、ちくま新書)

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ルネサンス歴史と芸術の物語 池上 英洋

ルネサンス芸術については、一応色々な本を読んできたつもりだし、ルネサンスについて当時の経済や都市の発展といった動きとの関係を中心に記述された本もいくつか読んできたと思うが、それでも本書はそれを大きな歴史の流れのなかで記述してくれていて、頭の中を整理するのに大変役立ったように思う。関連する図版も過不足なく充実していてその点も申し分ない1冊だ。特にルネサンス勃興前の胎動期の数章、同じくルネサンス衰退期の章は、著者の豊富な知識に助けられて、大いにん理解が深まったと感じさせてくれる。ただ、おまけについているルネサンス期の芸術家一覧は、ややおざなりで蛇足のように思われた。(「ルネサンス歴史と芸術の物語」 池上 英洋、光文社新書)

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恐怖配達人 小池真理子

先日、講談社文庫の著者の昔の作品を読んだばかりだが、双葉文庫からも、同じ著者の昔の作品が装いを変えて本屋さんに並んでいた。偶然なのか、それとも著者が何かで注目されて、それに対して一斉に便乗したのかは判らないが、両方を読んだ感想は、両方ともシンプルだが面白いということだ。シンプルに感じるのは、一つのアイデアをベースに仕立て上げられた短編が並んでいるということもあるし、やはり昔の作品だからという理由もあるだろう。似たようなシチュエーションで読むことになった2冊は、短編ミステリーという点も似ているが、作品の雰囲気はかなり違う。著者がこうした作品の後で、全く雰囲気の違う作品で直木賞を獲得したことを考えると、著者の作品の幅広さを実感できる。(「恐怖配達人」 小池真理子、双葉文庫)

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ゼラニウムの庭 大島真寿美

「ピエタ」という作品が非常に面白かったので、同じ著者の最高傑作と言われる「戦友の恋」という作品を本屋さんに探しにいったのだが、あいにく見つからず、その代わりに読むことにしたのが本書。評判になった「ピエタ」の後に書かれた作品ということで、注目される中での作品がいったいどのようなものかという興味もあって読んでみた。ある非常に奇妙な設定があり、そこから想像力を膨らませて書かれたような内容で、正に小説の王道を行くような面白さだ。読んでいると、かの少女漫画の傑作「ポーの一族」をどうしても思い出してしまう。「ポーの一族」同様、登場人物たちの深い悲しみのようなものが胸を打つ。「ピエタ」を読んだ時の最後の1行の素晴らしさを覚えているので、この本でも、最後のページ、最後の1行が楽しみだった。期待通り、最後の1行が痺れるような素晴らしさだ。この作者は、最後の1行に全てを凝縮させる業が心底すごいと思う。(「ゼラニウムの庭」 大島真寿美、ポプラ社)

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禁断の魔術 東野圭吾

本の帯に「ガリレオシリーズの最高傑作」とある。短編3つに中編1つという構成で、おそらくその「最高傑作」というのは、中編のことだと思われる。「容疑者Xの献身」を同シリーズと考えると、「最高傑作」と言えるかどうかは人それぞれだろうが、ガリレオ=湯川学がとんでもない行動にでるというという点では確かに非常に印象深い作品だ。このあたりの面白さは、最近色々出ているミステリー作品ではなかなか見られないものだ。(「禁断の魔術」 東野圭吾、文芸春秋)

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透明人間の納屋 島田荘司

かなり荒唐無稽な話なので、いったいどのようにして収束するのか、読んでいて全く見当がつかなかった。謎解きの伏線のような記述がそこかしこにあるので単純な怪奇小説ではなさそうだし、本格的な巧妙なトリックが用意されているのにしては謎が単純すぎる。結局最後には、予想しなかったような展開になり、ミステリーというジャンルを微妙に逸脱したような結末になるのだが、これはやはり掟破りだろうと思う反面、その斬新さはある意味すごいと思う。確か、大昔に読んだミステリーの20の掟の中に「超能力者を登場させてはならない」というのがあったし、「東洋人を登場させてはいけない」というおかしな掟があったという記憶があるが、それを現代に当てはめてみると、本書の謎解きは、新しい「禁じ手」という感じがする。(「透明人間の納屋」 島田荘司、講談社文庫)

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ぶぶ漬伝説の謎 北森鴻

偶然手に取った本で、全く予備知識なく読んだせいか、最初のうちは、登場人物のキャラクター設定も判らず、話の何処に謎があるのか、それすらも判らないような状態だったが、1つ目の作品を読み終えると、それぞれの登場人物のキャラ(ダメ人間ぶり)が何となく判ってきたし、扱っている謎の規模というか性格も判ってきて、楽しく読むことができた。キャラクターに愛着を覚える前に読み終わってしまったので、続編のようなものが出ているのかどうか気になるというほどではないが、最大の特徴である京都の風情とか京都人の自虐ネタといった味付けが印象的な1冊だった。(「ぶぶ漬伝説の謎」 北森鴻、光文社文庫)

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ツチヤの軽はずみ 土屋賢二

著者の本の4冊目。雑誌に連載されたエッセイを本にしたものとしては最初の本ということで、最近出ている本のルーツのような作品だ。読んでみた感想としては、最近の本に比べてまだ大人しい感じがするし、雑誌連載のエッセイでない文章を集めた本に比べても何となく遠慮がちに書いているなぁという感じがする。雑誌連載という場所を得てすぐということで、著者らしからぬ若干の配慮というか謙虚な気持ちがあったのかもしれないし、どこまで書いていいのか手探りの状態にあったということかもしれない。これまでに読んだ4冊の中では最も硬い内容で、著者らしさが出ていない気がしたが、それでも十分楽しめた。これで、最新刊、処女作、雑誌掲載第一作とそれぞれの節目の作品に目を通す事ができたので、これからは、その間の作品を少しずつ読んで、著者の書き手としての変化ぶりを楽しむことにしたい。(「ツチヤの軽はずみ」 土屋賢二、文春文庫)

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夏のバスプール 畑野智美

中年の男子が読むのは少し気恥ずかしい青春小説だが、信頼している書評家のお薦めだったので、読んでみた。こういう話を読んでいると、今の若者とはこういうものなのかという発見が面白いという感覚が先に立ち、その発見が多いほど自分のなかでその本の評価を高めてしまうという現象に気づく。それはそれで間違っていないと思うが、この本を読んで感じたのは、それだけではない面白さだ。若かった頃のノスタルジーでもないし、自分の子ども達と主人公をなぞらえれよく判る気がするという共感でもない、何か別のことを教えられているような気がしてしまうのだ。冒頭で主人公の少年に何故かいきなりトマトをぶつけて来る少女、その少女が抱える、あの3.11とも絡んだ深い苦しみのようなものへの共感、それは小説としての面白さそのもののように思われる。(「夏のバスプール」 畑野智美、集英社)

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笑うフェルメールと微笑むモナリザ 元木幸一

この本の良いところはとにかく図版が充実していることだ。本文で言及されている絵はほぼ全て図版で確かめることが出来るし、図版が小さくて確認しにくいところは拡大図まで付いているという親切ぶり。内容も、肖像画の歴史からみた描かれた人の顔に表情が付けられた理由、宗教画における顔の表情の意味など、非常に面白くてためになる記述が満載だ。いろいろ語りつくされた感のある、フェルメールとモナリザだが、こうした見方があったのかと気づかせてくれる。それでいて、単に「違う視点で観たら?」というだけに終わらない、絵画作品に対する深い洞察も見事だと思う。中には、「これって、本当に笑っているの?」と突っ込みたくなる部分もあるが、広い意味での「表情」と考えれば、作者の考察には全面的に肯首したくなる。(「笑うフェルメールと微笑むモナリザ」 元木幸一、小学館101ビジュアル新書)

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怪獣記 高野秀行

トルコのクルド人居住地域の「謎の生物」を追うドキュメンタリー。一般常識的には、行く前から結果は判っているのではないかと思えるような眉唾ものの目撃情報を頼りに怪獣を探し続ける著者の旅は、相変わらず面白いし、感動的だ。クルド問題を巡る政治の動き、面白ければよいといったノリのある意味いい加減な世界のマスコミの姿勢などにも翻弄されながら、少しずつ怪獣の姿を追い詰めていく様子は、かなりスリリングである。しかも今回は、途中から予想外の方向に話は展開し、著者の立場が取材する側から取材される側に展開したりで、びっくりさせられる。本当はいったい難なのだろうという余韻を残してのエンディングもすがすがしい。(「怪獣記」 高野秀行、講談社文庫)

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38億年~生物進化の旅 池田清彦

題名どおり、38億年の生物進化の歴史を1冊にまとめた本書。個人的には、生物の誕生、カンブリア大爆発、恐竜時代など、色々な本で紹介され、比較的良く知っている時代以外の部分が、大変新鮮で面白かった。自分自身の知識のミッシングリンクを補ってもらえたような感じだ。地球上の大気に酸素をもたらしたシアノバクテリアの話、カンブリア紀のバージェス生物群の大絶滅の前にあったエディアカラ生物群の大爆発とその絶滅、生物における顎の誕生、などが、そうした私にとってのミッシングリンクだった。どんどんスムーズに読めてしまうので、例えば、「地球上に草原が出来たのはいつだったと書いてあったっけ?」と後から思い起こそうとしても、思い出せなくなっていたり、そのことについて書かれた部分を探そうとしてもなかなか見つからなかったりで、却って困ってしまったほどだ(正解は新生代)。その他、クジラに最も近いのはカバであるとか、かつて陸上に暮らしていたクジラの祖先(パキケトゥス)の復元図であるとか、サメという生物が非常に古い適応力を持った生物であることなど、たくさんの豆知識も得られた。特にためになったのは、恐竜以降の哺乳類の時代の生物の多様性の部分である。何となく新生代とは、今のような動物ばかりだったのかと思っていたが、色々な変な動物が住んでいたことを本書は、楽しく教えてくれた。また、ホモサピエンスのライバルであるホモ・フローレンスがつい12000年前までいたという事実にも驚かされた。それと、著者の主張である「大きな形態の変化は適応とは関係なく生じる」「まず新しい形態ができて、生物はそれに合った環境のところへ移動する」という考えには、目からうろこという感じがした。(「38億年~生物進化の旅」、池田清彦、新潮文庫)

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魔法使いは完全犯罪の夢を見るか 東山篤哉

著者の作品をほぼ読み終えた後、しばらく新作を読んでいないなぁと思っていたら、ちょうど本屋さんで本書を見かけた。新作でしかも新シリーズ。そうした期待通りに、ユーモアがいっぱいの軽いタッチでありながら、謎解きの部分が平凡でないという著者の特徴が楽しめる1冊だ。主人公と2人の脇役の警察官の関係が長続きしそうにないので、読んでいてで少し心配になったが、偶然が重なる少し無理な設定が不自然に感じられる直前に、このシリーズはずっと続ける事ができますというような話の展開になり、さすがだなぁと感心してしまった。すんなり初めから無理のない設定にするよりも、少し無理な感じで引っ張っておいて、最後に上手く収めるのはやはり計算ずくなのだろう。著者の本を読む楽しみが1つ増えた気がして嬉しい。(「魔法使いは完全犯罪の夢を見るか」 東山篤哉、文芸春秋社)

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