荒れ果てた社宅
愛宕下社宅跡
足尾銅山全盛時には181世帯819人の人がこの地区に住んでたという。
愛宕下地蔵尊
生花が手向けられ掃き清められていた。
何のためか、社宅と社宅の間に高いレンガの塀があった。
愛宕下から100mほど離れた所にも社宅の廃墟
抗夫の方たちも眠る愛宕下斜面の墓標
精錬所への引込み線(廃線)
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今日のメモ
足尾精錬所から吐き出す煙が足尾の山を覆う頃、
坑道、精錬所等で働く多くの人たちがひしめき合った生活の拠点の社宅。
その社宅も廃墟となって家を覆い尽くすほどの
草木が繁茂し、ご案内のように惨めな姿をさらけ出していた。
いま、足尾銅山一連の跡地が世界遺産に向けて
準備段階に入っているとか・・・・?もし、これが
認められた暁には、
廃墟となっている社宅もその価値が俄然クローズアップされることでしょう。
社宅近辺の斜面一面に
多くの墓標が天台宗・龍蔵寺と共に
足尾精錬所を見守るように連座してるのが印象深く残った。