音楽は語るなかれ

音楽に関する戯れ言です。

ザ・マーシャル・マザーズ・LP (エミネム/2000年)

2012-03-26 | ソウル・アフロアメリカン・ヒップホップ等


日本語文化というのは実に奥深い。正直、私は中学で「古文」を習ったときに、特に「万葉集」以降の短歌の世界がそれまで「小倉百人一首」で感じた日本の季節の移り変わりの「美」の他に、人間が色々な駆け引きや批評に利用しているという事を知ったが、それはなんとも「いとをかし」。そんなに面倒なことをするのか理解が出来なかったが、それも灯台もと暗しで、そうか、その日本語文化を当時の世相に照らし併せて考えると、なんともその奇美な世界が徐々に解明されてくるのが面白かった。この素晴らしい「巧みな言語術」を持った日本民族が、果たして現代のレベルの「日本語文化」で満足しているとは到底考えられない。和歌や短歌が隆盛した時代と比べると、言葉の美しさもさることながら、言葉には「音」(オン on)と「韻」(イン in)があって、多くの会話は「音」だけで事足りているが、例えば「韻」の面白さが分かると、言葉はもっと日常でも面白くなる。例えば「おやじギャグ」をバカにする輩は「韻」を「音」として表現できるスキルが著しく乏しい。なので、結果「音」だけを受け取って評価するから、そうとしかいえないし、これは「ダジャレ」も同じく実は凄く重要な要因で、このままこの体たらくの日本語文化が進むと、私たちは会話を「音」だけで判断するようになってしまい結果、言葉の持つ本当に意味をどんどん失墜していくのである。怖いことだ。だが、それが日本だけかというと実はそうでもなくて、世界的に言葉は略される、簡単にされる傾向にある。例えば、日本語は今「助詞」という古来独特の文化を失おうとしている。所謂「弖爾乎波」である。だが、ご存じのようにこの発祥は、そもそも「漢文」を読解するときに漢字の四隅につけられたヲコト点である。だから、会話において「助詞」を略した時代は、特に女人文化においては逆に常道でもある。私がヒップ・ホップをどうしても理解できない理由は、この日本語会話の「韻」にあたる、リリックの術というのが、どうしても立ち塞がれてしまう「言葉の壁」を乗り越えられないことで、この音楽を遠ざけてしまった要因である。

しかし、このエミネムのセカンドアルバムだけは全く別格であった。実は、私はこのエミネムというアーティストを全く知らなかった。しかも、この人のことは家内に教わった。音楽のことで家内に何かを教えて貰ったのは、後にも先にもこの「エミネム」だけである(まぁ、今流行りのK-POPも、アーティストと代表曲くらいなら私の方が情報も早い)。しかもこの作品に私が引かれた最初の要因はまずメロディ(だってリリックはこの時点ではよく分からないから)であった。それまでのヒップ・ホップはどこか余りメロディアスな感じがしなかった。だがエミネムはこの辺りもかなり工夫をしていて、この分類の音楽が一本調子なリズムとメロディだという固定観念を突き破ったといってもいい。だから私はエミネムを聴くことができたのかもしれない。しかし、残念ながら私がこのアルバムを聴いたのはリアルタイムではなかったが。そしてサウンドに魅かれることによって、二次的にリリックも当然読んでみたくなる。後々の映画作品「8Mile」がエミネムの自伝的な作品と知って、なるほど、彼に日常の殆どはメモに鉛筆で、世間のことを次々痛烈な感性で綴っていく。あれは、私も著述業兼コピーライターとして常日頃行っている「スケッチ」という作業とよく似ている、しかし、エミネムのそれはただの状況描写のスケッチではなく、紙に落とした時点で、既にエミネムスパイスが降りかかっているといえよう。アルバム収録曲の"The Real Slim Shady"は歌詞にウィル・スミス、ブリトニー・スピアーズ等の名前があり後々に訴訟騒ぎにもなった。確かに日本語訳だけを読んでいると、このリリックは単に個人攻撃にも聴こえなくないが、しかし、これが日本語会話の「韻」であると思うと、ここに含まれている物の奥深さは計り知れない。ああ、N.Yでスラングが流行りだした頃に、もっと知識として入れておけば良かったと思う。何度も書くが「言葉の壁」は高い。

このアルバムは「グラミー賞最優秀アルバム部門」にノミネートされたが、以前からエミネムと彼の歌詞を抗議している同性愛者の団体GLAADはこれを痛烈に非難した。しかしこれに対して、両性愛者ミュージシャンであるエルトン・ジョンは、「エミネムはジミ・ヘンドリックスやミック・ジャガーのような伝説的ミュージシャンと同等」と賞賛・擁護して世間を驚かせた。グラミー賞の授賞式においての歴史的競演はこのようにして実現したのである。「キッドA」も発表になった2000年。まさに音楽にとってもこの年は「ミレニアム」と「世紀末」が同居していたのである。


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