「のっぺらぼう」とか「ずんべらぼう」といえば、説明はいるまい。姿は人間なのだが、その顔には目も鼻も口もない物(もの)の怪(け)の類いである。各地に残る民話やそれに基づく怪談には一つの定型がある。小泉八雲の「貉(むじな)」にも当てはまるが、まず被害者が寂しい夜道で不審な人物に出会う。無論、これが「のっぺらぼう」である▼被害者は恐ろしさに逃げだす。途中、別の人物に出会い、目撃した事実を伝え、助けを求める。「こんな顔かい」。やはりこれも「のっぺらぼう」なのである▼助けてほしい。恐怖を理解してほしい。そう頼んだ相手が同じ妖怪では、救われまい。あの怪談に寒けを覚えるのは被害者の絶望感と終わりのない恐怖ゆえかもしれぬ▼この話には、恐ろしさの上に悲しみと悔しさと怒りが加わる。両親から虐待を受け、自殺を図った男子中学生が最近息を引き取った。虐待から逃れるため、自分を保護してほしいと児童相談所に助けを求めたのが、かなえられなかったという▼児童相談所には、親が何と言おうと強制的に子どもを保護できる職権がある。子どもが親から逃げたいと願う状況とは、よくせきのこと。その対応に本当に問題はなかったか▼その子の青あざや涙をよく見る目も、痛みの絶叫を聞く耳も、安心してと慰める口もなかったとすれば、「のっぺらぼう」も震える、「べらぼうな話」である。