音楽は語るなかれ

音楽に関する戯れ言です。

トーキング・ブック (スティーヴィー・ワンダー/1972年)

2010-09-24 | ソウル・アフロアメリカン・ヒップホップ等


私は長いこと勝手にソウルというジャンルの音楽に関して大いなる偏見を持っていた。正しくはソウルというより、「モータウン」というレーベルに対してである。モータウンは黒人ミュージシャン限定のレーベルであり、それは一方でこのレーベルが出来た当初のアメリカを始めとした世界の黒人の地位は確かにまだまだ差別の対象であったが、逆に、黒人音楽というのは、それを売り物にしている様な気がしていたのである。だから、正直、このレーベルに所属をしているミュージシャンに対しては、私自身も余り積極的にこちらからアプローチはしなかった。

スティーヴィー・ワンダーというミュージシャンと距離が出来てしまったのもそんな理由からである。後々にアメリカの商業音楽化について徐々に分かってくる中で、なるほど、モータウンというレーベルは最も早く、商業音楽を完成させたレーベルだということである。私はやみくもに商業音楽を否定している訳ではない。レーベルがあるからこそ、ミュージシャンは安心してレコードを販売できるわけだし、音楽が芸術である以上は世の中に出ていかないことにはそれを流布することは出来ない。そういう輩に取っての最も頼りになるところはレーベルだし、お金を掛けてミュージシャンを育成しているのだから、当然、売れないと次の新しい人材を探すことすらできなくなってしまう。だが、一方で音楽の領域を逸脱するということが如何に愚かなことであろうかとも思う。ミュージシャンがミュージシャン然としていなく、音楽だけが独り歩きしてしまうことがどんなに惨めなことなのかが露呈してしまったのが1975年以降のアメリカポップスであった。だが、モータウンに関してはそれとは全く違う理由(勿論、このレーベルもそういう商業主義の道も辿っていくが)で、単なる偏見になってしまったのは自分が愚かしい。

このアルバムはスティーヴィー・ワンダーの最高傑作である。というか、「サンシャイン」と「迷信」はスティーヴィー最高の楽曲である。特に後者はそもそもペッグ・ボガード&アビスに提供した曲であったが、先にスティーヴィーの曲がヒットしてしまった。無論、BB&Aの「迷信」も、あの3人が出している音だから曲としての完成度も高いのであるが、彼らだけが扱っていたらこれほどの名曲にはならなかっただろう。スティーヴィーがシングルカットしたから全米No.1の大ヒットになったのだし、だからBB&Aバージョンも高い評価を与えられた。そういう意味では大変運の良い曲でもあるが、逆に、では、スティーヴィーを最も象徴する曲は他に何かあるかと尋ねられたら返答できない。やはり「迷信」なのである。また、このアルバムには連続No.1になった「サンシャイン」も入っていて、これも名曲である。このアルバムにジェフ・ペックも参加しているし、スティーヴィーはお詫びに曲を提供したという逸話も残っているが、それ以外の曲に関してもとても完成度が高いし、恐らく、彼のアルバムの中でもこれだけ完成度の高い作品は他に見当たらない。スティーヴィーは未熟児網膜症で生まれてまもなく保育器の中で視力を失ったが、彼は盲目であるから故に偉大なアーティストなのではなく、兎に角、人との繋がりを求めていた、その結果がこれだけの名盤を作り上げたのだと言えるのである。

こういう言い方をしたら失礼だが、リトル・スティーヴィー・ワンダーの時代は、どうも興行の様に思えてしまい、それも何処かモータウンの営業方針が見え隠れして嫌いだったが、このアルバムで彼は本物の芸術家になっていった事は間違いなく、彼の求めた人生観が勝利した瞬間であったのだ。


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