すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

朝日鉱泉

2020-10-26 22:10:38 | 山歩き
 21日23:50発の夜行バスで山形へ。三列シートで乗客はまばらにしかいなくて安心だったが、良く寝られなかった。予定より早く、5:45に山形着。
 22日、山形発7:02のバスで寒河江で乗り継いで、リンゴの実る畑の続く道を朝日町宮宿へ。
 写真家の姉崎一馬さん夫妻が迎えに来てくれていて、お二人の「ポツンと一軒家」に。この家のことは別途書きたい(来年再訪して泊めてもらう約束なので、その後になるかもしれないが)。
 再び車に乗せてもらって、朝日川沿いの山道を一時間ほど入った朝日鉱泉へ。渓谷の入り口ではまだ黄葉がまだらだが、進むにつれて次第に色濃くなる。この辺りはブナを主体とする植生なので、赤は少し混じるくらいでほとんど黄色だ。黄色一色の、しかし様々なグラデーションの森は大好きだ。鉱泉のあたりではクライマックスはもう数日後だろうか?
 鉱泉はオリーブ色の、自然に調和した古風な落ち着いた建物だ。テラスから正面の谷の奥に遠く大朝日岳が見える。まだ雪はない。鉱泉の主の西沢信雄さんとは会うのは35年ぶりくらいだ。「ナチュラリスト協会」に参加させてもらっていた頃の仲間、というか、歳は同じくらいだが大先輩だ。「主」と書いたが、今は息子さんに経営は譲って手伝っている。姉崎さん夫妻も泊まって、旧交を温める。この日はたまたま来ていた、以前に鉱泉の賄をしていた田林さん(ぼくは初対面)を交えて、昔話に花が咲き、美味しいきりたんぽ鍋の夕食をいただいた後、サイコロとカードのゲーム。ここでは昔から、カモシカ調査や登山が雨で停滞を余儀なくされたとき、ゲームで盛り上がるのが習慣なのだ。
 23日は朝から雨。那須も雨だったし、ぼくが「雨の森を歩くのが好きだ」とたびたび書くものだから、神様が雨をプレゼントしてくれるのかもしれない。夕べも体をあまり使ってないせいか、あまりよく寝られなかった。この時期に現在の体力で大朝日岳に挑むつもりはもともとなく、南側の尾根の途中の御影森山まで行くつもりだったのだが、この天候では無謀かもしれない。西沢さんのお奨めで朝日川をはさんで東側の頭殿山に行くことにした。仲間たちは停滞。酔狂なのはぼく一人、最初から上下の雨具を着こんで出かける。
 登山口からしばらくの間は杉の植林、その上はブナを主体とした混合林。黄色と緑がまじりあっているが、標高が上がるにつれてブナの割合が増え、黄葉の進み具合も増してくる。近くは比較的若く、少し離れたところは樹齢300年ぐらいだろうか、巨木が見られる。
 道は登山地図では難路のしるしの破線になっているが、おおむね歩き易い。ところどころ片側が急斜面で靴幅ていどになっているが、登りには問題がない。1時間半ほどで細い沢を越える。登りがややきつくなって尾根が近づいてきた。30分ほどで尾根に出る。前方に頭殿山がこんもりと丸く、道は左から小ピークを越えて回り込んでいる。遠く見えるがもうあと30分ぐらいだろう。反対方向は朝日川の谷の向こうに鳥原山や小朝日岳やその向こうに大朝日も見えるはずだが、雲に隠れて中腹しかみえない。
 ここから先はブナの純林だ。まだ細いが、木肌に若い力があって美しい。あえぎあえぎ最後の急登を抜けて山頂についた。360度、展望絶景、のはずなのだが、やはり雲の中。寒い。温かいお茶を飲んで、行動食を齧って、早々に下りることにする。
 山道に張り出した木の根が枯葉に隠れてしかも濡れているので、慎重に下る。途中で雨具の上を脱いだが、また強くなってきたのでまた着る。往復4時間10分。休憩時間も含めてちょうどコースタイム通りだ。確かに手ごろでお奨めのコースだ。1:00に鉱泉に戻った。
 午後、田林さんの、「宇宙の膨張はダークマターとかを探さなくても数理的に説明できる」という説を興味深く聞いた。ただし文科系のぼくは高2の数学までしかやっていないので、彼の書いてくれる数式は理解できない。「4次元の宇宙を3次元から観測している」…?
 天気予報は明日は朝から晴れ。さすがに夜はぐっすり寝た。(続く)
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