淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

人志松本の「すべらない話 ザ・ゴールデンSP5」、少しマンネリ、でも面白い。

2009年06月30日 | Weblog
 人志松本の「すべらない話 ザ・ゴールデンSP5」が、フジテレビ系で土曜日の夜9時からオンエアされた。
 この番組が放映されることを心待ちしていたので、そのニュースを聞いたときにはちょっと心躍ってしまった。

 ただ、深夜番組で不定期放送していた頃が、「すべらない話」、やっぱり最高だったように思える。
 そのゲリラ的な、何でもありの笑いのほうが、過激で自己規制もない分、数段面白かったのだ。

 深夜のお笑い番組って、ゴールデンに進出すると、どの番組も必ずと言っていいほど質が落ちて、笑いそのものも失速してゆく。
 困ったものだ。

 この「すべらない話」は、そこから派生して、現在では「人志松本の○○な話」として、夜の11時からオンエアされるまでに到った。
 DVDも売れているようだ。

 今回の「すべらない話 ザ・ゴールデンSP5」への出演者は、かなり多い。
 松本人志、千原ジュニア、宮川大輔(このひと、ほんと面白い)、河本準一、ほっしゃん。、ケンドーコバヤシ、後藤輝基(フットボールアワー)、有吉弘行、それから勝俣州和。
 まあ、ここまでは妥当だろう。

 それから、初参加者が8名。
 中山功太 、なるみ 、原西孝幸(FUJIWARA)、前田政二 (ダウンタウンと同期だった男らしい)、益子卓郎(U字工事)、松村邦洋、若林正恭(オードリー)、渡部健(アンジャッシュ)という布陣だ。

 これはちょっと出演者が多くないか。
 番組の意図としては、出来るだけ多くのお笑い芸人を参加させて、笑いを取り込みたいと思っての配慮だったとは思うけれど、そうなると全員に満遍なく話術を披露するということが不可能になる。

 なので、今回の「すべらない話 ザ・ゴールデンSP5」、どこか散漫な印象を受けた。
 勿論、それなりに笑わせてはくれたけど、これぞという爆笑ネタはなかったように思われる。
 平均点はクリアしているのだが・・・。
 
 個人的に面白かったのは、益子卓郎(U字工事)の「トンボ」の話と、河本準一の自虐的な「浮気ネタ」だろうか。
 でも、それだって大爆笑というわけではない。

 人志松本の「すべらない話」も、マンネリ気味になってきたのだろうか。
 是非、次回は、もっと笑わせてほしい。




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浦沢直樹×手塚治虫の漫画「プルートゥ」。ついに大団円を迎えたね。

2009年06月29日 | Weblog
 最近の浦沢直樹の漫画、どうも煮詰まっているように思えて仕方ない。
 「20世紀少年」もそうだったけれど、折角素晴らしいラストを迎えそうなのに、ズルズルと後日譚を描いてしまい、失敗しているのである。
 もう少し短く完結できたら、素晴らしい傑作になっていたのに・・・残念である。

 その浦沢直樹の「プルートウ」は、「YAWARA」、「モンスター」、「20世紀少年」など、数々の傑作漫画を手掛けた浦沢直樹と、偉大なる故手塚治虫の合作ということになる。

 オリジナルである「地上最大のロボット」は、昭和39年から40年に掛けて「少年」に掲載された作品で、かなり短い物語だ。
 
 「プルートゥ」のほうが、オリジナルより物語を深く掘り起こし、表現も豊かで迫力も増している。でもだからといって、浦沢直樹が手塚治虫の作品を凌駕していると短絡的に言い切れない。

 物語は意外と単純である。
 スイス林野庁所属のロボット、モンブランが山火事の現場でバラバラになって発見される。同じ頃、ドイツのロボット法擁護団体の幹部が殺害され、遺体の頭には角のようなものが突き刺さっていた。ロボットである特別捜査官ゲジヒトは、同一人物による犯行と考えて独自に捜査を進め、謎の犯人の標的が自分を含めた7体のロボットであることを突き止める。

 その「プルートゥ」が、ついに結末を迎えた。
 僕が買ったのは、通常版のコミックではなく、豪華版のほうである。
 豪華版には2冊の別冊付録がついてくる。少し高いけど。
 「終わりの音の巻」と、最終回「史上最大のロボットの巻」。豪華版がお勧め。

 それにしても浦沢直樹が凄いのは、手塚治虫の傑作「地上最大のロボット」を単になぞることなく、あえてそれを超えようと、大胆に再構築したことではないだろうか。
 それは成功しているといっていい。

 単純なリメイクでもなく安易なオマージュでもない。
 過去の素晴らしい遺産を継承し、そこに新たな生命を与えているのである。
 
 ラストは、ちょっとキュンとした。
 当然、正義は勝つ、愛はすべてを超える、正しいことをすると必ず報われる的な終わり方ではあるけれど、その手塚治虫が伝えたかったメッセージが、きちんと浦沢直樹にも伝播されているように思える。

 やはり只者ではなかった。
 手塚治虫も。
 それから、浦沢直樹も・・・。




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「the sound of the sea」

2009年06月28日 | Weblog
 海が見たくなった。
 日本海側じゃなくて、太平洋の海が見たい。
 夏の太陽に照らされた白い砂浜と、何処までも広がる海岸線。それも人気のない昼下がりの海がいい。

 日曜日の静かな朝のオフィスに立ち寄り、書類を少し整理し、また鍵を掛けて外に出た。
 市内は、靄(もや)が上空を覆っている。
 でも天気予報では、今日は晴れ。暑くなりそうだ。

 早めに八甲田連邦を抜ければ、お昼ごろには海に出られる。
 三沢市の淋代海岸がいい。
 淋代(さびしろ)という悲しい響きが気持ちをそそられる。

 角松敏生のベスト「1981-1987」、山下達郎「Melodies」の2枚だけを棚から取り出して車に積んで来たので、準備は万端。
 冷えたミネラル・ウォーターをコンビニで買い求め、初夏の緑が萌える八甲田の山奥深く入ってゆく。

 山頂に、山が流した涙のような雪が、ほんの少しだけ残っている。
 それさえ、もう数日で跡形もなく消えてなくなるだろう。
 でも、この街の夏は余りにも短い。
 8月上旬のねぶた祭りが終わると、この街には秋風が吹く。

 萱野高原に出た。
 初夏の美しいグダリ沼を見ていこうとも思ったけれど、そのまま窓を全開にして草原の一本道を走り抜けた。

 十和田に入って、そこから三沢市内へ。
 車内の温度計が28度。
 山下達郎の「高気圧ガール」が流れ出したので、ボリュームをフルにした。青い空。太陽の光。眩しく輝く田園風景。

 やがて防風林が見えて来た。
 少し潮の匂いがする。海が近い。

 淋代海岸に出た。
 犬を連れた初老の男性が海岸沿いを散歩している。ほかに誰も人影は見当たらない。
 太平洋が、目の前に広がっている。
 群青色した夏の海。白い砂浜に波が寄せる。海風が心地よい。

 僕は防波堤の上に腰を降ろし、夏の海を黙って眺めている。
 午後の太陽の光が体を撫でる。
 今の、この豊かな時間さえ、すぐに過去の思い出となって僕の前から消えてゆくのだ。

 30分その場所に佇み、また自分の街へと車を飛ばした。
 車庫に車を入れ、無性にサーティーワンのナッツ・トゥ・ユーが食べたくなって、夕暮れ迫る街を抜け、青森駅前へ。

 西の空に、沈みゆく大きな太陽が浮かんでいる。
 ファイア・レッドの大きな太陽。
 こうして、また一日が過ぎてゆく・・・。





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「NO END SUMMER」

2009年06月28日 | Weblog


    時はいつも同じ早さで流れ
    今年の夏もまた 夕陽と消えてく
       
  

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「Wah-wah!」

2009年06月27日 | Weblog
 中心市街地の青森銀行前の大きなデジタル温度計が、28度を示している。
 午後2時ちょうど。
 薄い白のベールを被せたような青空が広がっている。
 太陽は夏の顔を浮かべ、午後の街を照らしている。

 僕は、黒いジョギング・パンツに、真っ白なジョギング・ウエアを着込み、バスタオルを肩に掛けて自転車を漕いで海へと向かう。
 久しぶりに海辺を走る。

 もう何週間ぶりだろうか。
 仕事が忙しく、クタクタに疲れ切っていた。でも今日は久しぶりの休日だ。時間を有効的に使いたい。

 ブログも、いったん11月で閉じようと思っている。勿論、その先は一切考えていない。
 几帳面な割には物凄く我儘なので、どうするかは今のところ全く不透明だけど・・・。
 新しく別な仕立てでブログをやり直すのか、まずは休んでそのままフェイド・アウトしてしまうのか。風の向くまま気の向くままということで。

 青森ベイブリッジの近くに自転車を停め、そのままジョギング。
 気持ちいい! 夏の日差しをいっぱい浴びながら、海辺をゆっくりと走った。
 汗が吹き出た。
 足が重い。筋肉は少し休むとすぐに怠ける。でも走ろう。来週の日曜日は「青森マラソン大会」なのだ。炎天下の21キロは、愉しいけれど疲れも大きい。

 合浦公園を目指した。
 みちのく銀行研修会館の前を通り、公園に入った。
 砂浜に出た。
 泳いでいるひとがいる。サンオイルを塗って、太陽の光を一身に浴びているひとがいる。
 夏だ! 思い切り夏だ! 一瞬の夏だ! 
 これを今は受け止めよう。これを今は全身で受け止めよう。

 約10キロ走って、善知鳥神社の境内に入り、神社の水を所望する。
 美味い! 本当に美味しい!
 これが生きているということだ。

 中心市街地を抜け、家へと戻り、まだ燦々と輝く太陽の下、まちなか温泉へ。
 露天風呂が気持ちいい。
 ゆっくりと熱い湯船に浸かり、髪を洗い、髭を剃り、のんびりと寛いだ。
 土曜日の昼下がりの確かな時間。生きているということ。

 温泉を出ると、携帯に仕事関連の電話履歴が数件入っていた。
 仕方がないので、近くのアウガまで足を運ぶ。やれやれ。参ったなあ。少しも休ませては貰えない。

 その処理が終わると、今度は友人から電話があり、デパートのブティックへ。
 洋服を見立てて欲しいとの事。付き合い、色々とコーディネート。
 お礼にと、近くのお寿司屋さんまで誘われる。
 時間は夜の7時。

 冷たい生ビールが美味い。
 お刺身を頼み、漬物にタコの蒸しもの。

 帰宅したのは夜の9時。
 残念、キムタクのドラマ、見逃しちゃったよ・・・。






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「半夏生(はんげしょう)の頃にはー」

2009年06月26日 | Weblog
 暑い。
 気温が30度近くまで上昇し、風も強い。
 いよいよ夏到来だ。

 7月2日辺りを半夏生(はんげしょう)と呼ぶ。
 夏至から小暑に到る間、半夏(はんげ)という毒草が生えた事からその名が付いたらしい
 露は、この半夏生(はんげしょう)の頃には明けるのだとか。でも最近は、梅雨明けはいつも遅くなる。

 それにしても、色々ある。
 そして、その色々あるのは、いつもいい事ではない。厭な事、煩わしい事、大変な事だけが目の前に重くぶら下がる。
 どうしてこう人生って、苦しい事だけが襲い被さって来るのだろう。ほとほと嫌になる。

 仕事が忙しく、日々ブログを更新する暇もない。
 周りの人間からは、「いいですね、毎日毎日、書くテーマがたくさんあって」と言われるけれど、それだって本当は煮詰まりながら書いているんだけれど。
 今年の11月でちょうどブログを書き始めて5年。
 そろそろ潮時かも・・・。
 
 大きな会議が終わって、執務室に戻り、デスクの横の硝子窓を思い切り開けた。
 まだ日差しが街を照り付けている。時計は5時過ぎだ。

 冷たいビールが飲みたい。
 疲れた体を癒したい。今日は久しぶりに7時頃オフィスを出られそうだ。

 金曜日の夕暮れの街中に出掛け、本屋に立ち寄る。
 やっぱり飲みに行くのは止めるとするか。ジムに行こう、スポーツジム。

 家に帰って夕食を摂り、今度は疲れ切った躯体を引き摺りながら、強引にスポーツジムまで。
 途中のラジオで、マイケル・ジャクソンの死を知った。
 忙しくて、まったく解らなかった。
 そうかあ、亡くなったのかあ。
 色素を取ったり、大火傷を負ったり、拒食症と言われたり、彼は子どもの頃からステージに立ち続け、体を酷使し続けていたようだ。もうガタガタだったに違いない。

 確かに、1982年のプロモーション・ビデオ「スリラー」は傑作だった。
 監督はジョン・ランディス。
 映像も、楽曲も、とにかくすべてが完璧だった。

 死んだのか、マイケル・ジャクソン・・・。
 今夜は、家に帰ったら缶ビールを飲みながら、「オフ・ザ・ウォール」でも聴こうかな。




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コンピレーション・アルバム「Around40~サマフォー」は夏にこそ聴きたい。

2009年06月25日 | Weblog
 夏が来た。
 この季節が一番好きだ(冬だけは大嫌いだけど・・・)。
 暑いなら、どんなに暑くても我慢出来る。
 炎天下、真っ青な青空の下でジョギングするのも大好きだし、海で泳いだり日光浴するのも大好き。
 とにかく、夏が滅茶苦茶大好きなのである。

 そして、夏には夏だからこそ聴きたい曲がたくさんあって、朝、昼下がり、黄昏時、真夜中と、それぞれ時間帯に合わせた曲が存在する。

 コンピレーション・アルバムって、結局はヒット曲や話題になった過去の名曲なんかを寄せ集めているわけで、当然好きな曲もあれば嫌いな曲もあったりする。
 だから、本当は余り好きじゃない。
 でも、夏をテーマにしたコンピレーション・アルバムなら、自然に触手が動いてしまう。
 夏なら何でも許されるのだ。

 今回、ソニーから出た「Around40~サマフォー」は、第2弾目のコンピレーション・アルバムで、第1弾は20万枚も売れたのだとか。

 今回の夏をテーマとしたアルバムも中々いい。
 「夏を待ちきれなくて/TUBE」、「世界でいちばん熱い夏/プリンセスプリンセス」、「私の夏/森高千里」、「夏の扉/松田聖子」、「モニカ/吉川晃司」、「ラストショー/浜田省吾」、「夢をあきらめないで/岡村孝子」、「Moon /REBECCA」、「LA・LA・LA LOVE SONG /久保田利伸」、「あなたに会えてよかった/小泉今日子」、「サマータイムブルース/渡辺美里」、「アクアマリンのままでいて/カルロス・トシキ&オメガトライブ」、「二人の夏物語/杉山清貴&オメガトライブ」、「夏のクラクション/稲垣潤一」という布陣である。

 ちょっと個人的に「うーん」という曲もないではない。
 「モニカ / 吉川晃司」、「夢をあきらめないで / 岡村孝子」などは、ちょっとキツイかも。
 それに、浜田省吾の「ラストショー」自体はまったく問題ないし、今でも時々聴いている名曲中の名曲なんだけど、このアルバムのトータル・イメージを考えると、少しどうかと思ったりしている。

 僕は、「サマータイムブルース/渡辺美里」、「アクアマリンのままでいて/カルロス・トシキ&オメガトライブ」、「二人の夏物語/杉山清貴&オメガトライブ」、「夏のクラクション/稲垣潤一」あたりが大好き。
 これを何度も聴き返している。

 やっぱり、こういう曲を聴きながら夏の空を眺めると、全然景色が違って見える。
 音楽って季節の色までも変えてしまう力を持っているのだ。
 今年の夏は、このアルバムを聴きまくるぞ。





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傑作! 韓国映画「チェイサー」は凄いっ! 今年のベストテン入りは確実かも。

2009年06月24日 | Weblog
 それにしても凄い映画である。
 緊張感を保ったまま、上映時間の約2時間が過ぎてゆく。
 まるで薄氷の上を、そーっと歩いているような恐怖に震える。

 ただ、韓国映画って、どうしてこう慈悲とか救済という部分が一切ないのだろう。
 傑作「グエムルの怪物」もそうだったけれど、最後の最後になっても、カタルシスとか希望とか救いとかを見い出せないまま、バッサリとすべての希望を切り捨ててしまうからだ。

 この映画「チェイサー」を観終えたあとも、何とも表現しにくい怒りやフラストレーションに襲われた。
 翌日、起きてからでも、その憂鬱でやるせない気分が続き、映画の影響は暫く続いている。

 こんな映画も珍しい。
 それほどインパクトのある映画だということだけれど・・・。
 現時点では、今年観た外国映画の中でベスト5に入る出来映え。

 韓国の映画賞を総なめし、ハリウッドでL・ディカプリオ製作によるリメイクも決定した。
 驚愕の新人ナ・ホンジン監督による、衝撃的な猟奇サスペンス映画だ。

 出張売春デリヘルを経営している元刑事のジュンホ。
彼は、店の女の子たちが相次いで失踪する事態に見舞われている。
 女性がいないため、風邪で熱を出している子持ちの女性のミジンに電話して、無理やり出勤してもらい、デリヘルに申し込んで来た一人の男性をあてがう。

 しかし彼は、ふとしたことから、疾走した女の子たちが最後に会ったと思われる客の電話番号が同じ事に気づき、その番号は直前に送り出したミジンの客とも一致していたことを突き止める。
 ミジンとの連絡が取れなくなって心配したジュンホは、真夜中の街でミジンの行方を追う。
 そして、些細な衝突事故を起こしたことがきっかけで、一人の不審な男と遭遇するのだが・・・。

 韓国では観客動員数500万人以上を記録して、大絶賛を博した。
 日本でも、各雑誌などの映画評を見ると、すこぶるその評価は高い。

 とにかく観ていただきたい。
 ただし、前段でも書いたとおり、そこに爽快感とか充実感とか前向きなものは一切ない。
 やりきれなさ、重々しさ、救いのない現実・・・そんな負の感情だけが観終えたあと、心の中に広がってゆくからだ。

 それでも「チェイサー」という映画、これからも様々なかたちで語り継がれてゆくことだけは間違いない。
 傑作である。





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「6月はアスパラガス・グリーン色の街」

2009年06月23日 | Weblog
 テレビでは、川島なお美の豪華な披露宴が映し出されている。
 だんな様は、有名なパティシエなのだとか。
 その彼がこの日のために、毎晩夜中まで丹念に作ったという豪華なウエディング・ケーキが披露宴会場に運ばれ、吃驚した川島なお美が感激で涙している。

 そんな場面が、夕闇迫る部屋の中に流れている。
 セレスト色をした空が、ゆっくりと暮れてゆく。もうすぐ街は夜になる。

 3階の西の窓から、朽ち葉色に染まる街並みを眺めた。
 勝った人間と、負けた人間。
 多くのお金を得た人間と、貧乏を強いられている人間。
 地位と名誉を勝ち取った人間と、地位と名誉を失ってしまった人間・・・。

 何億円も湯水の如く放蕩する人間もいれば、年収わずか数百万円で暮らしている人間もいる。
 今この場で食べるものに事欠く人間もいれば、数万円のディナーを食べ、数十万円のワインを飲みながら、退屈と倦怠の中で生きている人間もいる。

 人間は原罪を負っている。
 知らず知らずのうちに、誰もが何某かの苦行を課し、誰もが無垢のままで誰かを傷つけている。

 テレビの中の川島なお美は、お色直しを繰り返し、今度は新郎と2人、紫陽花の美しい花をあしらったドレスを着て入場した。
 幸せの絶頂なのだろう。
 絶えず微笑を浮かべ、愛する新郎に寄り添っている。

 この絢爛豪華な披露宴生中継を、6月23日火曜日の夜、どんな人たちが観ているのだろう?
 独り寂しく冷えた缶ビールをちびちび飲みながら、仕事で疲れた体をベッドに横たえ、頬杖をついて眺めているアラサーの女性がいるかもしれない。
 また例えば、大好きだった最愛の彼女にふられ、電気も点けずにただぼんやりと彼女との幸せだった日々を想い出し、テレビに映し出される幸福な光景を観ている男性もいるかもしれない。

 それでも人生は続いてゆく。
 煩わしいことは次々と起こり、怒りや苦痛は消えることがない。
 それでも人生はこれからもずっと続いてゆく。

 大金持ちも貧乏な人も、病気の人も健康な人も、やがてこの世界から消えてゆく。人生はそれ以上でもそれ以下でもない。

 今日はとても暑かった。
 明日からも30度まで上昇する日が続くらしい。
 6月はあっという間に終り、今度は7月がこの街にやって来る。
 夏が来るのだ。大好きな夏が・・・。

 些細なことである。
 あらゆることは些細なことでしかない。


 
 

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映画「ターミネーター4」。サム・ワーシントンが儲け役、映画もそれなりに面白い。

2009年06月22日 | Weblog
 「ターミネーター4」の監督が、「チャーリーズ・エンジェル」を撮ったマックGだと聞いた時は、ちょっとがっかりしたけど、伝え聞く前評判では中々評価も高いので、少し期待感も膨らんだ。

 ところが、本国アメリカでは、初登場で第2位。
 「ナイト・ミュージアム2」と同時公開ということがあったのかもしれないが、その「ナイト・ミュージアム2」に1位の座を奪われてしまった。
 別に、興行成績が映画の内容と比例するなんて、そんな馬鹿な事これっぽっちも思っていないけれど、こういうイケイケのアクション映画って、それなりの勢いもまた必要なのかも。
 1億ドルは当然突破しましたが。

 主役のジョン・コナー役にはクリスチャン・ベール(大好きな役者さんのひとりだ)、人間と機械が合体したターミネーターとなるマーカス・ライト役にサム・ワーシントン。
 インタビューによると、当初ジョン・コナー役のクリスチャン・ベールは、出番がほとんどなかったらしい。

 映画を観て、その意味が解った。
 この映画、完全にマーカス・ライト役のサム・ワーシントンのための映画であると断言していい。
 サム・ワーシントン、ブレイクするだろう。

 映画は冒頭、癌を宣告された女性科学者が、死刑囚の男性に対して、死刑執行後に遺体を提供してほしいと依頼するシーンから始まる。
 そして画面は一転、2018年の、人類に反旗を翻したコンピューターネットワーク「スカイネット」による核攻撃を受けた「審判の日(ジャッジメント・デイ)」後の荒廃した世界が映し出される。

 とにかく、戦闘シーンの連続。
 審判の日を生き延びた人類と、「スカイネット」との攻防戦が全編を貫く。
 少し暗めのダークなイメージ映像は監督のマックGらしくないけれど、彼もまた「ダークナイト」の影響を受けたのかも。
 悪くはない。

 敵方の高速バイク型ロボットと、荒野のハイウェイでの大カーチェイスや、大型捕獲ロボットとの攻防戦など、確かに手に汗握る迫力だ。
 そして、ラストの敵のターミネーターとの戦いでのサプライズ!

 ネタバレになるので言えないけれど、前作までの美味しい台詞とか、ガンズ&ローゼズの曲を劇中で隠し味に使ったり、マックG、にやりと笑うような憎い演出を心掛けている。

 ただ、この「ターミネーター4」が「1」や「2」を超えるほどの傑作に仕上がっているかと問われれば、ちょっと戸惑ってしまう。
 そこまで素晴らしい近未来アクション映画にはなっていないからだ。どうしても、前までの作品と比較してしまうのである。

 でも、チープなアクション映画やSF映画を観るくらいなら、こちらを絶対お勧めする。
 満足して劇場を出て行けるくらいの面白さは、この映画には十分あるからだ。






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「スーパーマン」

2009年06月21日 | Weblog





       どんな距離も わたしには一瞬!



                           






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「twilight of my life」

2009年06月21日 | Weblog
 海が凪いでいる。
 青森港の新中央埠頭の先端に車を停め、音楽をかけながら独り海を眺めた。

 日曜日の夕暮れ時。
 埠頭が南北を貫くように伸びている。
 西の空を仙斎茶色の雲が囲み、緋色の太陽を隠し、雲の隙間からは淡い光線が海を刺している。

 何故、いつもこんなふうに惑い彷徨っているのだろう?
 何を変えたくて、何を棄ててしまいたいのだろう。自分でも解らなくなってくる。

 偶然、友人夫妻と出会った。
 ウォーキングをしているのだ。2人、揃いのジャージを身に纏い、埠頭の先から僕の車の脇を通り掛ったのである。

 「お前、こんな時間、独りぼっちで何たそがれてんの?」
 友人が笑いながら近づいて来た。
 「仲がよろしいようで」
 僕は皮肉っぽく笑って返した。

 友人夫妻は、少しの間、近況を話し、額に汗を薄っすらと浮かべながら、じゃあねと、また早足で去ってゆく。
 幸せそうな後姿だ。
 2人、ウォーキングをしながら何事かを問い掛け合い、大きな声で笑っている。

 夕陽が、青函連絡船「八甲田丸」と凪いだ湾内の水面をクロームオレンジに染め上げている。
 ウォーターフロントと、その先の中心市街地のビル群に、微かな明かりが灯り始めた。

 この寂しさは何だろう? それから、この虚しさはなんだろう?
 心がざわめく。心が軋んでゆく。

 俺の人生。俺の日常。俺の生活。
 今頃、この空の下では、たくさんの、日曜日の夕方の楽しい一家団欒が繰り広げられているのだろうか?
 他人がみな、幸せで愉しそうに見える。
 俺だけが不幸で、みんなから孤立しているように思えてしまう。

 でも、それは甘えである。
 演技である。
 ほんとは、そんなこと、ちっとも思っていないくせに!
 ほんとは、自分好きで、自分が一番愛しいくせに!

 黄昏が迫る。
 親子連れが、釣竿を仕舞い、帰り支度を始めている。
 中年の男性が独り、竿を海に投げ込んだまま、頬杖をついて暮れゆく海を眺めている。

 すべてをチャラにしたいんだ。
 はじめから何もかもやり直したいんだ。
 何故、それが俺には出来ないんだ?



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伊坂幸太郎の同名小説を化した映画「重力ピエロ」。及第点は取っているけれど・・・。

2009年06月20日 | Weblog
 冒頭のシーンがいい。
 そして、それがラストシーンと鮮やかに絡んで来るのだけれど。

 映画「重力ピエロ」は、重い主題を扱っている。
 その息苦しいほどのテーマを、監督である森淳一は深刻ぶらずに、瑞々しい青春映画の匂いを漂わせながら描いてゆく。
 そこは確かに正解だと思う。

 仙台の街で、次々と連続放火事件が起こる。
 テレビ取材が駆けつけるなか、不思議なことに、放火現場の近くには必ず奇妙なグラフィティアートが描かれていた。

 その仙台市内で、公務員の父親と暮らしている泉水と春という二人の兄弟がいた。
 兄は気弱で何事にも消極的だったが、遺伝子を取り扱う企業の研究室に勤務していて、もう一方の弟の春は高校生で、活発で正義感が強く、異常なほど女性にもてる。

 春は、悪戯で誰かが書き殴るグラフィティアートを消すアルバイトをしているうちに、アートと放火が繋がっている事を突き止め、兄と2人、警察には頼らず連続放火犯を捕まえようと試みるのだが・・・。

 映画は、徐々に、優しい父親と2人の兄弟に秘められた謎を明らかにしてゆく。
 父親は癌を宣告されていて、亡くなった母親には辛く悲しい過去があった。それらの悲劇が、現在の放火事件と交互にわたしたちへ提示されるのである。

 兄の加瀬亮もいいけれど、弟役の岡田将生もいい。
 それから、心優しい父親役の小日向文世、母を演じる鈴木京香、ストーカー役を演じる吉高由里子。
 みんな、それぞれにいい味を出している。

 それにしても、渡部篤郎、この人は一体どうしてしまったんだ? あの「スワロウテイル」の頃のかっこよさは何処に消えてしまったのだろう。残念だ。
 今回は、美味しい役回りだったと思うんだけどなあ。

 深刻で重い内容なのに、何処か明るさが漂うのは、ひとえに監督の手腕かも知れない。
 ただ、イマイチ乗り切れないのは何故だろう。
 及第点はあげられるのだが、全体的に淡白なのだ。
 小説自体を読んでいないので何とも明言は出来ないけれど、錯綜するストーリー展開をもうちょっと焦点を絞って濃淡を付けたら良かったのかも。
 最後の大団円も、感動とまではいかなかったし・・・。

 でも、伊坂幸太郎の描く物語って、ほんと独特の世界観がある。
 「ゴールデン・スランバー」なんて、凄く面白い小説だった。
 出来れば「「ゴールデン・スランバー」、是非映画にして欲しい。
 これは、絶対、観てみたい。





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「金曜日の夜の悲しいプッカ」

2009年06月19日 | Weblog
 仕事がめちゃめちゃ忙しい。
 色んな案件が目の前を飛び交い、時間だけが獲物を追い駆ける餓えた豹のように猛スピードで過ぎ去ってゆく。

 ああ。
 遊んでいたい。疲れるまで遊び呆けていたい。享楽の限りを尽くして朽ち果てたい。
 一生、ジョージ秋山の漫画「はぐれ雲」のように生きていけたら幸せだろうなあ。ただ流れるままに。気ままなその日暮し・・・。

 そういえば、今日は「桜桃忌」。太宰治生誕100周年である。
 太宰も改めて全部読み返そうと思っていたのに、こうして仕事に追われ、結局叶わない。
 小説も書けず(それは単なる言い訳だけど)、本も読めず、ジムにも通えず、時だけが無情に流れてゆく。

 なんていうか、時間の感覚がない。
 変化がないのだ。のっぺらぼうな日常。
 日々、ひたすら忙しいだけで、そこに濃淡も、機微も、変化も何もない。

 毎日が日曜日だったころが懐かしい。
 東京で暮らしていた頃は、毎日が日曜日だった。
 よく遊び、全然勉強などしなかった。
 朝まで起きていたので、昼と夜がまったく逆になり、朝刊を読んでからベッドに入って眠ったものだ。

 それにしても毎日よく眠ったなあ。何であんなに眠れたのだろう。
 10時間は寝てただろうか。起きると飯を食い、街に出て、ひたすら遊び呆けた。
 東京の街はひかり輝いていた・・・と単純に思い込むのは、単に懐かしさから来る記憶の嘘なのだと重々認識してはいるんだけれど。
 ノスタルジィは虚構でしかない。だから青春という名の日々だって、記憶が嘘をついているだけだ。あの頃も今と同じように、本当は辛くて孤独で切なかった。

 なんてことを、ぼんやり考えながら、オフィスで独り、仕事をしている。
 時間は、とっくに夜の11時を過ぎている。6月19日金曜日の夜。
 ビルの大半は電気が消えている。真っ暗な夜空には、星さえ見えない。

 こうして、一つずつ僕は歳を取る。
 そしていつのまにか、振り返ってもそこには誰もいなくなる。

 夜の静かなオフィスに、僕が叩くパソコンのキーボードのカタカタという乾いた音だけがこだまする。
 しーんとしている。ほかに何も聞こえない。

 夕食も食べてない。でもお腹は全然減ってない。
 デスクの引き出しを開けたら、今朝売店で買っておいた、明治製菓の「プッカ」が入っていた。仕方がないのでそれを摘んだ。
 むしゃむしゃむしゃ。
 切ない音だなあ。

 悲しくなってきた・・・。






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映画「それでも恋するバロセロナ」。僕はウディ・アレンの映画が大好きなのだっ!

2009年06月18日 | Weblog
 仕事を辞め、気楽な生活を送るようにもしなれたとしたら、僕は、大好きな映画監督別のDVDをコツコツ揃え、それをゆっくり観直したいと思っている。
 ルキノ・ヴィスコンテイ、イングマル・ベルイマン、アラン・レネ、ルイ・マル、それから小津安二郎、黒澤明、溝口健二・・・などなど。

 そして、やはり全作品のDVDを揃え、少しずつ楽しみながら観直してみたい監督がいる。
 ウディ・アレンである。
 僕は彼の映画が大好きだ。

 ウディ・アレンの映画って、物凄い傑作もたくさんあるけれど、何か適当に作ってみました的な、明らかに手抜きしたような映画もまた多くある。
 でも、そこがまたいいのである。
 駄作や凡作も愛しく思える。
 彼の人生観みたいなものが、どの映画の中にも静かに流れているからだろう。そこがいい。

 そして待望の、ウディ・アレンの新作が公開される。
 「それでも恋するバロセロナ」。彼の作品にしては、中の上という感じなか。
 どっちかと言えば、余裕で撮ってみました的作品となるのだろうか。でも僕は好きだ。
 初めてバルセロナを舞台に撮り上げたロマンティック・コメディである。

 バカンスでスペインを訪れた対照的な2人のアメリカ人女性。
 そこに、プレイボーイの中年画家、激しい感情を持て余しているその元妻が加わって、男性一人に女性3人が繰り広げる、込み入った恋愛模様が描かれてゆく。

 出演は、「ノーカントリー」のハビエル・バルデム(これがまたいい味を出している)、ペネロペ・クルス(この人も一皮剥けたね)、スカーレット・ヨハンソン(ますます綺麗になりました)、レベッカ・ホール(彼女の存在がこの映画を引き立てている要因の一つだね)。
 ペネロペ・クルスは、この映画でアカデミー賞助演女優賞をはじめとする数々の映画賞を受賞することにもなった。

 とにかく、会話の上手さ(つまり脚本の素晴らしさということにも繋がるのだろうけれど)には恐れ入る。
 粋である。洗練されている。脚本だけを別に読んでみたくなるほどだ。
 その研ぎ澄まされた会話の妙に、思わず唸ってしまった。さすがウディ・アレン!

 恋愛経験が豊富な人ほど、この映画の中で飛び交う台詞に、はっとしたり、微笑んだり、赤面したりする回数が多くなるのでは。
 何回、映画を観ながら「巧いっ!」って心の中で叫んだ事だろう。

 好きだなあ、僕は「それでも恋するバロセロナ」。
 この映画のハビエル・バルデムを大嫌いな女の人って、かなり多いと思うけど。
 でも解るんだよね、こういう男心・・・。
 うん。



 

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