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今日の筆洗

2016年03月08日 | Weblog

 野田秀樹さんの最近のお芝居「逆鱗(げきりん)」。印象に残るせりふがあった。息子は先の大戦で人間魚雷回天に搭乗させられ亡くなった▼老いた母(銀粉蝶(ぎんぷんちょう)さん)は自分より息子が先に死んだ事実は覚えているのだが、もはや誰が自分の息子だったかは忘れてしまったという。<私の息子が誰だったか私が忘れてしまうことよりも、私の息子が忘れ去られること、それが、愛(かな)しい>▼忘れてはならぬとやけに連呼し、その実、その合言葉が事実を忘れかけている証拠かもしれぬと身構える一週間が今年もやってきた。三月十日は東京大空襲。十一日は東日本大震災。「その日」が続く▼ノンフィクション作家の奥野修司さんが東日本大震災の被災地で聞き集めた「幽霊」について「新潮」四月号で書いている(「死者と生きる-被災地の霊体験」)。揺さぶられる▼生きていくのが嫌になった夫の夢に現れ「私がいないとつまんない?」「いまは何もしてあげられないよ」と励ます亡き妻。眠れず、一人で泣いている母親のところにやってきて壁や天井を走り回って「いたずら」をしてくれる、津波にさらわれた幼子がいる▼事実は問題ではなかろう。その話も忘れてはならない悲劇と、心に傷を受けた人の物語である。そういえば大戦中の「幽霊」の話をとんと聞かぬ。どこへ消えたのか。「幽霊」さえも去る。それを忘却というのだろう。