「雪です!」
東一族の村は雪で覆われる。
彼女は、真新しい雪に足跡を付けるべく、無駄にぐるぐると動く。
と、そこへ、彼がやって来る。
「媛さん出かけるか!」
「もちろん!」
ふたりで歩きながら、彼が云う。
「いやー、寒いんだか暖かいんだか」
「寒いよ!」
外を歩く者はいない。
「市場やってる?」
「どうかな」
「市場に行こうよ!」
「媛さん、市場は駄目って云われているだろう」
密を避けねばなるまい。
「おいしい果物あるよね?」
「あるけど、駄目なものは駄目」
「えー」
「いつか、媛さんも行けるようになるよ」
「行きたい行きたい今行きたい!」
「今は我慢だ! そのお出かけは自粛!」
「大丈夫よ、ばれないから!」
「ばれるばれないの問題ではない!」
「絶対ばれない!」
「ばれなくても、行ったという事実は覆せないぞ!」
「兄様、ずいぶんと今日は返しがすごいわ!」
「当たり前だ!」
「兄様、お願い!」
「媛さん、よく聞いてくれ!」
彼が云う。
「媛さんがなぜ市場を禁止されているのか、俺は知らない」
「どうせ、云ったの父様でしょ」
立場的な問題だと思う。
「しかし諦めるな。この自粛はいつか終わる」
「自粛……」
「今は我慢!」
「我慢……」
「沈んだ日は、また昇る」
「…………!!」
「当たり前のように普通に同じように、市場へ行ける日が来る!」
「3つともほぼ同じ意味! そして、それっていつ!!」
「この問題が終息したときだ!」
「問題って何さ!」
「それよりも何よりも、」
彼は声を出す。
「怒られるの、俺なんだから!!」
ふたりは、村はずれの広場にたどり着く。
まっさらの雪。
一面の雪景色。
誰もいない。
「ここはまだ誰も来ていない!」
「寒いからな」
彼女は走り出す。
「広すぎる!」
「うん」
「忙しいわ!」
足跡を付けるのに。
「俺も!」
ふたりは走る。
ひたすら走る。
走って、
走って
「ぶわぁああ、疲れた~」
雪に倒れ込む。
「やりきった!」
「だな!」
雪の上を走るのは、意外や体力がいる。
一日分の体力を使い切った!
「…………」
「…………」
「くしゅんっ!」
「ええ? 媛さん大丈夫?」
かいた汗が、冷える。
「うう、寒くなってきた」
「せっかく暖まったんだけどな」
彼は立ち上がって、手招きをする。
彼女は首を傾げ、彼を追う。
「何?」
「ここに、」
広場の隅に、木々が生い茂って雪が積もっていないところがある。
その場所に、
「箱?」
「そう。秘密道具」
「何それ」
彼はその箱を開ける。
「おお!」
「ふふ」
中には、食器や鍋、料理道具がそろっている。
保存が利く調味料に、茶葉も。
「何これ、すごい!」
「野外料理を突然はじめるための秘密道具だ!」
「すごい!」
「いい時期にはやるんだよ~」
「みんな、そんな突然に料理をはじめるの?」
「そう。腹が減るしな」
彼は手際よく火を起こし、雪を集め、湯を沸かす。
その横に、彼女は坐る。
「兄様ってすごいよねぇ」
「こう云うの、生き残るためには必要だぜ」
「ふうん」
「砂漠とかで遭難したときにはな、」
「兄様しかはまらないやつね」
湯が沸くと、彼はお茶を淹れる。
いい香り。
「温かいー」
ふたりはお茶を飲む。
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