3月も今日で終わる。
4月1日の日曜日、明日からはいよいよ新年度。新しい一年間がスタートする。爽やかな春がこの街にもやって来るのだ。
僕はこれまでにも、節目節目で、長かった髪の毛を突然バッサリ切り落として丸坊主にしてみたり、それまで持っていた数多くのCDやレコードや本や雑誌を売り払って部屋の中を綺麗サッパリ片付けたりと、自分自身を変えたくて様々な試みをしてきたように思う。
でも、また何日、何週間、何ヶ月かすると、その志は元の木阿弥に戻ってしまい、怠惰でいい加減な日常生活へと埋没することになる。
何ヶ月か断酒をしてみたこともあった。毎朝、6時に起床して春夏秋冬、雨の日も風の日も吹雪の日も、外を走ろうと決めたこともあった(実際やったけど)。
そして、それらもまた長続きすることなく、結局また僕は廃頽的(そこまでではないけれど)でフヤケた、いい加減な生活へと戻っていったのである。
別に平凡で穏やかな生活を否定している訳じゃない。
そういう人生こそが理想だと心の底から今では思っている。特に「般若心経」を読んでからは。
それはそれでいい。正しいと思う。
しかし、だからといって、決してこのままでいい筈がない。それもまた確かな事実だ。
僕は、物事が順風満帆に進んできたりすると、何故か逆に猛烈な不安に襲われてしまう。とても厄介なことに。
自分を虐めて人生のバランスを保たないと、平衡感覚を失い、精神的に不安定な状況に陥ってしまうのである。どうしようもないほど馬鹿なことに。
毎日のように映画やテレビを観続け、ジムに通って体を鍛え、ジョギングをし、漫画や本を読み、ゲームをやり、夜の街を徘徊し続けることに、僕はなんとなく飽きたようだ。
それから、毎日きちんとブログ日記を書き続けてゆくことに対しても。
心底疲れてしまった。と言いつつ、そのうちまた繰り返してゆくのだろうけれど。
俺は自分の夢を諦めている。
このままの生活を良しとしている。
安易な道を求め手を抜こうとしている。
いい気になっている。
適当な所で休もうとしている。
そんなことでいいわけがない。原点に戻らないと。全てを仕切り直さないと。安穏としていていいわけがない。
怠惰で快楽主義のソクラテスならまだいいけれど、太って(肉体がという意味ではありません。念のため)、美味い料理を貪り食うような豚だけには絶対なりたくない。
もう時間がない。
戦いのための戦法を少し変えてみよう。もっと真剣に戦略を練ってみよう。
どうするか? それは秘密です。
虚構の場所では虚構の顔。
でもその場所が、空しさだけが募る虚構のフィールドだとしても、そこに何某かの「楽しさ」や「面白さ」を見出せないとしたら、それはそれでちょっと辛いだけだろう。
いつかは死ぬのだ。誰も彼も。
だとしても、魂だけは売りたくないね。
4月1日の日曜日、明日からはいよいよ新年度。新しい一年間がスタートする。爽やかな春がこの街にもやって来るのだ。
僕はこれまでにも、節目節目で、長かった髪の毛を突然バッサリ切り落として丸坊主にしてみたり、それまで持っていた数多くのCDやレコードや本や雑誌を売り払って部屋の中を綺麗サッパリ片付けたりと、自分自身を変えたくて様々な試みをしてきたように思う。
でも、また何日、何週間、何ヶ月かすると、その志は元の木阿弥に戻ってしまい、怠惰でいい加減な日常生活へと埋没することになる。
何ヶ月か断酒をしてみたこともあった。毎朝、6時に起床して春夏秋冬、雨の日も風の日も吹雪の日も、外を走ろうと決めたこともあった(実際やったけど)。
そして、それらもまた長続きすることなく、結局また僕は廃頽的(そこまでではないけれど)でフヤケた、いい加減な生活へと戻っていったのである。
別に平凡で穏やかな生活を否定している訳じゃない。
そういう人生こそが理想だと心の底から今では思っている。特に「般若心経」を読んでからは。
それはそれでいい。正しいと思う。
しかし、だからといって、決してこのままでいい筈がない。それもまた確かな事実だ。
僕は、物事が順風満帆に進んできたりすると、何故か逆に猛烈な不安に襲われてしまう。とても厄介なことに。
自分を虐めて人生のバランスを保たないと、平衡感覚を失い、精神的に不安定な状況に陥ってしまうのである。どうしようもないほど馬鹿なことに。
毎日のように映画やテレビを観続け、ジムに通って体を鍛え、ジョギングをし、漫画や本を読み、ゲームをやり、夜の街を徘徊し続けることに、僕はなんとなく飽きたようだ。
それから、毎日きちんとブログ日記を書き続けてゆくことに対しても。
心底疲れてしまった。と言いつつ、そのうちまた繰り返してゆくのだろうけれど。
俺は自分の夢を諦めている。
このままの生活を良しとしている。
安易な道を求め手を抜こうとしている。
いい気になっている。
適当な所で休もうとしている。
そんなことでいいわけがない。原点に戻らないと。全てを仕切り直さないと。安穏としていていいわけがない。
怠惰で快楽主義のソクラテスならまだいいけれど、太って(肉体がという意味ではありません。念のため)、美味い料理を貪り食うような豚だけには絶対なりたくない。
もう時間がない。
戦いのための戦法を少し変えてみよう。もっと真剣に戦略を練ってみよう。
どうするか? それは秘密です。
虚構の場所では虚構の顔。
でもその場所が、空しさだけが募る虚構のフィールドだとしても、そこに何某かの「楽しさ」や「面白さ」を見出せないとしたら、それはそれでちょっと辛いだけだろう。
いつかは死ぬのだ。誰も彼も。
だとしても、魂だけは売りたくないね。