文豪トルストイの『戦争と平和』は、手元の古い岩波文庫版だと全四巻計二千三百ページ余の巨篇だ。英訳版では単語数がおよそ六十万というこの名作の四倍余の二百六十万語を費やし、イラク戦争を検証した報告書が、英国で公表された▼機密文書も閲覧できる強い権限を持つ独立調査委員会が、ブレア元首相ら百五十人以上から聞き取りを重ねた。七年の歳月と十四億円をかけて書き上げた全十二巻の報告書は、現代世界の「戦争と平和」だ▼そこには、やりきれぬ事実が並んでいる。戦争はイラクを内戦状態に陥れ、テロの脅威を高める危険があるとの警告も、ブレア首相には届いていた。しかし、米国は戦後にどう平和を構築するかという策も持たぬまま攻撃に突き進み、英国は追従した▼警告は、現実のものとなった。イラクは硝煙が漂い続ける混乱に陥り、「イスラム国」という魔物も生まれた。かの地の人々にとって、戦争は今も、過去形で語りうる物語ではない▼トルストイは『戦争と平和』で登場人物にこんな言葉を言わせた。「戦争はお愛想じゃなくて、人生における最大な醜悪事だ。われわれはこの点をよく理解して、戦争をもてあそばないようにしなきゃならん」▼ブレア氏は報告書の公表を受け、「責任はすべて負う」と語ったが、戦争にもてあそばれ命を奪われた人々に、どう責任を取りうるというのか。