フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 『セクシー田中さん』の作者・芦原妃名子さんが亡くなったこと、そして、原作漫画とテレビドラマ版の間でいくつかの葛藤があったことが報道されています。私はテレビドラマ研究者として、この問題に無関心ではいられません。とはいえ、報道は断片的で、この間の経緯を詳細に把握できるような情報にはまだなっていません。その段階での意見ですので、そこは慎重にコメントしたいと思っています。まずは今回の経緯を整理します。

★12月24日 脚本家のInstagram

『セクシー田中さん』今夜最終話放送です。
最後は脚本も書きたいという原作者たっての要望があり、過去に経験したことのない事態で困惑しましたが、残念ながら急きょ協力という形で携わることとなりました。

★12月28日 脚本家のInstagram

『セクシー田中さん』最終回についてコメントやDMをたくさんいただきました。まず繰り返しになりますが、私が脚本を書いたのは1~8話で、最終的に9・10話を書いたのは原作者です。誤解なきようお願いします。
ひとりひとりにお返事できず恐縮ですが、今回の出来事はドラマ制作の在り方、脚本家の存在意義について深く考えさせられるものでした。この苦い経験を次へ生かし、これからもがんばっていかねばと自分に言い聞かせています。どうか、今後同じことが二度と繰り返されませんように。

★1月26日 原作者・芦原妃名子さんのブログ

(前略)
「セクシー田中さん」は連載途中の未完の作品であり、また、漫画の結末を定めていない作品であることと、当初の数話のプロットや脚本をチェックさせていただいた結果として、僭越ではありましたが、ドラマ化にあたって、
・ドラマ化するなら、「必ず漫画に忠実に」。漫画に忠実でない場合はしっかりと加筆修正させていただく。
・漫画が完結していない以上、ドラマなりの結末を設定しなければならないドラマオリジナルの終盤も、まだまだ未完の漫画のこれからに影響を及ぼさない様「原作者があらすじからセリフまで」用意する。
原作者が用意したものは原則変更しないでいただきたいので、ドラマオリジナル部分については、原作者が用意したものを、そのまま脚本化していただける方を想定していただく必要や、場合によっては、原作者が脚本を執筆する可能性もある。
これらを条件とさせていただき、小学館から日本テレビさんに伝えていただきました。
また、これらの条件は脚本家さんや監督さんなどドラマの制作スタッフの皆様に対して大変失礼な条件だということは理解していましたので、「この条件で本当に良いか」ということを小学館を通じて日本テレビさんに何度も確認させていただいた後で、スタートしたのが今回のドラマ化です。
ところが、毎回、漫画を大きく改変したプロットや脚本が提出されました。
(中略)
9話、10話に関する小学館と日本テレビさんのやりとりを伺い、時間的にも限界を感じましたので、小学館を通じて9話、10話については、当初の条件としてお伝えしていた通り、「原作者が用意したものをそのまま脚本化していただける方」に交代していただきたいと、正式に小学館を通じてお願いしました。
結果として、日本テレビさんから8話までの脚本を執筆された方は9話、10話の脚本には関わらないと伺ったうえで、9話、10話の脚本は、プロデューサーの方々のご要望を取り入れつつ、私が書かせていただき、脚本として成立するよう日本テレビさんと専門家の方とで内容を整えていただく、という解決策となりました。
何とか皆さんにご満足いただける9話、10話の脚本にしたかったのですが…。素人の私が見よう見まねで書かせて頂いたので、私の力不足を露呈する形となり反省しきりです。
(後略)

★この間、SNS上などで漫画読者やドラマ視聴者からの意見が相次ぐ。

★1月28日 原作者・芦原妃名子さんのX

攻撃したかったわけじゃなくて。
ごめんなさい。

★1月29日 原作者・芦原妃名子さんが遺体で発見される。

★1月29日 日本テレビ『セクシー田中さん』公式サイト

芦原妃名子さんの訃報に接し、哀悼の意を表するとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。2023年10月期の日曜ドラマ『セクシー田中さん』につきまして 日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら 脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております。本作品の制作にご尽力いただいた芦原さんには感謝しております。

★1月30日 日本テレビ公式サイト

芦原妃名子さんの訃報に接し、哀悼の意を表するとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。日本テレビとして、大変重く受け止めております。ドラマ『セクシー田中さん』は、日本テレビの責任において制作および放送を行ったもので、関係者個人へのSNS等での誹謗中傷などはやめていただくよう、切にお願い申し上げます。

以上が、ごく簡略にまとめた経緯です。
それに関する私の考え(今回は要点のみ)です。

1.
映像作品(テレビドラマ・映画)と原作(漫画・小説など)はしばしば大きな相違を生じます。異なる媒体であり、映像には時間的制約もあることから、完全に忠実に映像化することはできません。また、受容する読者、視聴者の層や幅にも違いが生じます。原作を尊重しての上ではあるが、映像化にあたっての一定の変更はやむを得ない面があります。
2.
映像制作者の、よい作品を制作したいという意欲を私は評価しています。よい作品を作ろうとするほど、テレビドラマ視聴者に喜んでもらおうとすればするほど、原作通りにはいかない場合も生じます。一方で映像制作者の独断に陥りやすい環境もあります。他局や他番組を含め、テレビ界には編集権の濫用と思えるような現象がときに見られます。それを問題としない風潮に、私は疑問を持っています。
3.
テレビドラマ『セクシー田中さん』脚本家へのバッシングはけっして容認できません。脚本家も今回の騒動の犠牲になった可能性があります。ただし、脚本家のSNS発信は軽率だった面があります。ことの全体像を書かずに(あるいは、全体像を知らずに)、自分の不満だけを一方的に公開してしまったように見える点で、軽率な発信だった面があります。
4.
日本テレビの公式コメントが出ていますが、きわめて不十分です。初動対応が間違っているといわざると得ません。最初の発信が「最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております」とありますが、そこに至る経緯で原作者も脚本家も苦しんでいたことを公表しています。その部分への言及・配慮がない点がまず大きな問題です。さらに次のコメントでは「日本テレビの責任において制作および放送を行ったもので、関係者個人へのSNS等での誹謗中傷などはやめていただくよう」とありますが、そこに書かれた自らの「責任」の中身が、何も示されていません。

 さらに詳しく書くべきですが、今回はここまでとさせてください。ただ、今後は日本テレビ(と小学館)の対応を特に注視したいと思います。日本テレビは、「これから詳しい調査をして、番組を見てくださった視聴者の皆様に、誠意を持ってご説明します」くらいのことを、最初から書けなかったのでしょうか。たとえばですが、吉本興業は、松本人志問題の最初の公式コメントを、社内ガバナンス委員会の意見を受けて、後から修正することになりました。初動対応がいかに重要かを示しています。日本テレビの「責任」ある対応が求められています。

※このブログはできるだけ週1回(なるべく日曜日)の更新を心がけています。




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