男は自宅の庭でバラの花を摘んでいた。エジプトからやって来た美しい女性に贈るため、バラを用意しようと思いついたのだ。その時にバラのとげが男の指に刺さった。小さな、小さな傷。ところが、傷はみるみるひどくなり、それがもとで男は命を落とす▼「バラに殺された詩人」。詩人リルケの死にまつわる伝説である。あくまで伝説であり、リルケが亡くなったのは白血病によるものだそうだ▼上空からの写真とエジプトという地名にリルケの死を思い出したが、刺さっているのは小さなとげどころではない。エジプトのスエズ運河で巨大コンテナ船が座礁し、運河の往来を妨げている。運河にとげが刺さっている▼原因は視界不良か人的ミスか。いずれにせよ、深刻なのはその影響である。止めてしまっているのはアジアとヨーロッパを最短距離でつなぐ海上輸送の要衝。わずか一隻の座礁によって、周辺では二百隻とも聞く船舶が足止めされ、運航再開を待っている▼復旧作業は難航している。船に浮力を与えるため、浚渫(しゅんせつ)し、タグボートで動かしたいが、なにせ相手は全長四百メートル、約二十万トン。浜に打ち上げられた巨大なクジラのようなもので、海へ帰すのは容易ではなかろう▼世界の経済に刺さったとげ。海上輸送の滞りによって原油高の兆しなど影響は既に出始めている。そのとげを早く抜き去る知恵はないものか。
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