フィリピンのレイテ島。肺を病んだ兵士は、分隊長に「役に立たねえ兵隊を、飼っとく余裕はねえ」と言われる。野戦病院に行き、受け入れてもらえなかったら「死ぬんだよ。手榴弾(しゅりゅうだん)は無駄に受領してるんじゃねえぞ。それが今じゃお前のたった一つの御奉公だ」▼大岡昇平さんの小説『野火』は、そんな場面から始まる。大岡さんの回顧談をまとめた『戦争』(岩波書店)によれば、彼自身フィリピンの戦場で手榴弾で自ら死のうとした。家族の写真に別れを告げ、起爆させようとしたが、不発弾だった▼しかし実際に、大岡さんの戦友の一人は、肺を病んでいるのに病院から出され、所属部隊では「お前みたいなやつは死んでしまえ」と言われて、手榴弾で自殺したという▼そういう不条理な死に思いをはせつつ、二つの数字を見る。大戦中にかの地で戦没した日本人は、五十一万八千人。戦闘に巻き込まれるなどして死んだとされるフィリピン人は、百十一万人。その膨大な数字の一つ一つに、語られぬ物語があるのだ▼同国を訪問した天皇陛下は、日本人戦没者の慰霊碑とともに、フィリピン人の無名戦士の墓にも花を手向けられた。現地の晩さん会では、お言葉で戦闘に巻き込まれた現地の人の犠牲に触れ、「私ども日本人が決して忘れてはならないこと」と語られた▼「決して」という三文字の、何と重いことだろうか。
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