考えるための道具箱

Thinking tool box

◎雑誌。

2008-04-04 00:37:15 | ◎読
たとえば、新幹線にのると、ものすごい春休み感とそれにともなう多幸感が充満していて、ずっとその世界の違いを感じ入っていたわけだけれど、此岸もようやく少しだけ状況が沈静化してきたので、いろいろと吐き出していけるようになりそうだ。東京もすいぶんあたたかくなってきたし。

[01]『PLANETS VOL.4』第二次惑星開発委員会

近頃の雑誌のありようについて、まるで通り魔のように、しかし鈍い刃を振りかざしている人がいるが、そもそも、ダメな雑誌はダメで、いいものはいい、という状況は、それこそ、ずっと昔から続いているわけだから、そんなに直情的にならずもっと悟性をもって批評したほうがよいんじゃないか、と思う。それ以前に、いいものを探してきて、褒めるほうが、気持ちいい。この通り魔がもつようなちっぽけな原理主義が、売り言葉に買い言葉みたいな感じで、きっと戦争とか抗争のトリガーになっているんだろうなあ。くわばらくわばら。
そういった事態のなかで見つけることができた「PLANETS」。同人誌とかミニコミ誌というカテゴリーにあたり、配架されている書店も限られているようで、ぼく自身も、この「vol.4」で、存在を始めて知った。文学特集。多分露出もそれほど多くないと思われるので、コンテンツを列挙してみると…

□東浩紀の功罪 インタビュー
□川上未映子 インタビュー
□前田司郎  インタビュー
□特集 「文学」なんて、知らない
・惑星開発文芸MAP2008  宇野常寛
・大森望インタビュー
・前田塁:市川真人インタビュー 
・文芸評論家ミシュラン
□追悼・小阪修平 ――思想家と表しうる希有な存在の死
・小阪修平氏を偲んで ――竹田青嗣、橋爪大三郎、加藤典洋
□東京ストレンジウォーク
□自主映画人{ハチミリアン}たちの想いをのせて ~『虹の女神 Rainbow Song』
□2010年代の想像力たち
・漫画家・シギサワカヤ
・映画監督・岡太地
□がんだむ講談顛末記
□サブ・カルチャーとしてのV系入門
□PLANETS SELECTION 2008
□愛と青春の惑星開発すごろく2008
□巻末鼎談 サブ・カルチャー最終戦争リターンズ2008
・中森明夫×宇野常寛×更科修一郎  
□その他、評論&コラム

ということで、かなり読みどころがある。玉石はあるとしても、全体としての「雑」感は絶妙なバランス。主宰の主観が横溢しているから、彼が聞き手となっているそれぞれのインタビュー記事も、メジャー雑誌にありがちな木で鼻をこくったようなのになっておらず、ゆるさと危うさを楽しめる。なにより、小説とか文芸への情熱、そしてそれらを相対化できる諦念とが同じレベル漲っているし、それがゆえのシーン・状況の把握度合いも正しく、そういったものが「文芸評論家ミシュラン」とか「惑星開発文芸MAP2008」に確度高く現れているところをみると、ここで書かれていること(というより宇野常寛は)じゅうぶんに審級のひとつとなりえると思えてしまう。いずれにしても、好きなことを、一定の倫理観をもって好きにやっている姿をみるのはやはり気持ちいい、よきベンチマークになる。

[02]『早稲田文学1』(早稲田文学会/早稲田文学編集室)
[03]『WB vol.012_2008_spring』(早稲田文学会/早稲田文学編集室)

「PLANETS」の難点は、アートディレクション。少なくとも、老眼の兆しが見え始めた人間にとって、タイポグラフィのリーダビリティがあまり勘案されていない。編集デザインも、ミニコミということで、あえてベタにしているのかもしれないが、もう少しはアイデアがあってもよかったかもしれない。それに比べると、今回、グラビアなんかもついちゃった、一年ぶりの「早稲田文学」はフリーペーパーの「WB」とのプチ・クロスメディアも企図されていたりして、その設計も含めた「デザイン」の完成度はずいぶん高い。

●side A
□Kishin×WB 篠山紀信
□戦争花嫁 川上未映子
□ちくわのいいわけ 田中りえ
□第22回早稲田文学新人賞受賞作
牢獄詩人 間宮緑
□新人賞選考後インタビュー
「誇りを持って引き籠れ!」中原昌也
□切腹の快楽 伊藤比呂美×星野智幸
□センチメンタル温泉 萩田洋文
□青之扉漏 向井豊昭
□農耕詩(冒頭)クロード・シモン 【訳・芳川泰久】
□追悼 アラン・ロブ=グリエ特集
・生成装置の選択について アラン・ロブ=グリエ
・秘密の部屋 アラン・ロブ=グリエ 】
・追悼のような、少し私的な解説 芳川泰久
・タキシードの男 蓮實重彦
・新宿のアラン・ロブ=グリエ 中森明夫
・ロブ=グリエの死の報道から 小林茂
・ロブ=グリエについて(再録)平岡篤頼
●side B
□批評の断念/断念としての批評 蓮實重彦
□快楽装置としての身体――バルト/ウエルベック 福嶋亮大
□「当座のところ殺さない力」に関するいくつかの見解 水谷真人
□「ロボット工学三原則」と日本国憲法
――「日本人」の条件(1)大杉重男
□ぷふいの虚体 島田雅彦
□ロリータ×チェス=? いとうせいこう×若島正

いうまでもなく、市川真人/前田塁の手腕がフルに発揮された、批評空間とのミクスチャー。なにより、イン歯ーで川上を捕まえられたのが大きく、また、中原を一人選考委員にすえるといった工夫が、ぼくのような野次馬の購買意欲を喚起する。といいつつも、いまだ1行も読めていないので、この週末なんとか時間をとりたいところだ。あ、未来の約束は果たせたためしがないなんて最近言ったばかりだったわ。

[04]『ユリイカ 4月号 詩のことば』(青土社)

3月号の「新しい世界文学」特集も冒頭の若島正らの鼎談くらいしか読めていないのに、もう4月号がでちまった。いまでは2ヶ月連続で『ユリイカ』を買う、なんてことはめったになくなってしまったけれど、最近すこしだけ「詩」がわかりかけてきたので(=詩を書くための言葉の選び方のようなもの、なぜそういったことに詩人はドライブされるのかといったようなこと)とりあえずおさえてみた。
しかし、まあここまでの3冊すべてに川上未映子が登場しているというインフレ感はどうだろう。人手が足りないとみるのか、文学界があほなのか、異能の登場に沸き立っているのか。この消尽で、川上の持ち味が枯渇しないことを祈るばかりだ。もっとも、いま現在では、そんな兆しはみられず、テンション高くがんばっているようではある。『アスペクト』の連載の一回休みは残念だけれど。
いずれにしても[01]~[04]まで、まじめに読もうと思ったら優に3ヶ月はかかるな。
じつはこれからも、柴田元幸責任編集の『monkey business』や、リトルモアの『真夜中』とか、文芸誌の創刊がひかえていて、ある特定の趣味嗜好の人にとっては、雑誌はまだまだ捨てたものじゃない。その役割を充分に果たしている、と思う。と、同時に、文学界隈のこの賑わいはなんだろうとも思う。


[05]『ニーチェ―ツァラトゥストラの謎』村井 則夫(中公新書)
[06]『芝生の復讐』ブローティガン(新潮文庫)

雑誌に塗れながらも、いちばん時間を割いているのが[05]。けっしてニーチェの核心に迫るものではないけれど、気軽な感じで面白く読める。ニーチェはどう読んでも誤読であり、その点で、このまたひとつの新しい誤読を前にして、いま一度『ツァラトゥストラ』を誤読通読してみようという動機にかられる。
『芝生の復讐』は、とりえず表題の掌編だけを読んでみたけれど、喜劇的な描写が楽しく、ブローティガンって、こんなに愉快なのも書くんだ、と感じ入る。芝生の復讐によって、車が家に激突する、その音が、まるで寸劇の効果音のように聞こえてくる。

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