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人間とはどういう生き物か 石田幹人

情報工学の専門家が、「人工知能」開発の最先端の成果をもとに、「生き物とは何か」「人間とはどういう存在なのか」を語る本書。実にスリリングな1冊。人工知能やロボットの開発の歴史は、生物や人という存在の深遠さを思い知る歴史だと言い切る。会議中の「おなかがすいたなぁ」という発言に「もうこの会議終わりにしないか?」という意味を読み取ることはロボットにはできない。そこにロボット開発でどうしても乗り越えられない人間との違いがある、と著者は語る。こうしたロボット開発の限界というものだけでも面白いのに、著者はそれからどんどん先へ進んで、「量子過程」という考え方を持ち出してきて、生物とは何か、心とは何か、意識とは何かを語りだす。その思考の行き着くところが何ともすごい。生物の進化は、突然変異と適者生存と試行錯誤の3つによって起こるという進化論は、すでに破綻してしまっているという。例えばキリンが長い首を獲得するのにはいくつもの突然変異の同時出現が不可欠であり、それを試行錯誤で実現させるにはたかだか150億年程度の宇宙の歴史では全く実現不可能なのだという。それが短期間に実現するためには、いくつもの変化が互いに呼応しあう必要があるという。また、人の意識とは膨大な情報を感知している無意識のなかで、社会性を発揮するために生まれたごく小さな領域に過ぎないという。そうした思考の過程で、著者が提示するのが「量子過程に基づく生命観」だ。驚くようなことばかりだが、実に説得力がある本だ。(「人間とはどういう生き物か」 石田幹人、ちくま新書)

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万能鑑定士Qの事件簿ⅩⅡ 松岡圭祐

シリーズ最終話・完結編ということで、期待して読んだのだが、もともとこれで終わりにする予定ではなかったのだろう。話はこれまでと大きく違わないし、むしろ次に繋がるような伏線もしっかりあって、最終話という区切り感は全くない。すでに同じ主人公による新シリーズの第1巻も発売されていて、それも既に入手済み。こうなったら何処までも付き合うしかないような感じだが、まあそれでも良いかなと思わせるくらいの面白さは維持している。それがある意味すごいことなのかもしれない。(「万能鑑定士Qの事件簿ⅩⅡ」 松岡圭祐、角川文庫)

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妖談さかさ仏 風野真知雄

シリーズ4作目。一つの事件を追いかけ、その事件の捜査中に出くわすいろいろな奇妙な現象の謎を解きながら、最初の大きな謎が解き明かされるという構造はだい作目から変わらない。読みながらいつも、複数の事件を並行して追いかけていくTV7ドラマ「CSI」を思い浮かべてしまう。小さな謎も、単なる寄り道であっという間に解決してしまうものだったり、関係なさそうに見えて実は大きな謎につながるものだったり色々で面白い。前作を読んでから随分経つので登場人物の性格だとかは忘れてしまっていたが、本作は登場人物の造形が前作に比べてかなり明確になっているように感じられた。(「妖談さかさ仏」 風野真知雄、文春文庫)

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泣ける話笑える話 徳岡孝夫・中野翠

随筆家2人による書き下ろし随筆集とのことで、帯に「これぞ本物」と大書してある。著者の顔は何となく記憶にある程度だが、2人とも雑誌のコラムを永年担当してきたその道では有名な名随筆家なのだと推察される。1つ1つ読んでいると、我々よりも少し前の世代の人たちが歩んできた道が、平坦ではなかったこと、それでも充実した面白い道だったことが判り、暖かな気持ちになる。思い出というのは、そうしたものなのだろうが、それを文章で著すことのできる人というのはやはり有り難いものだ。後世に伝えるべきものを持って時代を生きてきた人が、それを伝える才能を持っているとは限らない。その2つが出会うことの大切さを思い知る1冊だ。(「泣ける話笑える話」 徳岡孝夫・中野翠、文春新書)

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狂い咲き正宗 山本兼一

将軍家御腰物奉行の長男だった主人公が、親に勘当され、刀商人に婿入りして、様々な刀を巡る事件に遭遇、子供の頃から培った目利きの才能と知恵を絞って奮闘するという物語。物語1つ1つが「正宗」「村正」「虎徹」といった名刀鍛冶にまつわる話で、刀に関する薀蓄も読んでいて楽しい。「村正」に何故「妖刀」という形容詞がつくのか、初めて知った。江戸時代の武士の矜持、町人の機転、善人ばかりではない世間といった色々なスパイスが効いた短編が並んでいて読者を飽きさせない。(「狂い咲き正宗」 山本兼一、講談社文庫)

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メルカトルかく語りき 麻耶 雄嵩

実験的な作品で、一部の読者にかなり評価されているらしい作品。読んでみると確かに不思議な作品だ。主人公メルカトルのとんでもない人物造形も面白いが、その主人公が延々と続ける「論理的な考察」の最後にたどり着く意外な結末が本書の肝だ。論理的な思考の末の非論理的な結末というのが笑えるのだが、これで納得してよいものやら、と悩んでしまう。本格推理のパロディともいえないし、真面目なのか不真面目なのかも微妙なところ、少なくとも本格物に辟易とした読者には楽しめる1冊だ。(「メルカトルかく語りき」 麻耶 雄嵩、講談社ノベルス)

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エムブリヲ奇譚 山白朝子

いつもの本屋さんで見つけた本書。著者も題名も知らず、帯の文章を読んでもどういう内容の本か良く判らなかったが、装填に惹かれて読んでみることにした。内容は、和泉蝋庵という江戸時代の「旅本」の書き手にまつわる怪奇小説で、物語はこの和泉蝋庵の取材旅行に同行した助手の語りという形になっている。和泉蝋庵という人物が、一筋縄ではいかない人物で、取材旅行の際に必ず道に迷って同行者と共に不思議な世界に迷い込んでしまい、その書き手である同行者に様々な怪奇現象が降りかかるという設定だ。話は、かなりグロテスクであったり、耽美的であったりするが、設定のすこし滑稽なところがそうしたおぞましさを中和してくれているようだし、また、ただ怖がらせて終わりという単純なホラー小説でもない。読んでいていやな感じが残る小説でないのが良い。こんな奇妙な設定で、話が続くのかと心配になったが、どの短編もそれぞれ違った面白さを見せてくれた。(「エムブリヲ奇譚」 山白朝子、メディアファクトリー)

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不発弾 乃南アサ

著者の短編集というのは少し珍しいような気がして読んでみた。ミステリー系の話とそうでない話が半々の構成だが、前者の方は著者らしくて楽しめるし、後者の方もそれなりに面白く、著者の色々な面が読めるので有り難い1冊だ。ミステリー系の方の話も、最後にどんでん返しというのではなく、少しずつ捩じれていくという感じで、そのあたりは最初から長編と短編の違いを意識しながら書かれているのだろう。小品集とはいえ、様々な現代的な問題を垣間見させてくれる著者らしさも感じられた。(「不発弾」 乃南アサ、講談社文庫)

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地上の飯 中村和恵

NHKのブックレビューで紹介されていた本書。翌週、本の題名も著者名もうろ覚えのままいつもの横浜の本屋さんに行ったら、ちゃんと判るように置いてあった。こういう配慮は本当に有難い。本書は、著者が思いつくまま「食」に関するあれこれを綴ったエッセイ集だが、地産地消に思いを巡らせた叙情的な文章あり、びっくりするような悪食の話ありで、バラエティに富んだ内容だ。イモ虫の味に関する詳細な報告を読んでいると、虫を食べることなど何でもないように思えてくるし、「イルカがうまい」という記述には、こんなことを書いて大丈夫かなとハラハラさせられる。「日本人はうまいか?」という話では、食人習慣のある部族の人の話として「西洋人は塩辛すぎて不味いが日本人は美味しい」というコメントが紹介され、そのコメントの出所を探りながら、西洋人の歪んだ「土人趣味」にまで考察が及ぶ。しゃれではないが実に味わい深いエッセイ集だ。(「地上の飯」 中村和恵、平凡社)

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ぼくは落ち着きがない 長嶋有

昨年の文庫大賞のベストテンに入っていたのでいつか読もうと思っていた本書。著者の本を読むのはこれが初めて。裏表紙の短い解説を読んでもどういうジャンルの本か良く判らないまま読み始めた。図書部員である女子高生の一人称で書かれているのだが、独特の語り口が大変面白い。ある書評で「著者は頭の中に女子高生を1人住まわせている」といった表現があったが、正にその通り、今どきの女子高生というのは頭の中でこういう独り言をしているのだろう思わせるような絶妙の雰囲気がそのまま文章になっている。数年前に永井するみの「カカオ80%の夏」という本を読んだ時に同じような感覚をもったのを記憶しているが、「カカオ‥」はミステリー要素のある作品だったのに対して、本書は大きな事件は何も起こらずその文体だけで読ませてくれる。ある意味ですごい作品という気がする。(「ぼくは落ち着きがない」 長嶋有、光文社文庫)

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本屋大賞2012 予想

今年も本屋大賞ノミネート作品を全部読み終わったので、また受賞作を予想をしてみたい。昨年は、予想で問題外と評価した「謎解きは‥」が大賞を受賞、その後、世の中に遅れて東川篤哉のファンになってしまうという結果に終わり、自分と世の中の趣向や感度の乖離を見せ付けられた思いがしたが、今年それを恐れず個人の好みで予想してみたい。

大賞: 大島真寿美「ピエタ」 : 静謐な文体で綴られる物語、最後の一文の圧倒的な説得力は今でもはっきりと覚えている。主人公と一緒に謎の楽譜の行方を追っていくうちに連れてこられる清冽な世界に脱帽した。

次点: 宮下奈都「誰かが足りない」、小川洋子「人質の朗読会」 : いずれも震災後という状況のなかで、心に響く連作形式の短編集。こういう本を良い本というのだろう。どちらが受賞しても納得できる。

第3位: 中田永一「くちびるに歌を」 : 私自身、震災後は、こうした軽い感じのほのぼのとした作品を読みたくなった。そう思う人が多ければ選ばれる可能性はあるだろう。

別格: 高野和明「ジェノサイド」 : 個人的には最も面白かった。面白さという基準でいえば他を圧倒する面白さだった。既に色々な賞を受賞したりランキング1位になっているので面白さは折り紙付きだが、本屋さんが「これから売りたいと思う作品」という基準で考えると受賞しにくいのではないか。

もしかしたら : 三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」、 三浦しをん「舟を編む」 : この2編は、本屋を取り巻く業界内部ネタの作品ということで、評価が高くなる可能性がある。特に「ビブリア…」は初の文庫本ノミネートという話題性もあって、選ばれる可能性がないとはいえないだろう。

その他、「ユリゴコロ」はイヤミスだし、「しゅららぼん」は傑作だが著者の作品のなかにはもっと面白い作品がある。「プリズム」は展開が荒すぎて個人的にはノミネートされた理由が判らない。

 

 

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用もないのに 奥田英朗

著者のエッセイはこれで3冊目。帯に「脱力度120%のエッセイ」とあるが、その「ゆるさ」にも段々慣れてきた感じがする。内容は、スポーツ観戦や行楽地訪問に関する紀行文集だが、著者自身の観戦している試合や行楽地に対する思い入れがごく普通で、強い気持ちがあるわけではない、というのが「脱力度120%」の正体だ。野球の試合を見ていても、寒くなってくると「早く帰りたい」ということばかりが書かれているし、四国のお遍路さんの体験記でも「車に乗れてラッキー」という感じだ。数年前に大盛況だった「愛知万博」などは、著者の恰好の餌食になってしまっている。それにしても、富士急ハイランドにある世界一の絶叫マシンに55歳までという年齢制限があることを本書で知った。今年の10月までに行かないと年齢制に引っかかってしまうということだ。だからといって、そうなる前に行きたいという訳でもないが、「もう乗れません」と言われると逆に乗りたくなるんじゃないかと思う。(「用もないのに」 奥田英朗、文春文庫)

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プリズム 百田尚樹

著者の本は何冊か読んでいるが、正直言って著者の本はもうあまり読む気がしなくなっていた。直前に読んだ著者の本が自分にとってあまりにも陳腐に感じられたからだ。それでも、本書が今年の本屋大賞にノミネートされたので、もしかしたら「永遠のゼロ」のような傑作なのかも?と思って読んでみた。残念ながら、本書は著者に対する私の見方を覆すものではなかった。本書でも、話を盛り上げようとしている部分の陳腐さ、後半部分の登場人物の心理の不自然さや雑な描写がどうしても気になってしまった。前半のあたりはそれなりに面白くて期待したのだが、後半になると前作のように全く陳腐な展開になってしまって、がっかりさせられた。代表作の「永遠のゼロ」では、回想部分の素晴らしさが、現在形で書かれた部分の陳腐さを補って余りあるという感じだったが、本書ではそれもなく、後半部分が全体をぶち壊して終わってしまっている。「『永遠のゼロ』の作者だからきっと面白いだろう」という期待を裏切られるのはもう今度こそ最後にしたいと思った。(「プリズム」 百田尚樹、幻冬舎)

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中途半端な密室 東川篤哉

人気作家の最新短編集だが、収められた5編のうち4編が作家がプロ作家としてデビューする前の作品とのこと。人気にあやかって急遽編集されたということなのだろうが、読者としては大変ありがたい企画だ。本書を読んで驚かされるのは、これらの作品のトリックの面白さ、語り口の明快さ、あっけらかんとしたユーモアなど、現在人気を博している著者の良さがそっくりそのままでていることだ。良く考えると、トリック自体はそれほど斬新ではないのだが、色々なシチュエーションのなかでそれが新しいものに思えてくるのが不思議だ。(「中途半端な密室」 東川篤哉、光文社文庫)

 

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蜩ノ記 葉室 麟

最新の直木賞受賞作。すでに名の知られた作家とのことだが、著書を読むのは今回が初めてだった。時代小説の真骨頂は、封建時代という理不尽で窮屈な社会の中で、主人公が正義や信念をどう貫くかという点にあると考えているが、本書のテーマはまさにそれだ。主人公を取り巻く多くの謎と、主人公が貫く正義の行く末がどこなのか、それらの謎が最後にうまく解き明かされていく、本当に良く出来た作品だ。主人公を取り巻く謎も展開も最後まで大変面白かった。余命10年という主人公の境遇も、団塊の世代が自分の余命について思い巡らすという社会の一大関心事に呼応していてうまいと思う。いろいろな書評を読むと、本書は必ずしも著者のベスト作品ではないという。これから他の作品を読んでいく楽しみができて大変嬉しい。(「蜩ノ記」 葉室 麟、祥伝社)

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