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深読みフェルメール 朽木ゆり子、福岡伸一

日本のフェルメール・ブームの仕掛け人ともいうべき2人の対談集。この2人の話であれば、読む前から面白いのは判っていたが、自らを門外漢と言いながら、緻密な取材と自らの感性を武器に語る内容は、予想通り大変面白かった。画家のモデル、真贋論争、盗難事件、画家としての技巧など、さまざまな観点から繰り出される2人の話は無類の面白さだ。特に。盗まれたまま行方不明になっている「合奏」についての話、もう1点あるはずのデルフトの風景画の話は、終わりの無いフェルメール探求の旅を感じさせてくれるし、全点踏破する際の注意点などは、実施する気の無い人が読んでも面白い。(「深読みフェルメール」 朽木ゆり子、福岡伸一、光文社新書)

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ケルベロスの肖像 海道尊 

いつのまにか「チームバチスタシリーズ」の最終章が刊行されていた。著者の本は、チームバチスタ以来ほぼ読んできたが、最近はやや粗製乱造ではないかと思うこともあり、2冊くらい読まずに放ってあるのだが、チームバチスタ最終章ということではさすがに放っておけない。本書では、これまでの作品に登場した人物が総出演し、これまでのストーリーがところどころに出てきて、まさにフィナーレにふさわしい作品になっている。しかも、これまでの正式なバチスタシリーズ以外の著者の作品もしっかり読んで、しっかり記憶していなければ理解できないだろうというところも多い気がする。これは少しルール違反ではないかと思うが、バチスタシリーズの作品かそうでないかという区別は、あくまで出版社の都合であり、作者にとっては全ての作品が連動しているという意識なのだろう。内容的にも、AIを巡る現在の医療行政、医療の現場、司法制度に対する著者の思いの総決算となっている。内容面での出来としては、最高傑作というわけにはいかないが、壮大なエンターティンメントの1つが幕を閉じたという思いには大きな感慨を感じる。「(「ケルベロスの肖像」 海道尊 宝島社)

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英雄の書(上下) 宮部みゆき

稀代のストーリーテラーによるファンタジー小説だが、首尾一貫して語られているのは、著者の創作活動にまつわる強い思いである。おそらく著者は、自分の創作活動において、どこかわからないところから物語が下りてくるというような感覚があるのではないか。本書で語られる「小説や人の人生にはどこかに原型のようなものがあって、その投影物この世界に映し出される。それが小説であり人の人生なのだ。」という世界観は、昔社会科で習った「プラトンのイデア論」のようだが、まさにこうした感覚は著者自身の体験からくるものなのだと思う。巻末の解説を見ると、ちょうど今年の7月から本書の続編の週刊誌の連載が始まるとのこと。本書のようなファンタジー小説の場合、その世界観にはまれる人とはまれない人の両方が避けがたくあるようだ。本書について、自分自身は最後まではまれたとは言い難いが、それでも、これからこの世界にどのようなストーリーの可能性があるのかは、非常に気になるところである。(「英雄の書(上下)」 宮部みゆき、新潮文庫)

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虫眼アニ眼 養老毅、宮崎駿

巻頭に宮崎駿のイラスト、そのあとに3つの2大巨頭の対談、最後に養老の「宮崎駿論」という内容で、どちらかの著者に興味があれば読まざるを得ない1冊だ。イラストは特にストーリーのあるものではなく眺める程度、対談は「作品が全て」と考える2人だけに雑談に終始、論文も少し長めの抽象的な感想文とう感じで、全体を読んでも、宮崎作品を観るときの予備知識になるような部分は少ないが、少なくとも2人の「人となり」がにじみ出るような感じがして面白かった。(「虫眼アニ眼」 養老毅、宮崎駿、新潮文庫)

~海外出張のため次の記事は7月末になります~

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浜村渚の計算ノート3 青柳碧人

ミステリーと数学パズルの融合という変わった設定の話がいつまで続けられるのか、面白い短編をいくつ書けるのかと思っていたが、何の無理も感じさせずに、3巻目を迎えているというのはある意味すごいことだと思う。このあたりはライトノベル業界で鍛えられた職業作家の腕力のようなものを感じる。主人公と悪の組織「黒い三角定規」との頭脳対決という構図はこれまで通りで、その悪の組織にも、独特の美学や矜持があって、主人公の素朴な意見に感動して悪事の手をついゆるめてしまうといった愛嬌さがあるのもこれまで通り。ただ、これまでの2作は、数学パズル自体は簡単というか、直観で理解できる範囲のものだったが、本書では問題自体の理解すら難しいような高度な数学、現代数学の範疇が多くなってきている。1冊目2冊目が好評で作者が自身を持って自分の書きたいことを書き始めたような感じがしてうれしい。「浜村渚の計算ノート3」 青柳碧人、講談社文庫)

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書店ガール 碧野圭

職業小説、アラフォー、本屋さんの内幕ものという、今の読書界のはやりの要素を詰め込んだような感じの小説だ。話自体あまり意外性のない展開だし、主人公と敵役、さらに悪役の上司等の人物造形もかなりステレオタイプではあるが、ところどころにへぇというところもあってそれなりに楽しめる作品だ。一直線に進むストーリ-だが、主人公の子どもの頃の思い出が時々挟まっていて、これもなかなか良い感じだ。話全体が現在の本屋さんのおかれた苦しい状況に終始しているなかで、今はなかなか味わえない「本屋さんにいるときの楽しさ」を想起させてくれるのがこの部分で、小説としてもそのバランスが良いと感じる。意外性はないが、堅苦しくなく読める小説というのはそれなりに貴重だと思う。(「書店ガール」 碧野圭、PHP文芸文庫)

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ママのクリスマス ジェームズ・ヤッフェ

相当前に入手してずっとそのままになっていた本。何故か、題名の「ママ」というのは「小学生くらいの少年の母親」で、話もやや子供向けの町の中のごたごたを元気なお母さんが奮闘して解決するというような話だと思い込んでいたのだが、読み始めたところ、実はニューヨーク市警の元敏腕警官の母親、すなわちかなり高齢の女性が主人公で、しかも、事件は人種問題などと絡んだかなり深刻な話であることが判ってびっくりした。ミステリーとしての要素もふんだんにあり、最後の2重3重のどんでん返しにも感心させられた。「ママ」が活躍する短編集や他の長編の出ているようなので少し探して読んでみようと思った。(「ママのクリスマス」 ジェームズ・ヤッフェ、東京創元社)

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夜の国のクーパー 伊坂幸太郎

猫と人間が自分の体験を交互に語りながら話が進んでいく不思議な物語。猫が語る文章の前には猫のマークが、人が語る部分の前には人のマークが付いていて、これが大変判りやすい。こうした話を読んでいるとつい、これは何かの寓意だろうかと考えてしまうのだが、とにかく不思議な話で、何となく面白いなぁと思いながら、読み終えてしまった。話の途中で出てくる猫とネズミの関係が、人間の世界にもあてはまるということはすぐに判るので、寓意がどこにあるのか途中から気にならなくなったのが、却って良かったのかもしれない。それからもう1つ、猫好きの人間には、思わず笑ってしまう場面がいくつかあって、それも楽しめた。それほど深刻にならずに読めて、しかも心に残る面白さのある作品だ。(「夜の国のクーパー」 伊坂幸太郎、東京創元社)

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女流阿房列車 酒井順子

最初から「東京地下鉄全線1日踏破」と、オタク度全開だが、1つ1つのお話がそれほど長くなくてあっさりしているので、たいして鉄道に興味のない普通の人間にも飽きずに楽しめる内容だ。どれも自分でやってみたいとは思わないような過酷な旅だが、少し条件を変えれば、ふと自分もやってみようかなと思う程度には面白そう。漫画の「鉄子の旅」とのコラボ企画は、「鉄子の旅」の方で既読だったが、こんなところで2つの作品が繋がっていたのかと思うと(まあ当たり前のような気もするが)、少しうれしい。(「女流阿房列車」 酒井順子、新潮文庫)

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驚きの英国史 コリン・ジョイス

日本人には馴染みがないがイギリス人なら誰でも知っているという歴史的出来事や人物を短いしゃれた文章で紹介してくれる本書。どこの国にもそうした他の国の人にはあまり知られていないがその国の人には当たり前という話があるのだろう。本書でも、そうした面白い話が満載で楽しめる。スコットランド人の名前に多い「Mc」という接頭語は「息子」という意味とのこと。イギリス人の多くは国家(ゴッドセイブザクイーン)の歌詞を全部は覚えていないそうだ。英語の単語にはノルマン系とサクソン系のものがあり、同じ意味の単語がペアで存在することが多いという。また、英国には、磔の後にキリストが逃れてきたという伝説があり、それとアーサー王伝説と結びついている部分があるそうだ。イングランドには「男子は全て日曜日に弓矢の練習をしなくてはいけない」という法律があるという話もめちゃくちゃ面白かった。こうしたいくつかの面白い話は、何となく他の人にも話してみたい気になる。読んでいて楽しいトリビア集の趣だ。(「驚きの英国史」 コリン・ジョイス、NHK出版新書)

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ビブリア古書堂の事件帖3 三上延

史上初めて文庫本で「本屋大賞」にノミネートされたということで、売れているんだろうなとは思っていたが、本書の帯に「シリーズ累計300万部突破とあってびっくりした。まだシリーズ3巻で、3巻目は出たばかりとすると、1巻目、2巻目とも100万部以上売れているということになる。本書では、前に出てきた登場人物が良い具合に話の背景になっていたりで、主人公2人を囲む脇役のキャラがしっかりしてきた感じだ。古書を巡る謎解きも面白いし、話を通じて業界の様子が判る仕組みになっていて、段々親しみが湧いてくる。紙でできた本への愛着とか古書趣味といったものが、単なる高尚な趣味とかノスタルジーではなく、かなりオタクっぽい世界だと判ってほほえましい感じがする。(「ビブリア古書堂の事件帖3」 三上延、メデイアワークス文庫)

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須賀敦子を読む 湯川豊

須賀敦子の本の刊行に出版社の担当者として携わった著者の評論。本書を読むと、須賀敦子の本は、本書のように深くその作品についてあるいはその作家について考える担当者あってのものだったのかもしれないと強く思う。評論の構成は、はっきりとはなっていないが、ほぼ須賀敦子の著作順、すなわち「ミラノ~霧の情景」から始まって、初めての小説が未完に終わるところまでという形で語られている。須賀敦子の作品は、1冊の本の中でも、時系列が明確にならない部分があって、須賀敦子の略歴、著作リスト、およびそれが書かれた年代等を知っていても、須賀敦子の書き手としての道筋が判りにくいと思っていたが、本書を読んでそのあたりがかなりクリアになった気がする。(「ミラノ~霧の風景」…記憶のままにイタリア時代を回想。1つ1つが完結した作品。「コルシア書店の仲間たち」…イタリア時代の軌跡を著者に関わった人々の記述を通して語る。「ヴェネチアの宿」…自分の家族を書くことで自分自身を見つめる。「トリエステの坂道」…亡夫の家族を描きながら創作の領域に足を踏み入れていく。「ユルスナールの靴」…ユルスナールの創作活動を自分に重ね合わせながらヨーロッパとその文明を描きだす。)そうした著者の道筋の中でもう一度読み返したらどうなるのか、本書を読むと、そうした形での再読をしてみたくなる。既に読んだ須賀敦子の本の中には、今でも忘れられない場面がいくつかある(例えばイタリア人の男と傘の話等)が、本書では、そうした場面がちゃんと言及されていて、読者の感覚を大切にした評論のようで、うれしく感じた。本書を読んで特に大きな収穫だったと思うことは、信仰者としての須賀、あるいは「宗教と文学」という視点でみた須賀に関する記述だ。イタリアから日本に帰国して、大学で教鞭をとったり、文章を書くようになる前に、宗教ボランティアとして奔走した時期があったことは知っていたが、その時期に須賀が何を思い、何を蓄積していったのかが本書を通じて少し判った気がした。(「須賀敦子を読む」 湯川豊、新潮文庫)

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あやし うらめし あな かなし 浅田次郎 

最近、双葉文庫を読む機会が増えている気がする。執筆陣を充実させるなど、出版社が色々力を入れているのかもしれない。本書も何となく読もうと思ったら双葉文庫だった。さて、巻末の対談で語られた著者自身の言葉によると、本書に収められた怪談のかなりの部分が本人の実体験や聞いた話に近い実話をベースにしているということに驚かされた。怪談の怪談たる所以の怪奇現象のような部分は創作なのだが、物語の柱となるシチュエーションや起こった事実は実話に近いのだそうだ。要するに、ここで語られる不思議な話は実際に起こったであろう出来事を著者がどう解釈しどう表現したかで、怪談になっているということだ。そういう風に考えると「会談こそ小説の真髄」という言葉の意味が何となく判るような気がする。本書の第6話については、その舞台となった場所が、まさに自分が小中学校の時に住んでいた場所だったということを知って大変驚いた。怪奇現象というのは、その場所につくというか、場所と密接な関係があるものだと思うが、大昔の話だが自分が何も知らずにそんな場所で遊んでいたのだと思うと少し不思議な気がした。(「あやし うらめし あな かなし」 浅田次郎、双葉文庫)

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反原発の不都合な真実 藤沢数希

原発の再稼働を巡る議論について、原発擁護の立場から書かれた本書。様々な統計データ等から反原発の感情論的な部分を指摘する。著者の考えは明確で、「反原発」という意見について、原発を止めても安全性はほとんど高まらないこと、核エネルギー開発の研究には大きな可能性がありそれをストップさせてしまうことの損失、放射能による人体被害が「しきい値のないリニアモデル」を採用していることの問題、等を次々に指摘していく。おそらくこうした事実を知った上でも、なおかつ原発に反対するという選択肢は十分あるのだろうが、それでも、色々自分で考える材料を提供してくれる本書は、非常にタイムリーな本だと感じた。(「反原発の不都合な真実」 藤沢数希、新潮新書)

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邪魔(上下) 奥田英朗

読み始めて最初のうちは、全く関係ないような人物が入れ替わりで登場し、話の本筋もどこにあるのかなかなか見えてこないため、少し戸惑ったが、ある小さな事件の勃発をきっかけにそれらが同じ糸で繋がり始め、俄然話が面白くなっていく。著者の作品は何冊か既読だが、ユーモアが前面にでた「インザプール」、今はやりの職業小説、スポーツに関するエッセイ等、どちらかと言えば軽い作品が多い作家だと思っていた。しかし本書は、それらとは全く違う救いのない暗くて重たい作品だ。組織の論理とか、世の中の事なかれ主義に疑問を持ちながらそれに抗うことなく過ごしてきた人が、少しずつそこから足を踏み外し、次第に人生や人格そのものを壊して行ってしまうという、大変怖い作品だ。1つの話の流れのなかで壊れていく、1人の主婦と1人の警官。前者はある意味爽快に壊れていき、後者は壊れていくことさえ気づかぬままに蝕まれていく。その対比も絶妙だ。記述は丹念に壊れていく様を描き、そのたたみかけるような文体がまたその恐ろしさを倍加させている。(「邪魔(上下)」 奥田英朗。、講談社文庫)

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