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i 西加奈子

今年の本屋大賞ノミネート作品のうち未読だった1冊。日米国際結婚の夫婦の養子として育てられたシリア出身の主人公の成長を描いた作品だが、普通の子どもが大人へ成長するその心の動きのなかで、彼女自身の幸せな境遇に対する罪悪感が大きな影響を及ぼす。こうした罪悪感は、主人公だけでなく、今の日本人が何らかの形で持っている普遍的な感情のような気がする。それは、東日本大震災の衝撃と言っても良いが、生き残ってしまった自分への罪悪感だ。世界で起こっている様々な事件や災害の犠牲者の数を克明に記録し続ける主人公の姿は、どうしても自分を含む日本人のそうした感情と重なり合ってきてしまう。なお、アップル社の創設者スティーブ・ジョブスが、本書の主人公と同じように、シリア出身でアメリカ人の夫婦の元で養子として育てられたという話にはビックリさせられた。その事実があったからこそ、そうした設定にしたのだろうが、この事実こそが、本書に現実感を与え、かつ本書の読者に主人公の未来を信じさせる効果をもたらしている。ひとつの小説を読みながら、自分はジョブスの伝記も同時に読んでいたような気がした。それだけでも本書は凄い作品だと思った。(「i」 西加奈子、ポプラ社)

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シートン探偵記 柳広司

著者の作品は、戦前日本の秘密諜報機関の話とか、色々な文学作品を題材にした軽いミステリーなど守備範囲が広い。その中で最も好きなのは何といっても「D機関シリーズ」だが、こちらは少しマンネリ化してきたような気がする。そんな中で、本書のような歴史上実在の人物や文学作品を題材にした作品群は気軽に読めるし、趣向がその都度色々変わるので飽きずに読むことができる。本書は、「シートン」「シートン動物記」という歴史上の人物・作品を土台にした連作ミステリーで、当初の期待通り、大いに楽しむことができた。「シートン動物記」は子供のころに読んだきりだが、「狼王ロボ」は当時最も好きな本だった記憶がある。そのシートンが探偵役となって活躍するのが本書だが、「動物記」においても、対象物である動物に対するシートンの緻密な観察と推理がその根底にあるという点で、本書がミステリーとの相性が良いというのは、とても納得できる話だ。こうした作品の場合、史実にどこまで忠実になるかのさじ加減が難しい。あまり史実とかけ離れていては、そうした設定をした意味が薄れてしまうし、史実に忠実過ぎてもおもしろいミステリーになりにくくなってしまう。そのあたり、本書は、やや史実に忠実な方に重きが置かれているようで、もう少し自由な内容にしてくれた方がもっと楽しめた気がした。(「シートン探偵記」 柳広司、文春文庫)

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ボロゴーヴィはミムジイ ルイス・バジェット他

古典的なSFの名作の復刻版。うたい文句が「よみがえる名作」とあり、SFファンには待ちに待った刊行らしい。書かれた時期は、SFマガジン創刊後ということなので、1950年代あたりのようだ。内容は「時間」を統一テーマにした短編集で、古典というだけあって話は最近のSFに比べて分かりやすい一方、思った以上にバラエティに富んだストーリーと各短編共通の深い思弁性に驚かされる。恐らくこうした思弁的な作品が編者の好みなのだろう。それからやはり何と言っても、全体を覆う暗さは、世界大戦後という時代を反映しているのだろう。特に表題作の「次世代への期待と恐れ」はまさしくその時代を感じさせる古典的な名作だと感じた。(「ボロゴーヴィはミムジイ」 ルイス・バジェット他、ハヤカワ文庫)

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佐渡の3人 長嶋有

著者の本は2冊目。書評誌で文庫化された本書のことが取り上げられていたので、読んでみることにした。内容は、故郷の佐渡島を離れて暮らす主人公とその家族の話で、主人公が祖父母や大叔父大叔母の納骨のために佐渡島を訪れる話が中心に語られる。主人公が作家という設定だし、細やかな描写が随所に見られるので、自分の体験を基にした私小説のようでもあるのだが、読んでるとどうもそれだけではないような感じのするちょっと不思議な雰囲気の小説だ。フィクションにしては、心理描写のリアリティと細かさが尋常ではない気がする。全体の構成は、短い4つの短編が一つに繋がっている話なのだが、それぞれの短編が書かれた年を見ると、最初の話と最後の話が書かれた年に5年もの間隔がある。何となく不思議なことが多いが、それが何となく心地よい。これこそ作家の個性と力量なのだろうと感じた。(「佐渡の3人」 長嶋有、講談社文庫)

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慈雨 柚月裕子

書評誌「本の雑誌」の年間ベスト10の第1位に選ばれた本書。「本の雑誌」の年間ランキングは、専門家が投票で選んだり、読者アンケートで選んだりという「多数決」ではなく、雑誌の編集者数名が雑談しながら選ぶという少し変わった形のランキングで、あまり知られていない良い本を探すのに毎年重宝している。多くの人による「多数決」の場合は、多くの人に読まれているという認知度が、選別の重要な要素になってしまう。一方、このランキングは、多数決ではなく、編集者個人の好みが強く反映されているので、当たり外れもあるのだが、あまり知られていない良い本との出会うことが多い気がする。さて今年の第1位の本書、どの程度売れているのかは判らないが、さすがに第一位というだけあって大変面白かった。定年退職した元刑事が、自分が昔扱った事件が冤罪だったのではないかという疑念を抱きながら、四国の八十八か所巡礼をするというストーリーで、札所の各所での出来事、新たに発生した類似事件の進捗、過去の事件に対する思いの3つが交錯しながら話は進む。刑事とその妻、養女の娘、その交際相手の若い刑事、それぞれの心情が細やかに描かれていて、読んでいて本当にジーンときてしまった。(「慈雨」 柚木裕子、集英社)

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がん消滅の謎 岩木一麻

最新の『このミステリーがすごい!大賞』大賞受賞作ということで、話題になっている作品。読み始めると、この部分は誰のことを言っているのか、よく判らないところがあったりで、少し読みにくいなぁと感じたのだが、やがてそんなことが全く気にならなくなるほど、話にぐいぐいと引き込まれてしまった。読んでいて一番すごいなぁと思ったのは、専門家でないと判らないような部分があり、今までそんなことを考えたこともなkったのにもかかわらず、何故か「その手があったのか」と思わされてしまったことだ。がんの仕組みも良く判らないのに、何故そのように思ってしまったのか、未だに不思議だ。最後の一行については、どう解釈したらよいのか実は良く判らないし、2つの解釈があるような気がするのだが、それでも何故かお見事と思ってしまった。話はストレートで判りやすいのだが、何だか違うところ、別の意味で不思議な作品だった。なお、いつものことだが、巻末の大賞審査員の「作品に対する悪口コメント」は何とかならないだろうか。読み終えて「面白かった」と思った次のページに「その作品を含む候補作の欠点」を色々読まされるのは興ざめだし、出版されているのは応募作品をかなり手直ししたものということであれば、その手直しをした後の作品を読んでからコメントしてほしい。(「がん消滅の謎」 岩木一麻、宝島社)

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推理は一日二時間まで 霧舎巧

ネットで購入、全くの予備知識なしで読んだ一冊。読んでみた感想は、一言で言うと、良くも悪くもこれが今の小説なんだろうなぁということだ。読んでいて面白いので文句はないのだが、登場人物の造型もストーリー展開も、よく言えば斬新、悪く言えば突拍子もないもので、これを楽しめるかどうかは、純粋に読み手側の問題だと言われているような気がする。最後の謎解きは、本編の随所に真犯人によるヒントがちりばめられていることに最後まで気づかなかった。よく考えれば、真犯人がそのようなヒントを周囲に与えること自体変な話なのだが、とにかく登場人物全てが変な人々ばかりなので、何となくそれもありかなと思えてくる。そういう意味では、話や登場人物の突拍子なさがあってこその謎ときということで、見事な作品と言えるだろう。(「推理は一日二時間まで」 霧舎巧、光文社)

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名古屋駅西喫茶ユトリロ 太田忠司

名古屋の本屋さんで偶然見つけた本書。題名と目次から、名古屋の食文化を題材にした軽いミステリーということは予想できたが、読んでみると、ミステリーの要素はほんの少しで、ほとんど名古屋のご当地グルメ紹介小説といった内容だった。しかも、登場する町の名前とか食べ物の名前だけではなく、店の名前やメニューの名前までが、名古屋の人にはお馴染みのものという徹底ぶりで驚かされる。ここまで読者層を狭めてしまっていいのだろうかと心配になる程だ。名古屋メシブームを当て込んだ戦略なのだろうが、随分思い切った本だなぁと妙に感心してしまった。(「名古屋駅西喫茶ユトリロ」 太田忠司、ハルキ文庫)

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殺意の構図 深木章子

著者の本は2冊目。前に読んだ本がほのぼのした作品で面白かったので、もう一冊と思って本書を読んでみたのだが、本書はそれとは全く趣きの違う、暗くて重い内容の作品だった。登場人物はことごとく不幸で、暗い闇を背負っている。人の悪意と様々な偶然が、悲劇の連鎖を生む。いやミスと言えばいやミスだが、何故かあまり読後感は悪くない。解説を読むと、著者の作風は本書のようないやミスの方が主流らしい。個人的には、ほのぼの作品の方に力を入れて欲しい気がする。(「殺意の構図」 深木章子、光文社文庫)

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みかずき 森絵都

書評で色々取り上げられている話題作。戦後日本の教育事情を織り込みながら、塾経営に携わる一家の歴史を描く家族小説だ。公教育を太陽、塾などの私教育を月に見立てて両者がどのように対立したり補完したりしながら戦後の教育がなされてきたのかを分かりやすく教えてくれる。本書の良いところは、まず教育のあり方を考えるにあたって塾というものに焦点を当てたところだろう。大義名分や政治に歪められがちな公教育に対して、私教育の世界は、世の中のニーズがストレートに反映される。必要悪とか教育の歪みを助長する存在と言われつつも、世の中に必要とされるからこそ、塾は形を変えつつも生き残ってきた。本書は、その歴史を、それに携わる人が何を考えてきたかを描くことによって明らかにしてくれる。もう一つ本書の良いところは、戦後から現在までの歴史を描くことによって、様々な年齢層の読者がそれぞれ自分の歴史を振り返ることができるということだ。本書によれば、自分の場合は、塾が補習型から進学型に移行し始めた頃に塾にお世話になった世代だ。当時、小学校の担任の先生の塾への敵視は、子どもだった自分にも明確なくらい激しかった。塾に行っていること、私立の中学校を受験することを先生に話してよいのか子ども心に悩んだ記憶がある。自分が受けてきた教育というものをどう整理し、より良い教育のために何を次世代、孫世代に伝えていけば良いのか、真剣に考えなければならないと思わされた一冊だった。(「みかずき」 森絵都、集英社)

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殺人者はそこにいる 新潮45編集部

真偽のほどは判らないが、何処かの本屋さんで「文庫X」という本が、題名を伏せて販売されてちょっとしたブームになっているらしい。その本の伏せられた本当の題名が「殺人者はそこにいる」というらしいので本書を買ったのだが、実は同じ題名の別の本を間違って買ってしまったらしい。。そうは言っても、読まない訳にはいかないので、読んでみることにした。内容は、過去に起きた様々な凶悪犯罪を、犯人の生い立ちや事件時の心理状態など、新聞などではあまり深掘りしない視点で再構築した事件簿だ。とにかく、小説などよりももっと凄惨でびっくりするような犯人の姿が浮かび上がってきて、たまらなく鬱々とした気分にさせられる一冊だ。(「殺人者はそこにいる」 新潮45編集部、新潮文庫)

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罪の声 塩田武士

年末恒例のミステリー年間ランキングを総なめにする勢いの本書。読み始めてすぐに本書が「グリコ森永事件」を題材にした本だということが判る。色々なフィクションやノンフィクションの題材として取り上げられてきた事件に、果たして新しいアイデアや別の解釈が可能なのだろうかといぶかしく思いながら読み進める。自分自身あまりグリコ森永事件について詳しくないので、どの部分が新しい解釈なのかはよくわからないが、事件から30年の年月を経て、記憶の風化といったマイナス要素と、もう時効になったのだから語ることができるというプラスの要素の二つをうまく絡めて新しい展開を見せるのが、本書の最大の特徴だ。本の帯の書店員のコメントにもあるが、読んでいて「ああこれは『64』に似ているなぁ」と、何度も思った。これが本書の話題になっている理由の一つであると思われる。(「罪の声」 塩田武士、講談社)

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涙香迷宮 竹本健治

2016年末の様々なミステリーランキングで上位を獲得した話題の一冊。著者の作品を読むのは多分初めてだが、ネットで調べると本書の主人公である探偵の作品は既に10作ほども刊行されていることが判って、少しびっくりした。本書が面白ければ、また色々過去の作品にさかのぼって楽しめるぞと、期待が膨らんだ。読み始めてまず強く感じたのは、ミステリーとしての話の内容の前に「黒岩涙香」という人物の凄まじさだ。「萬朝報」という新聞の創刊者だということは、大昔に学校の教科書で習ったような気もするが、それ以外の連珠、百人一首など様々な遊戯をゲームとして完成させることに貢献したりといった様々な功績については全く知らなかった。本書の面白さの一つの要素は「黒岩涙香」という人の面白さに目を付けた作者の晴眼だろう。また本書では涙香にまつわる話だけでなく、いろは歌の歴史など様々な知識が披露されているが、なぜか衒学的な文章にありがちな暗さとか重苦しさが少しも感じられない。これも本書の面白さを支える大切な要素になっている気がする。更にミステリ-としても、主人公の一つの謎解きに感心しているとすぐにまた別の謎解きが始まる畳み掛けるような展開が凄い。着眼点・文章・謎解きの三拍子が揃ったミステリーだが、それにしても、50を超える「いろは歌」や85文字の「口語版いろは歌」は全て作者のオリジナルなんだろうか。もしそうならそれが本書一番の驚きだ。(「涙香迷宮」 竹本健治、講談社)

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女が動かす北朝鮮 五味洋治

アメリカの政治が動き、韓国の政治が揺れ、世界の進む方向が色々気になる。自分自身はもう良いとして、子どもや孫の世代にどういう世界を残したいのか、色々考えてしまう今日この頃である。そうしたなかで、最も自分の無知な部分の1つである「北朝鮮」については、謎が多いだけに、本書のように分かりやすそうな本があるとなんとなく読みたくなる。本書は、北朝鮮・金ファミリーの権力構造の歴史を、ファミリーの女性に焦点を当てて解説したものだが、読んでいてその凄まじさには改めて驚かされる。帯に「韓国ドラマよりも面白い」とあるのはいくらなんでも不謹慎だが、本書に登場する女性たちの亡命・病死・自殺・処刑といった様々な末路は、本当にドラマ以上に壮絶だ。また、現指導者に有力な後継候補の妹がいることや、近年北朝鮮からの女性の亡命者が急増していることなどは本書で初めて知った。次の指導者が女性になったら北朝鮮はどうなるのだろう。確かに北朝鮮の未来は女性が鍵を握っているのかもしれない。(「女が動かす北朝鮮」 五味洋治、文春新書)

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暗い越流 若竹七海

2016年に突然ブームになったことで話題になった作者だが、年末恒例のミステリ-・ランキングで軒並み上位に食い込んでさらにブームが広がりそうな勢いだ。前作を読んだ際の感想として、著者の本はまだまだ未読の作品が多いのでこれからが楽しみだと書いたが、とにかくこれまでに読んだ著者の本はどれも期待以上の面白さだったので、本当に嬉しくなる。本書も色々な趣向が凝らされた粒ぞろいの短編集だが、特にその中でも、既読の作品に登場した葉村探偵が活躍する2作品が探偵に感情移入が出来やすくて楽しめた。(「暗い越流」 若竹七海、光文社文庫)

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