すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

望郷じょんから

2019-02-23 21:32:42 | 音楽の楽しみー楽器を弾く
 町内会の老人クラブに、津軽三味線の達人がいる(かりに、Uさんと呼ぶ)。鉄工所を経営していて、事故で左手の指を一本怪我しているのだそうだが、音を聞いているとそんなことは全く分からない、素晴らしい演奏だ。来年、東京オリンピックの開会式のイベントでも弾くのだそうだから、本当にすごい。
 老人クラブの集まりのある時には、その演奏を聴かせてくれる。ぼくもその集まりでマンドリンを鳴らしながら歌うのだが、Uさんの前後では、自分のやっていることがあまりにへたっぴーで、気後れがして、「やりたくないな-」、といつも思う。もっとも、ぼくは皆さんと一緒に歌えばいいと思っているので、それでもやるのだが(先日、彼はぼくのあとに登場して、「わたしは歌えないので…」と言っていた。人それぞれ持ち場はある)。
 その音色があんまり素晴らしいので、ぼくもやってみたくなった。もちろん、三味線を、ではなく、津軽っぽい音楽を、マンドリンでだ(もちろん、単なるまねっこだ)。
 三味線の楽譜などぼくに理解できるはずもないし、あれは師匠と一対一で一音一音稽古するものだろうから、やりようがない。そこで、細川たかしの「望郷じょんから」をやってみた。たまたま、家に伴奏付きの楽譜があったのだ。
 やってみると、なかなか楽しい。
 津軽三味線による前奏・間奏・後奏は、はじめのうち何がなんだかわけがわからなかったが、手の付けようがないながらやっていると、そのうち何となくメロディーラインだけは見えるようになってきた。でも津軽三味線特有のあのずり上がるような唸るような音はどうすれば出せるのだろう? 
 フラット・マンドリンのテクニックのハンマー・オンかスライドで、いくらか雰囲気だけは出せるようだが、本当はどうするのかは分からない。連続して同じ音を素早く弾くときに、右手のピッキングだけではなく、左指をいちいち上げて下ろす方が、近い感じになるようだ。これはマンドリンやドムラではやらないようだが。
 こんどUさんに会ったらどうするのか尋ねてみよう。たぶん4月下旬だろうから、それまで自分でいろいろ考えるのも楽しい。
 津軽三味線とマンドリンでは楽器としての表現力が数段違うと思うし、Uさんのように何十年やっている達人のしていることが真似できるわけはないので、やってみること自体あまり意味がないのだが、興味深くて楽しければそれでよいことにしよう。
 人に聴かせるものじゃなし。
 アンデスのフォルクローレの楽器、チャランゴみたいな感じで「コンドルは飛んでゆく」を弾いてみる、とか、沖縄の三線みたいなかんじで「芭蕉布」を弾いてみるとか、遊びはいろいろできる。
 余生は遊びだからね。
 あ、ついでに、津軽三味線の真似をするには、マンドリンのあの小さいピックではなくて、ギター用の大きな三角のピックの、鼈甲製のを使った方が良いようだ。これも、遊びの中の発見だ。

 明日は友人と筑波山だ。ケーブルカーで登るようだし、帰りは温泉なので、ハイキングというよりは物見遊山だけれど。
コメント
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