<みんなで希望をとりもどして涙をぬぐつて働かう/忘れがたい悲しみは忘れがたいまゝにしておかう>。詩人、三好達治の「涙をぬぐつて働かう」である▼終戦の翌年1946年1月に書いたという。敗戦に打ちひしがれた国民へのメッセージなのだろう。<最も悪い運命の颱風(たいふう)の眼(め)はすぎ去つた/最も悪い熱病の時はすぎ去つた>。戦争は終わった。悲しみを忘れることはできないが、希望を求め、歩いていこう。そう呼びかけている▼人を慰め、励ますのは難しいものだ。記録的な豪雨に見舞われた石川県の能登半島の方々に「希望を」「涙をぬぐつて」と今、呼びかけたところで受け入れられるとは到底思えない。それほど痛ましい被害が出ている▼なお外部と車で行き来できない孤立状態の集落も残る。元日の震災による大きな傷。それも癒えぬうちに今度は大雨。なぜ、能登ばかりに悲しみがやって来るのか。そんな思いにもとらわれてしまうかもしれぬ。達治のあの詩さえ無力だろう▼失意の人々をわずかにでも慰め、希望が感じられる国と国民の取り組みが今ほしい。泥にまみれた家の片付けなどボランティアの手がこれから必要になってくるだろう▼<祖母は蛍をかきあつめて/桃の実のやうに合(あわ)せた掌(て)の中から/沢山(たくさん)な蛍をくれるのだ>-。達治の「祖母」。能登を案じる優しい蛍の光を国中からかきあつめたい。