フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 『君が心をくれたから』を見て号泣(この場合は大泣きの意味)した話です。
 『君が心をくれたから』は今年1~3月期放送のテレビドラマですので、それをなんでいまさら、と思われるかもしれません。私はテレビドラマ研究者として、毎回放送されるテレビドラマ作品をできるだけすべて見るようにしていますが、いくら仕事しながらの視聴とはいえ、それでもすべての作品を全回見るのは時間的に不可能です。それで1~2回見てからそのままにしている作品も少なくありません。『君が心をくれたから』もそのうちの一つでした。
 母親に虐待されて育った逢原雨(永野芽郁)は、高校生の頃、自分を励まして勇気を与えてくれた同級生の朝野太陽(山田裕貴)に恋心を持ちます。10年後に再会した後に事故で瀕死の重傷を負った太陽の命を救う奇跡を起こすためには、自分の五感をすべて差し出すことが必要だと(死への案内人から)言われ、それを承諾する…という話です。あまりにつらすぎる話なので、初回だけ見てその後を見られずにいました。しかし、先日の連休でふと見てみようかという気になって第2回を見てみたところ、見事にはまってしまいました。毎回泣かされました。
 私は初回だけ見た時点で、このブログに次のように書いていました。

 ラブストーリーによくある要素が満載です。「初恋」「高校生の頃」「出会い」「雨」「地方都市の風景」……。それだけならあまりにもありふれた作品ということになるのですが、ここに異質な要素が一つだけ加わります。「事故にあった彼の命を救うためには、死神?に自分の心(5つの感覚)をすべて差し出す」というのが、その異質な要素です。私はありふれたラブストーリーも、ファンタジーの加わったラブストーリーも好きですが、これはファンタジーというにはあまりにも残酷な設定です。こわいくらいです。こわいもの見たさで、今後もこわがりながら見てしまいそうです。(2024年1月14日)

 こう書いたものの、残酷すぎて、こわすぎて、実際には見られなかったのです。しかし、気を取り直してあらためて見て、毎回大泣きしました。特に第4回の観覧車の場面は号泣ものでした。そして、全体を通してこの作品が「めったにない特別な作品だ」という印象を強く持ちました。ラブストーリーでありながら、家族のあり方も重視されていて、恋人への思い、家族への思いが、毎回強く描かれていました。
 もっとも強く感じたのは、この作品が現代の視聴者に媚びたり、現代の風潮を安易に取り入れたりはまったくしていない、ということでした。「今は恋愛ドラマが流行らない時代だがら少しパターンを変えてみようか」とか、「今はこういうファッションや食べものが人気だからそれを取り入れてみようか」とか、そういうところがまったくありません。この作品は今流行している現象や人気のあるパターンといったものに、いっさい目もくれていないのです。人の思いをまっすぐに描く、というありふれたことを貫いています。長崎の美しい町や景色がふんだんに映像に取り入れられているものの、この作品の内容はいつの時代のどこの場所でもあっていいのであり、その意味で、人の思いを描くという一点でいささかのブレも感じられません。
 さらに感じたのは、各所に見られる符合の要素です。この場合の符合とは、ドラマを丁寧に見ていると気づく、「ああ、そうだったのか」という思いです。この作品を見ていると、数回前に人物が発した言葉や行動が思い出され、それと重ね合わされる場面がしばしばあります。「月明かりに消えてゆく」といった一言に実は重大な意味が含まれていて、それが何回も後になって物語を大きく左右するのです。一回だけの流れていくような会話、その場限りの意味の薄いコミュニケーションに慣れすぎてしまっている日常の私たちにとって、一度の言葉、一度の行動がこれほど深い意味を持っているのかと、頭を殴られるような思い、そして心が洗われるような思いがしました。
 最終回まで見通して、この作品への印象が一変しました。私の中で、ずっと心にとどめておきたい作品になりました。

(追記)
一つだけ余計なことを書きます。主人公の名前は「逢原雨(あいはらあめ)」。この名前には物語上重要な意味があります。しかし、ドラマの中で彼女が「雨ちゃん」と呼ばれるのを聞くと、大阪のおばちゃんが「飴ちゃん、食べる?」と言う、例のお決まりのフレーズが思い出されてしまいました。せっかくの「泣けるドラマ」なので、何度も頭の中から振り払おうとしたのですが、大阪のおばちゃんの発する「飴ちゃん、食べる?」のイメージが強烈すぎて、物語に浸るのにけっこう苦労しました。


※このブログはできるだけ週1回(なるべく土日)の更新を心がけています。




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