淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

「悦楽的音楽生活」21/「吉田美奈子」の「FLAPPER」

2008年05月31日 | Weblog
 吉田美奈子はいい。
 彼女のアルバム「FLAPPER」は1976年にリリースされた。
 僕は、大瀧詠一の名曲「夢で逢えたら」が収められたこのアルバム「FLAPPER」が、最初に買った彼女のアルバムということになる。
 そういう意味で印象に残るアルバムだ。

 はっきり言えば、このアルバム自体そんな素晴らしい出来ではない。彼女には、凄い曲がたくさん詰まった、これよりも素晴らしいアルバムが、ほかにもたくさんある。
 B面の一曲目に入っていた大瀧詠一の「夢で逢えたら」だけが余りに突出していて、他の曲とのバランスを欠いているし、トータル・コンセプトもちょっと悪い気がする。
 「夢で逢えたら」は、その後、鈴木雅之ら様々なアーティストによって歌い継がれ、今でもその輝きは失っていない。

 「FLAPPER」の次に出した「TWILIGHT ZONE」、そしてそこから怒涛の如く次々と繰り出された傑作アルバムの数々、「LET'S DO IT」、「MONOCHROME」、「MONSTERS IN TOWN」、「LIGHT'N UP」・・・。
 いわゆる、吉田美奈子における中期の作品群ということになるのだろうか。ポップで聴きやすく、メロディ・メーカーとしての彼女の才能が爆発している。

 そしてその後、彼女の音楽はもっと深化し、R&Bやゴスペルやソウルをベースに据えた、聴きやすさや艶やかさはないものの、通好みで玄人受けする音楽へと変貌してゆく。それはそれで、僕は好きだ。

 あの頃、僕はアパートの2階から、遠くに見える巨大な水道タンクをぼんやりと眺め、「夢で逢えたら」を何度も繰り返し聴いたものだ。
 未来はとても不確かで、まるで霧の中を彷徨っているような気がしたけれど、僕はそれほどこれからの人生自体を怖がってはいなかったように思う。

 今聴くと「夢で逢えたら」という甘くてメローな曲、本当は悲しくて絶望的な曲なのではないか、そんな気もしてくる・・・。




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「悦楽的音楽生活」20/「ロン・ウッド」の「Gimme Some Neck」

2008年05月30日 | Weblog
 ロン・ウッドは、ローリング・ストーンズのギタリストだ。
 キース・リチャーズの影に隠れているとはいえ、ロック界においてその音楽的才能が高く評価されているアーティストの一人である。

 僕はロン・ウッドのライフ・スタイルに憧れる。
 勿論、実際に言葉を交わしたわけでも実生活を覗いたことがあるわけでもない。あくまで、マスコミ報道やインタビュー等で漏れ聞く範囲内から想像してのことだ。

 彼のエピキュリン的人生観、楽観的で前向きで、陽気に毎日を楽しく過ごす・・・そんな印象を受けるのだ。
 そりゃ確かに、彼はアルコール依存症で、破天荒でいい加減な生き方をしてきたようである。エリック・クラプトンと女性を巡っての三角関係や、滅茶苦茶なパーティ三昧など、彼の周囲は絶えず騒がしい。

 でも思うのである。
 人はいつか死ぬ。どうせ人生は一夜限りの派手なパーティでしかない。それなら生きてるうちに思い切り楽しんでやる。
 そんな姿勢が、彼の人生には見て取れるのである。

 「Gimme Some Neck」は、そんな彼のソロ・アルバムの中の一枚だ。
 僕はこのレコードのジャケットがいたく気に入って、出たばかりの輸入盤を買った覚えがある。発売当時、ミック・ジャガーの奥さんのヌード・イラストが描かれていたことも話題になった。

 このアルバムもまた、彼のイカした人生観が投影されていて、中々渋い。
 7曲目の、ボブディランの作った「Seven Days」が、超カッコいい。




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「悦楽的音楽生活」19/「キース・ジャレット」の「The Köln Concert」

2008年05月29日 | Weblog
 当時通っていたジャズ喫茶で、このキース・ジャレットの即興ピアノによるドイツのケルン市でのコンサート・ライブを聴いたとき、ちょっと鳥肌が立った。
 それほど、この人の弾くピアノの、リリカルで、透徹で、美しい音色に心を惹かれてしまったのである。

 キース・ジャレットの「The Köln Concert」は、余りにもお客のリクエストが殺到し、全国各地のジャズ喫茶で、「リクエストお断り」の張り紙が張られるという珍事まで巻き起こした。

 僕も、この「The Köln Concert」をきっかけに、キース・ジャレットを追い続け、10枚組コンサートのアルバムまで買ってしまったほど。

 本当に彼の奏でるピアノは美しい。
 真冬の雪に塗れた高原のようだ。何処までも真っ白な雪に覆われた高原。イメージする色は純白。静謐で透き通っている・・・。

 僕は、その後、彼のクラシック・アルバムも結構買い求め、今でも時々取り出しては聴いている。

 ジャズはちょっと・・・と、しり込みしている聴かず嫌いの人でも、発売当初は2枚組だったのがCDとともに1枚にまとめられてしまったこの「The Köln Concert」だけは、深く心の中にまで染み込むのではないか。

 何もかもが純化される。
 そんな感じだ。




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「悦楽的音楽生活」18/「リッチーブラックモアズ・レインボウ」の「銀嶺の覇者」

2008年05月28日 | Weblog
 懐かしい。涙が出る。
 ハードロック・バンド「ディープ・パープル」の超人気リード・ギタリストだったリッチーブラックモアが、バンドを脱退して放ったファースト・アルバムが「銀嶺の覇者」。

 「銀嶺の覇者」なんて言葉、今改めて口にすると赤面してしまう。何か恥ずかしい。
 どちらかというと、ハードロック系、ヘビメタ系のアルバムタイトルって、仰々しくてド派手なものがやたらと多い。まあ、格好も物凄いけれど・・・。

 「ディープ・パープル」が大好きだったので、当然、そのグループを脱退したとはいえ、リッチーブラックモアも常に追いかけていた。この「銀嶺の覇者」のアルバムも、よく聴いた。評価としては次のアルバムのほうが断トツで高いけれど。

 何処となくクラシカルな部分もあって、しかもメロディアス。ギターは当然の如くハードにリフされ、ボーカルも激しくシャウトするけれど、このジャンル特有のこってり感やしつこさはない。
 その点が、異常に日本国内で大人気を博した原因だろう。

 僕も、初来日における日本武道館コンサートに行った。同じくロックが大好きな女の子と一緒に出掛けた覚えがある。
 なんか、今こうして改めて考えると、あの頃、音楽や生き方、そのほか何に対しても純粋で、毎日の生活も生き生きと光り輝いていたように思えてしまう。

 そんなの、幻想なのにね・・・。
 悲しいね・・・。



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「悦楽的音楽生活」17/「山下達郎」の「FOR YOU」

2008年05月27日 | Weblog
 山下達郎のこれまで数多発売されたアルバムの中の最高傑作というより、日本ポップス史上、永遠に輝き続ける傑作サマー・アルバムだろう。

 いきなり流れる、青空の彼方まで突き抜けるようなギターのカッティングと、それに続く達郎のアップテンポな爽やかメロディが素晴らしい「SPARKLE」から始まって、必殺の「LOVELAND, ISLAND」、そしてメロウでいて蕩けるほどにスイート、極上のスロー・ナンバー「YOUR EYES」でフェイド・アウトする、その全体構成の美しさ。

 すべての曲がシングルカットできる!
 これこそ夏の音楽。これこそ究極のサマーワールド。明るくて、前向きで、何もかもがキラキラと光り輝いている!
 勿論、山下達郎は、この「FOR YOU」のほかにも、「Melodies」も「BIG WAVE」も「僕の中の少年」も「ARTISAN」も、全部好き。

 しかし、達郎の音楽は「FOR YOU」以降、少しずつ内省的、少年回帰、ウエットになってゆく。それはまたそれで大好きなんだけど・・・。
 明るい夏のイメージのアルバムも、秋や冬を連想する少し落ち着いたアルバムも、どちらも白黒つけがたい。

 「FOR YOU」もまた困ったアルバムではある。
 ユーミンと同じで、この曲のイメージを僕は実生活においてもまた肥大化してイメージし、その「理想郷」を激しく追い求めてしまう。
 そうなると、また襲って来るのである。現実と理想の激しい落差による、空虚感や喪失感が・・・。

 一度でいい。本当に一度でいい。
 この音楽に流れているような素晴らしい一日、そんな一日を迎えることが出来たのなら、何て幸せだろう。
 それで構わない、たとえ死んだって悔いはない。



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「悦楽的音楽生活」16/「ベン・ワット」の「North Marine Drive」

2008年05月26日 | Weblog
 冬の寒い日、雪がちらつく凍てついた灰色の街を抜け、車で独り静かに海岸線を走る。
 車内は暖房が入っていて暖かく、少し曇ったフロント硝子を火照った手で擦ると、目の前に北の荒れた海が飛び込んでくる・・・。
 「ベン・ワット」の「North Marine Drive」は、そんなイメージだ。
 
 ベン・ワットは、トレーシーソーンと組んで、「エヴリシング・バット・ザ・ガール」という洒落た名前の男女ユニットを組み、大ブレイクした。
 世のミュージック・シーンは、それまでのパンク・ニューウエーヴの暴風雨が過ぎ去り、その反動からか、ネオ・アコースティックのような枯れた音楽が静かなブームとなってゆく。

 生ギターと最低限の楽器だけが控えめに響き、あくまでも穏やかでもの悲しげなヴォーカルがそれにゆっくりと絡む。
 そこには激しい憤りも、掲げる主張も、高らかに叫ぶ抗議の雄叫びもない。あるのは、燃え盛った炎のあとに訪れる静謐な沈黙の時間。諦めと醒めた想い。ただそれだけ。

 「エヴリシング・バット・ザ・ガール」名義ではなく、ベン・ワット個人として発表したアルバム「North Marine Drive」。
 僕は凄く気に入っている。
 疲れたとき、何も考えずにぼーっとしていたいとき、起き掛けの初冬の寒い朝、僕はこのアルバムを取り出して聴く。

 少し淋しくなる。
 アンニュイで、孤独な心の奥底にこの音は静かにそっと触れてゆく・・・。



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「悦楽的音楽生活」15/「イーグルス」の「One Of These Nights: 呪われた夜」

2008年05月25日 | Weblog
 僕が初めて買った「イーグルス」のアルバムが、「One Of These Nights: 呪われた夜」だった。
 何度も何度も、繰り返して「呪われた夜」を聴き狂った覚えがある。

 アメリカの西海岸サウンドは、雑誌「ポパイ」や「ホットドッグ・プレス」などの影響も加わり、爆発的なブームとなった。
 ロスやサンフランシスコの、一年中雨が降らないような青空の下に響き渡る、カントリー・フレイバー溢れるフォークっぽいサウンドを基底にした独特の乾いた音。

 北国の湿った世界にどっぷりと浸かった人間にとって、この手の音楽は遥かなる「黄金郷」を妄想させる。
 勿論、そんな世界は単なる蜃気楼でしかないのだけれど・・・。

 「イーグルス」といえば、名作「ホテル・カリフォルニア」ということになるのだろうが、僕はこの「One Of These Nights: 呪われた夜」も大好きなアルバムの中の一枚だ。

 ドン・ヘンリーのしっとりとしたヴォーカルも好きだったけど、個人的なご贔屓はグレン・フライのほう。
 彼の解散後のソロアルバムも大好き。
 聴きこんだ回数は、こっちのほうが上かもしれない。

 イーグルスは、僕の一番濃かった時期と符合する。
 懐かしく、そして少しだけ苦い味がするのだ。



 

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「悦楽的音楽生活」14/「スウィング・アウト・シスター」の「BEST」

2008年05月24日 | Weblog
 ベストアルバムって好きじゃない。
 何かお手軽に「いいとこ取り」しているようでもあり、アーティストにとっての、これまでの血と汗の結晶である何枚かのアルバムの表面的な部分だけを凝縮して集めているようで厭なのだ。
 でも、あらゆるアーティストの全てのアルバムを買うわけにはいかないので、仕方なく「ベスト」を買い求めることだって当然有り得る。

 「スウィング・アウト・シスター」の「BEST」。
 このアルバムはお洒落である。
 何処か素敵なバーで、綺麗な夜景を眺めながら恋人と2人で美味しいお酒を飲んでいるときなんか、BGMで流れていたりすると雰囲気が倍増しそうだ。

 「スウィング・アウト・シスター」のサウンドは、いかにもイギリスの上質なブリティッシュ・ポップスと、R&Bと、ブラック・ミュージックと、ヴォサノバと、ジャズを丁寧にミックスしたような感じがしてグッとくる。

 僕が大好きなのは一曲目の「あなたにいてほしい」と、7曲目の「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー」。
 「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー」は、確か山下達郎もカヴァーしている68年の名曲。
 だ~いすきっ!

 勿論、そのほかの曲もすべていい。何たってベストアルバムである。
 濃縮100%ジュースのようである。

 こういう、洗練されていて都会的な音楽は、絶対「秋」がいい。
 例えば、秋の紅葉が美しいニューヨークのセントラル・パークなんかを恋人と手を繋ぎながら聴いたら最高かも。

 行きたいっ! ニューヨーク!



 

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「悦楽的音楽生活」13/「エリック・クラプトン」の「461OCEAN BOULEVARD」

2008年05月23日 | Weblog
 エリック・クラプトンの「エリック・クラプトン自伝」を読んだ。
 これは凄い自伝である。
 波乱万丈というか、凄まじさの極致というか、こんなジェット・コースター人生、普通の人間の数倍の忙しなさだ。

 彼は、ビートルズのジョージ・ハリスンの奥さん、パテイ・ボイドに一目惚れしてしまい、気が狂ったように彼女に求愛するのである。
 その激しさといったらもう。

 そしてそこから、一曲の素晴らしい名曲が生まれる。
 「いとしのレイラ」だ。
 エリック・クラプトンは、その燃え上がる想いを歌に託したのである。パテイ・ボイドに向けた、とても美しいラブソングとして・・・。

 その後の2人、いや3人の愛の顛末は教えない。
 本を読んでほしい。衝撃的な結末を迎えることになる。
 僕は意地悪なので、ここでは絶対言わないもんねえ。

 彼は精神的なプレッシャーや荒んだ心を埋めようと、ドラッグや酒に溺れ、やがて廃人のようになってしまう。
 その悪夢から抜け出し、カムバックを果たし、世に送り出したアルバムがこの「461OCEAN BOULEVARD」だ。

 ちょっとレイドバックしたような、ルーズさと開放感がこのアルバムには漂っている。
 ボブ・マーリィの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカバーした曲はビルボードの一位を獲得する大ヒットを飛ばし、そのほかの曲も中々渋い。

 僕はこのアルバムを、夏休みに帰郷した際、今ある映画館「シネマ・ディクト」の近くにあった国道沿いのレコード屋さんで見つけた。確か・・・。

 レイドバックという言葉が新鮮だった。
 でも、その当時、僕はエリック・クラプトンのそんな凄まじい恋愛模様なんて勿論知る由もなかった・・・。
 人生の落とし穴や危険な罠なんて知らない、ただの能天気で、突っ走るだけの馬鹿な若者だったのである。





 

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「悦楽的音楽生活」12/「マイルス・デイビス」の「 Agharta 」

2008年05月22日 | Weblog
 ジャズを聴きたくなる時期って波がある。
 突然、その音が欲しくなり、様々なアーティストを追い求める事もあれば、まったく聴かない時期もあったりする。
 ただ、僕の場合、ジャズのジャンルにはそんなに深く踏み入れていないので、聴きたくなるとちょっと大変なことになる。膨大な数のアルバムの中を漂う破目に陥るからだ。お金も掛かる。

 マイルス・デイビスの「アガルタの凱歌」(発売された当時のタイトル)を初めて耳にしたときは度肝を抜かれた。
 恐ろしいほどに、ファンキーで、黒っぽくて、エレクトリックでヘヴィだったからだ。
 ロックを聴いてきた人間にもすんなりと溶け込めた。
 このアルバムは日本の大阪でのライブ演奏で、もう一枚「パンゲア」という2枚組アルバムも発売されている。こちらも素晴らしい。

 僕は「ジャズ喫茶」(今は完全に死語ですか)が大好きで、よく通ったものだ。
 薄暗い洞穴のようで、大音響でジャズをかけ、私語は一切禁止という新宿の店が当時あって、そこには頻繁に出掛けて行った。
 京都や札幌や博多に旅行した際も、ジャズのかかる店を探したりした。何故か見知らぬ土地で、そういう店を探してふと入るのが大好きなのである。
 あの異様な雰囲気の中で、客が全員物凄い集中力で聴いていたりする。近頃ではそういう聴き方をしている人って皆無だが・・・。

 今でも、友人が経営しているジャズを流すBARには、ほとんど毎日のように通っている。
 僕は、勝手にその場所を「避難所」と呼んでいるのだけれど・・・。




 

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「悦楽的音楽生活」11/「荒井由実」の「MISSLIM」

2008年05月21日 | Weblog
 ユーミンを初めて聴いたのは、池袋のパルコにあったレコードショップだった。
 ファースト・アルバムの「ひこうき雲」である。そのときはそれほど心に響いたというわけではなかった。勿論、悪くはなかったけれど・・・。

 そんなある日、僕は池袋大山にあるアパートで、独り炬燵に入りながら聴いていた夜のFMからふと流れたユーミンの「12月の雨」に物凄い衝撃を受けた。
 自分が求め続けていた「音」だったからである。
 何なんだ? この余りにも無垢で肯定的で都会的なメロデイは! 青春は煌びやかで、空はどこまでも青く美しい!

 明日発売されるセカンドアルバム「MISSLIM」ということが分かり、次の日、即買い求めた。
 つまり僕は、この人のサウンドやメロデイに、この人のライフ・スタイルに(当然、イメージとしての)、縛り付けられ、ある意味、長い間ずっと悩み続けることになる。

 そりゃあそうだろう。
 憂鬱な空と雪が降り続ける、東北の最北端の県庁所在地から、希望と夢を抱いてやって来た「東京」という街に感じ始めた大きなギャップ・・・。そこは「約束の地」でも、「夢を実現化されてくれる街」でもなかったのだから。
 それでも、スピーカーから流れるユーミンの世界は、明るく、華やかで、美しい。東京は光り輝く洗練された街として僕の目の前を闊歩している。

 僕は荒井由実、松任谷由実のアルバム、コンサートDVD、ビデオ、その全てを持っている。
 ベストアルバムも、それから再発された初期の全集も、今となっては超高価な値段が付くプレミアのCD「ダディダ・ライブ」も当然持っている。

 いつかは自主出版でもいいから、「ユーミン論」を、風土論、地域論と絡めながら書きたいとさえ、真剣に思っている。

 その僕が言うのである。
 荒井由実の「MISSLIM」。
 人生を変えた何枚かのアルバムの中の一枚である。
 いやほんと。

 でも、まだその「東京」という呪縛から脱出できないのである、この俺は。






 

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「悦楽的音楽生活」10/「ネッド・ドヒニー」の「Hard Candy」

2008年05月20日 | Weblog
 1976年に発表され、今の時代にも語り継がれているAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)と呼ぶジャンル(こういう色分けってあまり好きじゃないけれど)における最高傑作アルバム、それが「ネッド・ドヒニー」の「Hard Candy」である。

 夏の匂いがここまで届いてきそうな素晴らしいジャケット写真。勿論、曲も素晴らしい出来栄え。レコード・ジャケットだけでも欲しくなってくる。
 下地に、ソウルと上質なポップ・ミュージック。オッシャレーで洗練されていて、どこまでも肯定的な音。

 つまりそれはこういうことなのだ。
 僕が常に頭の中に描く、理想のライフスタイル・イメージなのである。理想郷なのだ、このジャケットから醸し出されてくるすべては。
 それは、雲ひとつない青空と輝く太陽に彩られた真夏の風景。その風景と同じように、心の中にもわだかまりや悪意や苦恨は一切ない。すべてが晴れ晴れとしている。それらが、このアルバムから強烈な力を持って発光してくる。

 そういう明るいイメージと、そこから乖離する今の自分の暗い気分。それが僕を始終苛立たせるのだ。
 だからこそ、絶対に幻想でしかない世界だと知ってはいても、そんなありえない「夏」を激しく希求し続けるのかもしれない・・・。

 とにかく「ネッド・ドヒニー」の「Hard Candy」も含め、都会に似合いそうな音楽が70年代後半から80年代前半にかけて巷に氾濫した。
 その中でも、このアルバムは一歩抜きん出ている。

 爽やかな夏の朝、こういうアルバムで目覚めたら、一日気分がいい。




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「悦楽的音楽生活」9/「レッド・ツェッペリン」の「Presence」

2008年05月19日 | Weblog
 ツェッペリン7枚目にして最高傑作。
 最初、アルバムに針を下ろし(昔はアナログ版だったもので・・・)、「アキレス最後の戦い」を聴いた瞬間、その圧倒的にヘヴィなサウンドに度肝を抜かれたことを今でも覚えている。
 ラストの「1人でお茶を」のブルースっぽい曲以外、すべてソリッドでハードなロックが詰まっている。これこそハード・ロックというのだろう。

 ただ、本当は2枚組の超大作「フィジカル・グラフィティ」も捨てがたい。
 このアルバムを確か新宿の輸入レコード店で買い求め、駆け足で池袋大山のアパートへと向かったことを思い出す。
 あのころは、大好きでご贔屓のアーティストのアルバムを見つけると、早く聴きたくて家路をひたすら急いだものだ・・・。

 そういえば、ツェッペリンのライブ映画を観たのも新宿の歌舞伎町だった。
 僕としては観たくて観たくてたまらず、デートの最中なのに無理やりガールフレンドを誘って映画館へと駆け込んだ。今思うと、好きでもない音楽映画を強制的に見せられた相手としては苦痛以外のなにものでもなかっただろうに。
 ごめんね。今更遅いけど。

 一般的に「レッド・ツェッペリン」と言えば、傑作は2枚目と4枚目ということになるのだろうけれど、個人的にはやはり「フィジカル・グラフィティ」と「Presence」である。

 それにしても最近、聴いてないなあ、ツェッペリン。




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「悦楽的音楽生活」8/「はっぴいえんど」の「風街ろまん」

2008年05月18日 | Weblog
 大袈裟ではなく、「はっぴいえんど」が日本音楽史に与えた影響は計り知れないものがある。
 ロックを日本語の歌詞に乗せて歌ったという以外に、様々な面でその後のミュージック・シーンに多大なインパクトを与えることになった。
 松本隆、大瀧詠一、細野晴臣、鈴木茂。
 よくもまあ、こんな凄いメンバーが一同に会したものだ。驚愕する。

 松本隆は、バンド解散後、作詞家に転じ、ご存知のとおり当時の歌謡界を席巻した。松田聖子、太田裕美、KinKi Kids、薬師丸ひろ子などなど。
 当然、ほかのメンバー、大瀧詠一、細野晴臣、鈴木茂らの楽曲にも作詞家として参加し、何曲もの名曲を生み出した。
 大滝詠一も同じだろう。自らも「ロング・ヴァケーション」という歴史的名盤を作り、松田聖子らにもヒット曲をたくさん捧げている。
 今でも言えるのはただ一言。「はっぴいえんど」は怪物バンドだったのである。

 その「はっぴいえんど」の「風街ろまん」。
 僕が真剣に彼らを聴いたのは、実は解散後のことだった。鈴木茂の「バンド・ワゴン」や大滝詠一の一連のアルバムを聴き、遡って辿り着いたのが源流としての「はっぴいえんど」だった。

 僕は「夏なんです」が特に好きだ。
 夏の午後の気だるさや倦怠感、それから夏の日差しの中に隠れている、孤独のようなもの・・・。真夏の午後の街って、意外とひっそりとしていて、儚さや喪失感が漂っていたりする。

 もうすぐ夏が来る。




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「悦楽的音楽生活」7/「高橋ユキヒロ」の「薔薇色の明日」

2008年05月17日 | Weblog
 YMO、いわゆる「イエロー・マジック・オーケストラ」のドラマーである高橋ユキヒロの5枚目にあたるソロアルバムが「薔薇色の明日」だ。

 1983年に出たアルバムで、僕はこのレコードを毎日のように聴き狂った。
 素晴らしいアルバムだった。だったというのは、当時のLPが今では聴けず、CDとして今手元に持っていないからだ。

 実は、いつもこのアルバムを思い出すたびに、改めてCDを購入しようとも思うのだが、「もしも今聴いて、あの頃の感動がなかったらどうしよう」とか「あんなに素晴らしいアルバムが、何年もの時間を経て聴き直してみたら失望してしまった」などと馬鹿げたことを妄想してしまうのである。

 それにしても、「薔薇色の明日」には魅了された。
 「ロキシーミュージック」のボーカリストであるブライアン・フェリーを髣髴(ほうふつ)させる、その憂鬱そうで気だるい声。
 メロディがまた美しい。夏には似合わない。秋がいい。物憂げで淋しい秋が。静かで、ゆっくりと響く音の渦が静謐な虚空に溶けてゆく・・・。

 僕もこのレコード、テープに落としてウォークマンで何度も聴いた。
 勿論、夕暮れの海で聴いたのがほとんどだったけれど・・・。




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