goo

イスラーム国の衝撃 池内恵

イスラーム国関連の本は本書で2冊目だが、本書は前に読んだ本に比べてかなり本格的な教養書という感じだ。前の本が最近の出来事に焦点をあてた判りやすい啓蒙書だったのに比べて、本書はイスラム教の歴史を遡って詳しくイスラーム国に至るまでが述べられている。話はイラクとシリアだけに止まらず広範囲に及んでいるし、登場する固有名詞も多い。その点で少し分かりにくいところもある反面、前書ではあまり書かれていなかったイスラーム国とアラブの春の関係が詳しく述べられていたりしていて、読んでいて発見も多かった。2冊がちょうどよい補完関係にあるように感じた。(「イスラーム国の衝撃」 池内恵、文春新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

夜の床屋 沢村浩輔

聞いたことのない作家の本書だが、色々なところで話題になっているので、読んでみることにした。予備知識はミステリー短編集ということだけで、最初に掲載された表題作を読むと、結構面白い。冷静に考えれば荒唐無稽な話のようにも思えるが、ミステリーの世界ではこうした面白さと引き換えの嘘臭さはありだなと思わせるものがある。登場人物の行動の不自然さもそれこそ「ミステリー」の世界なればこそという感じなのだ。続いていくつかそうした楽しい短編ミステリーが続くのだが、後半の3編で最初に読んでいた時の印象ががらりと変わる。自分はいったい何を読んでいるのか?ミステリーを楽しんでいたのではなかったか?と思っていると、最初の方の短編の印象までもが違う様相になっていく。この作者の作品はまだ本書以外にはほとんどないそうだが、これだけ話題になってしまうと、次の作品のハードルが高くなりすぎて、次が出しにくいだろうなぁと思う。それでも、最低もう1冊は読みたいと思わせる何かが本書にはある。(「夜の床屋」 沢村浩輔、創元推理文庫)



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

高い城の男 フィリップ・K・ディック

著者の代表作にして歴史的名作という誉れ高い1冊だが、未読だったので読んでみることにした。ジャンルは「歴史改変SF」だが、SFの要素は少なく、時代も第二次世界大戦終結からあまり時間の経っていない時期ということで、過去の時代のSFということになる。もし、第二次世界大戦で枢軸国側が勝利していたらという設定で、何人かの登場人物の視点で話が進む。1つの「もし」からスタートして、どんどんその奇妙な世界が構築されていくが、思いつきで書かれていると感じるところは皆無で、全ての場面場面にその「もし」を前提とした必然性のようなものを感じさせる。これだけならば、色々書かれている「歴史改変もの」と大きな違いはないように思われるが、作中に「もし連合国側が勝っていたら」という小説が登場し、登場人物たちがそれを読み漁るという2重の仕掛けがなされていて、話は錯綜していく。特に読んでいて、読み手の心の中で曖昧になっていくのが、「どれが史実でどれがフィクションか」という問いかけである。1つのもしから出発して築きあげられた虚構の世界の大きさと、全てが相対化されてしまった世界の混沌に、心を激しく揺さぶられる。それにしても、こうした小説が書かれるというところに、戦争の勝者にも戦争の傷は大きく残るのだという事実の重さを感じる。(「高い城の男」 フィリップ・K・ディック、ハヤカワ文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

死のドレスを花婿に ピエール・ルメートル

話題作「その女アレックス」が面白かったので、同じ作家の既刊の本書を読んでみることにした。読み終えてみると、最初に見えていた主人公の姿が読み進めていく中であっという間にひっくり返されてしまう点、最後の最後までどんでん返しの大技が続く点など、本書には、「その女…」と非常によく似た特徴があることが判る。しかも、総じて言えば救いのない悲惨な結末で、こんな収まり方では当の本人は到底納得いかないのだろうが、読んでいる読者には何となく微かな救いというか、してやったりというそう快感が感じられる。いずれの本も、どうしてこんな話を2つも考えられるのか不思議なくらい良くできた話で、まだ読んでいない処女作も、訳書がでているのであれば、いずれは読みたいと思う。(「死のドレスを花婿に」ピエール・ルメートル、柏書房)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

キャプテン・サンダーボルト 伊坂幸太郎・阿部和重

大好きな作家のひとり伊坂幸太郎の新作ということで読んでみた。阿部和重という作家のことは知らなかったが、略歴を見ると「芥川賞」受賞とあり、大変な大物作家2人の合作というような感じでびっくりした。2人の作家の完全合作ということなのだが、読んでいると、いつもの伊坂幸太郎の作品と雰囲気や言葉のテンポが変わらないように感じられた。どういう分担で書かれたのか、交代で書いたのか、それともストーリーと文章で分担したのか、そのあたりが全く判らない。「完全合作」というキャッチフレーズがあながち大げさでない気がするし、もしかすると、阿部和重という作家の本を読んだことのある人にとっては、彼単独の作品と区別がつかないのかもしれない、そんな気さえした。ストーリーも文章もとびきり面白く、最後の結末もお見事ということで、充実の1冊だった。(「キャプテン・サンダーボルト」 伊坂幸太郎・阿部和重、文藝春秋社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ひなこまち 畠中恵

読まずにいたシリーズ物の文庫本の一番新しい作品だが、前の作品で感じてしまった「飽き」を本書でも感じてしまった。内容に変わりはないし、作者による色々な飽きさせない工夫は本書でも感じたのだが、前に書いた「飽き」を今回も強く感じた。主人公の成長物語としてのストーリーもどこかに行ってしまったようだし、出てくる妖の可愛さだけではもう限界があるのではないか、今のところ次の作品を読みたくなるかどうか微妙な感じだが、本屋さんでみつけたらやはり買ってしまうだろうなぁと思う。その時に失望させないで欲しいというのが昔からのファンとしての希望だ。(「ひなこまち」 畠中恵、新潮文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

仮面病棟 知念実希人

こちらも書評などで話題となっている本。話、文章ともテンポよく、「読み始めると止まらない」というのが宣伝文句だが、実際に私も止まらなくなってしまった。最後のどんでん返しも1つは予想の範囲だったが、もう一つは読んでびっくり、言われてみればその通りなのだが、最初の方の何気ない部分に、そんな秘密があったとは…。人物の造形などに何となく納得できない部分はあるが、そんなところも吹っ飛んでしまう面白さだ。巻末の解説に、この作品はある有名な作品のオマージュになっているとの記述がある。何という作品か良く判らないが、気になるところだ。(「仮面病棟」 知念実希人、実業之日本社文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

世界は何故月を目指すのか 佐伯和人

友人に勧めらて読んでみた本書。月探索の歴史や現状だけでなく、宇宙開発全体の歴史や科学進歩のポイント等が上手にミックスされていて大変楽しいし、この1冊で過不足なしという感じだ。宇宙開発競争の裏話や技術的な苦労等、著者ならではの話も多い。さらに、「高日照率領域」の話や「日本が隕石保有世界一だった訳」など、予想もしていなかった面白い話もあり、大変充実かつ面白い出色の1冊だ。(「世界は何故月を目指すのか」 佐伯和人、ブルーバックス)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

鹿の王(上・下) 上橋菜穂子

著者の本は、「守り人」シリーズ、「獣の奏者」とずっと楽しみにしていた。今度はどのような世界観を見せてくれるのか、大いに期待して読んだ。読んだ感想は、これまでの作品とは「かなり違うなぁ」ということだ。こうしたファンタジーの世界を描く小説では、現実と非現実の対比が大きな鍵になる。読んでいて、全く現実と比べられないところもあれば、「これは現実で言うとあれだな」と思い当たることもある。この対比がどの程度できるかがこうした小説を特徴づける。本書の場合は、ほとんど全ての要素が現実との対比が可能な気がする。そのあたりは好みもあるし、良し悪しではないのだが、あまり現実との対比が整い過ぎていると、何のためにファンタジー小説として新しい世界観を作りだしているのかが判らなくなってしまう気がする。医学的なテーマを扱っているために、正確性を重視しすぎたのだろうか、これまでの作品に比べて発想の自由さが少ない、読んでいて少し窮屈な感じがした。作家自身にはそうした自覚はあまりないのかも知れないが、読み手としては、そこのところを敏感に感じてしまう。(「鹿の王(上・下)」 上橋菜穂子、角川書店)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

月夜の島渡り 恒川光太郎

純粋なホラー小説を読むのは久し振りだなぁと思いながら読んだ。論理的な結論よりも展開の面白さを重視するようなホラー的なミステリーとか、主として心理的な恐怖を呼び起こすサスペンスなどと違って、純粋なホラーというのは、不思議な世界を描写する文章の力が他のジャンルよりも大切なのだということが本書を読むと良く判る。奇を衒わない何気ない静かな文章から立ちのぼる不思議な恐怖、ぞわぞわするような感覚は、まさに一級品の風格だ。本書に収められた短編は全て沖縄を舞台にしているが、私自身、何故か沖縄に漠然とした憧れや郷愁のようなものを感じてしまうところがあり、どうしても沖縄に関する話を読むと、自分の世界に引き入れすぎてしまうことが多い。その点は、良くも悪くくも作者の意図以上に思い入れを持って読んでしまった気がする。(「月夜の島渡り」 恒川光太郎、角川ホラー文庫)

このブログを始めてから最長のブランクとなりましたが、再開します。老人ホームで療養中だった実父が、1月下旬に入院・急変・死去し、その後も通夜・葬式と続き、その間全く本を読みませんでした。自分ではどんな時でも少しの時間を見つけて読書するような習慣がついていると思っていましたが、どうしても本を読めない心境の時もあるのだと思い知りました。まだ気持ち的には少しバタバタしていますが、徐々に日常を取り戻していこうと思います。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )