淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

23

2010年05月31日 | Weblog
 出るのだ、寒さへ! つんのめっても、前に出るのだ!
 田沼雄一は、その言葉を、まるで生き延びてゆくための呪文のように何度も繰り返し呟いた。
 北の海一面に浮かぶ雪の塊が、淡い太陽の光を受けてほんの少し輝いている。
 田沼雄一は、それをとても美しいと思い、ほんの一瞬雪捨ての手を休めると、両手を合わせ、ただ静かに海に向かって合掌した。


                      完



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2010年05月30日 | Weblog

 ラップ・ミュージックに乗って、男性ヴォーカルの重厚で鋭利な声が冷たい外気の中に染み込むように溶けてゆく。
「そうだ、そうだ! みんな願いが叶っちゃえばいいんだ! なあ、田沼っ!」
 田沼雄一は雪山を滑り降りると荷台へと上がり、スコップを借りて、残った雪塊を思い切り凪の海へと直接放り投げた。






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21

2010年05月29日 | Weblog





   むかえる朝 変わらずにまだ 陽はまたのぼり繰り返してゆく・・・光の差し出す方に
   開かれた未来目指すように 花瓶に水差すように 願い叶いますように・・・






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2010年05月28日 | Weblog
「おい、何、聴いてんだ?」
 田沼雄一が、荷台から降ろした雪の塊を海に投げている星野澄子の長男に向かって、大声で叫ぶと、
「ド・・・ドラゴン・アッシュ・・・」
 恥ずかしそうに顔を赤らめ、初めて星野澄子の長男が口を開いた。
「おい、どした? 珍しいねえ、息子が声出したわ、他人の前で」
 スコップで軽トラックの荷台から雪を投げ出しながら、星野澄子が大きな声で笑った。

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2010年05月27日 | Weblog
「何やってんだよ、似合わねえぞ。そんな哀愁に満ちた顔!」
 大声を張り上げ、星野澄子が巨体を揺らして荷台から飛び降りた。
「哀愁なんか満ちちゃいないよ、別に」
 泣き顔を悟られないよう、田沼雄一は眼下に向かって返した。
「そんな暇してんなら、雪捨て手伝え! 久しぶりに太陽が出てるんだ、こんな日滅多にないぞ」
 軽トラックの中から大音響で音楽が鳴っている。

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2010年05月26日 | Weblog
 田沼雄一はその手紙を読み終えると、暫らくの間、呆けたように、焦点の定まらない虚ろな目を虚空に漂わせた。
 色々な感情が頭の中を交差して考えがまとまらず、夢遊病者のようにふらふらと店を出ると、繁華街を抜け、海へ出た。久しぶりに、雲間からひ弱な太陽が覗いている。
 配達区域の最後に新聞を差し込む、港湾事務所が見えてきた。岸壁の前が小高い雪山になっていて、雪を海に捨てようとする多くの市民で賑わっている。田沼雄一はその雪山に登ると、独り、北に広がる海を眺めた。
 突然、堰を切るように涙が溢れた。田沼雄一は、体の中に深く染み込んだ寒さの塊が弾け、一斉に溶け始めたような感覚に襲われた。
「おい!」
 聞き覚えのある声が下の方から聞こえてきた。星野澄子だった。軽トラックの荷台に雪が山盛り積まれ、それを息子と二人、岸壁の一角にある雪捨て場に降ろし、そこから今度は海上に投げ捨てようとしている。




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2010年05月25日 | Weblog
 その彼とはその後も頻繁に携帯で連絡を取り合っていたということです。ところが、運の悪い事は重なるもので、別な病気が併発して男性の余命があと僅かだということを妹が知らされ、彼女も決心したのでしょう。最後だけは看取ってあげたいと。男性の両親も息子の余命を察し、多分嫌々でしょうが付き添いを赦したということでした。男性は妹の献身に看取られ、先月末に亡くなり、そのあとを追って妹も直ぐに逝きました。とても短い一生でした。このような不義を続けていた事、姉妹として心より謝罪申し上げます。ただ、これだけは信じてください。彼女は貴方様の子どもを身籠った時、幸せだと私に言いました。だから、ただ一方的に貴方様を騙そうなどとは思っていなかった。私は贔屓目かも知れませんがそう思います。彼女は彼女なりに、その時々を精一杯真剣に生きたのです。
 いつか、もしも妹を赦す気持ちが芽生えましたなら、その時は是非ご一報くださいませ。お待ちいたしております。かしこ』
 




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2010年05月24日 | Weblog
 二人は同い年で、二十歳の時、真冬に車でドライブに出掛け、雪道で視界不良の地吹雪に出会い、向かってきた大型トラックと正面衝突して、二人とも生死をさ迷うほどの大怪我を被ったのです。
 男性は両足を切断するという悲惨な事態となり、妹もまた全身に残る大きな傷を負いました。男性の父親は地元で県会議員を担う資産家で、激怒した両親は、ようやく歩けるようになった彼女を一切逢わせようとせず、引き裂かれた二人はどうすることも出来ずに月日だけが流れ、悲観に暮れた妹は、結局貴方様との結婚を決意したのです。

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2010年05月23日 | Weblog
 本来ならば既に法律上も他人となった身です。すべて私たち身内の者らで心に深く仕舞い込み、誰にも告げることなく葬ろう、そのように考えておりました。しかし、別の私がこうも告げるのです。貴方様には言っておくべきではないか。それがいっときであっても互いに連れ添い、子どもまで授かろうと試みた相手なのだから。そのように考え、ここに書き記す決心をいたしました。ここまで読み続け、あとはもう知りたくもないし知ろうとは思わない、そうお思いでしたら、この手紙をここで破棄していただいて構いません。

 妹は自死いたしました。
 妹には、心から愛して止まない、生涯を掛けた男性がいたのです。その方の事は私も存じておりましたし、そのような愛情を妹が感じていた事も知っておりましたが、貴方様との結婚を期に自らの心に鍵を掛けたのだと思い込んでおりました。私の不覚です。
 妹は泣きながら告白しました。その男性を深く愛していたこと。それでも結婚は絶対に不可能だったということを。




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2010年05月22日 | Weblog

 別れた妻の姉から、田沼雄一宛てに手紙が届いたのは、何日間も連続して続いた真冬日が終わった、三月初めの頃だった。
 田沼雄一は、いつも通っている繁華街の珈琲ショップの奥の席に座り、その手紙をそっと開いた。胸騒ぎがして、封筒を開ける指が少し震え、喉がカラカラに乾いた。
『私が住む北国もようやく厳しい冬が終わろうとしています。御変りはなくお過ごしでしょうか。その節は愚妹が大変ご迷惑をお掛けし、返す言葉も見つかりません。
 妹が、突然私が住む街へ何の前触れもなく訪れ、離婚してきたと言われた時は、余りの驚きに声も出ませんでした。妹は幼い時から我儘放題に生きてきたひとです。こうと決めたら何事にも前のめりに打ち込み、多少頑固なところもあります。そういう性格を承知の上で貴方様と生涯の契りを結んだものと、内心安堵していていましたが、私と主人は、妹から離婚に至るまでの話を聞き及び、余りの衝撃に、ただただ驚くばかりでした。




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2010年05月21日 | Weblog
 田沼雄一は、新聞配達を終えて午前中の仮眠を終えると、よく、ぶらりと歩いて雪が降り積もる繁華街へと出掛けた。平日の静かな図書館で雑誌や本を捲り、安価な珈琲を提供する店に入って、ぼんやりと頬杖をつきながら冬の街を眺め、一日の大半を過ごした。
 燦々と輝く太陽が見たかった。抜けるような青空が見たかった。凪いだ海や、そよぐ風に揺れる浜辺に咲き誇る花々が見たかった。田沼雄一は、目を瞑り、穏やかな春の囁きや、燃え滾る夏の大気のことを静かに想った。
 氷点下の真夜中に染み込んだしつこい寒気は日中になっても抜けてはくれず、体の奥底にいつまでもこびりついている。いつか、暖かな南の場所で静かに暮らしてみたい。
その考えは田沼雄一を少しだけ幸せにした。




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2010年05月20日 | Weblog
 朝刊を配り終えて母が待つ家に戻っても、躯体を浸食しているしつこい寒気は、あらゆる骨や内臓や筋肉にしがみ付き、決してそこから出て行こうとはしなかった。震えは午前中の間もずっと続き、田沼雄一は布団に潜ってひたすら寒さを凌いだ。
 星野澄子は四日目から伴走しなくなった。彼女が長男を産むとすぐ、新聞配達業を営んでいた夫に先立たれ、旧姓に戻ったあとも、女手一つで夫のあとを継いでいることは、配達店の同僚が田沼雄一に教えてくれた。店主である星野澄子の夫自らが新聞配達をしていた最中、酔っぱらい運転の若者に轢かれて即死したらしい。彼女の長男が、引き籠もりで中学に行かず、登校拒否をしていることも聞かされた。星野澄子の長男は、絶えず彼女の後姿を追い掛け、従業員の誰とも口を聞かなかった。

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2010年05月19日 | Weblog
 いつの間にか夜明けになった。
 黒墨色から鼠色、鼠色から鉛白色へと空の色が次々変化し、雪も止んで、街は静かな朝を迎えた。
 田沼雄一は歯がカチカチ小刻みに震え、足と手の指先に激痛が走った。骨の芯まで凍えて、疲労と余りの寒さで全身が軋む。
「あと一軒だぞ!」
 星野澄子が車の運転席の窓を開け、田沼雄一に最後の配達先を指で示した。北に広がる岸壁を臨む、県の港湾施設だった。
 黒い長靴の中に雪が入り込み、膝まで積もった雪を漕いで進むと、感覚の無くなった足の指が靴の先端と固まった雪に擦れ、猛烈な痛みで顔が歪んだ。何年も運動らしい運動をしたことがなく、妻が家を出てから酒浸りの毎日を送っていたからか、鈍り切った体がついて行けず、無理やり苦行を強いられる修行僧のように思えてくる。田沼雄一は、最後の朝刊だけは雪に濡らすまいと必死の形相を浮かべ、両手で抱き込むように新聞を庇うと、道のない雪中を歯を食い縛って漕いだ。
 出るのだ、寒さへ! つんのめっても、前に出るのだ!
「ご苦労さん」
 やっと最後の朝刊を配り終え、ほとんど雪を被って白くなっているバイクの前まで辿り着くと、「はいよ」と星野澄子が熱い缶珈琲を田沼雄一に放り投げた。寒さで口が痺れ、ありがとうの一言さえ出てこない。
 翌日からも、真夜中の二時半に起き出し、星野澄子が経営する新聞配達店へと向かい、五十ccの原付バイクに朝刊を乗せ、厳寒の中へと分け入ってゆく日々が続いた。




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2010年05月18日 | Weblog
 雪混じりの猛烈な突風が吹き、新聞をきちんと縛らないと飛んでしまいそうになる。原付バイクをローに入れ、ライトを点け、右ハンドルを捻ってアクセルを噴かした。配達の仕事で時々バイク便も経験していたが、雪上を走らせるのは生まれて初めての経験だった。
 星野澄子がゆっくり先頭を走り、そのあとを轍にハンドルが取られないよう、田沼雄一は恐る恐るバイクを走らせた。最初の左折ですぐに転倒した。そのまま前方にうつ伏せで倒れ、かばった左肘を強か打った。
「馬鹿野郎っ!」
 数メートル先を誘導していた星野澄子が、巨体を揺らせながら素早い動作で車から降りると、田沼雄一を怒鳴り散らし、風雪に舞って散らばった新聞を懸命に追い掛けて拾い集めている。
 田沼雄一は、配達を開始してから三十分の間に、三度バイクを横転させ、二部の朝刊を突風で飛ばして無くしてしまった。予備はもうない。
 一度もセカンドにギアチェンジせず、バイクの安定を図るために両足を逆V字に広げてバランスを取りながら、ゆっくりと移動した。足の筋肉がぱんぱんに張っている。時々、心ない運転手が車道に捨てたペットボトルや珈琲の空き缶に細かいスパイクを付けた冬用タイヤが触れそうになった。もし頻繁に除雪車が行き交う広い車道で横転したら、確実に即死だろう。何度も心臓が飛び出しそうになる。




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2010年05月17日 | Weblog
 結局、田沼雄一は一睡も出来ないまま起きると、すぐに防寒着に着替え、氷点下の真夜中、積もった雪を漕いで新聞店へと向かった。
 真っ暗闇の中で雪だけが白く輝いている。余りの寒さに、剥き出しになった頬がヤスリで擦ったような痛みを覚え、吹き荒れる地吹雪に何度も息が詰まる。除雪した雪を積んだ大型ダンプカーが、猛スピードで海に向かって走って行った。ショベルローダで均すように除雪された車道は、ステンレスのようにツルツルに凍っていて、その上にまた新雪が薄っすらと積もるから、足を踏ん張らないと確実に横転する。
 静まり返った住宅街の中で、その新聞店だけが異様な活気に包まれていた。配達員たちが一斉にチラシを手際よく重ね合わせ、白い息を吐き出しながら、その束を真新しい朝刊の間に次々と挟んでゆく。
 田沼雄一が、忙しない店内に入って唖然と立ち竦んでいると、「ぼやっとすんな、行くよ!」と大声で叫ぶ声が聞こえた。
「遅いよ、あんた。何時だと思ってる? ほかの従業員のみんなには終わってから紹介すっから。今日だけは私がチラシ入れといた。ぼやっとしてないで、すぐ出るよ。配達帳持って、朝刊、バイクに積みな。そしたら私の車の後をゆっくりついて来い。夜が明ける前に読者さんの所すべて配り終えないと。みんな新聞読むのを楽しみにしてんだ、遅配や誤配したら絶対許さんからな!」




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