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「未央子と陸院と南一族の村」3

2020年05月12日 | T.B.2017年
南一族の村に向かう馬車に乗る。
乗客は未央子と陸院の2人きり。

陸院はそれに
ほっとしているように見える。

誰とも会わない事に
安心した様な。

「………」

一方、未央子はと言うと
誰も居ないことに少し焦る。

普段何か話す仲でも無いのだから。

「ねえ、陸院……様?」
「陸、でいいよ」
「そう言う親しい仲では無いので」

きっぱりと線を引く。

だって、思わず着いてきてしまったけれど、
勘違いさせてはいけない。

ガードガード、と未央子は距離を取る。

「そういう意味じゃないけどさぁ」

馬車の対面に2人は座る。

まあ、いいや、と
陸院は言う。

「で、なに?」

「南一族の村に、
 何をしに行くの?」

「………」

暫く馬車の中に沈黙が流れる。
ただ、馬の蹄の音と、
それに合わせてガタゴトと車内に伝わる振動。

まあ、言いたく無いか、と未央子は思う。
話せるのならば
最初から言っていただろうから。

すう、と陸院が息を吸う。

「どうしても会わなきゃいけない人がいて。
 だけど、会いたくないんだよね」

「うん」

でも、と陸院は言う。
そう言う訳にもいかないらしい。

「私に背中を押して欲しいって事?」

「………多分?」
「なぜ疑問系なのよ。
 ―――私、来る意味あったのかな」

「あるよ!!」

陸院は言う。

「未央子は僕の事、あまり知らないだろ」

「そうね」

あくまで顔見知りの範囲。

「でも全然知らない訳じゃない。
 何というか、ちょうど良い感じ」

「ふうん?」

「今の僕に、
 そういう人、誰も居ないから」

「?」

どういう意味、と問いかける前に
陸院の荷物から何かが顔を出す。

「雅妃子(まさきこ)」

ごめんごめん、と陸院はお伴の蛇に触れる。

「お前も居るんだった」

チロチロ、と蛇が舌を出して
自分の事忘れてない?とでも言うように
首をもたげる。

「え?なに?
 分かっているよ」

はいはい、と言葉を交わす陸院を
未央子は横目で見つめる。

未央子には何も聞こえないが、
陸院には言葉として聞こえている。
それが出来る人は少ない。

「ねえ、その蛇
 雅妃子っていうのね」
「そうだよ。ほら」

陸院は蛇を絡ませた自分の腕を未央子に近づける。

「雅妃子、挨拶は?」

雅妃子と呼ばれる蛇は
ちょろりと舌を出す。
挨拶なのか。

「うわあ、
 そんな近づけなくていいから」

蛇が少し苦手な未央子は身を引く。

陸院のこういう所。
あくまで好意なんだろうけれど、
相手の事考えてないというか。

自分の好きな物は皆も好きだし、
嫌いな物も同じだと思っている所がある。

周りがそう言う育て方をしたのか、
元々の性格なのか。

「僕、こいつのこオスだと思っていて」
「………はぁ」
「ずっと、雅樹って呼んでたんだけど」
「まさき」

ずっと昔の
何か功績を残した人の名前だったっけ。
そこから付けたのだろう。

「どうやら
 メスだったみたいで」

「あら」

「だから、子をつけて、雅妃子なんだ」

いいでしょ、と言わんばかりの顔をしているが。

「ひねりがない!!」

だって、まさきこって!!

そうだそうだと言わんばかりに
蛇も陸院の方を向いて
抗議の声を上げる。

「なんだよ。
 雅妃子だって、今さら他の名前はイヤだろ」

「は~、名前は大事なんだから」

ちゃんと付けなさいよ、と
未央子は言う。

陸院って自分の子どもの名前付けるとき
奥さんと揉めそう。

「………でも、そうか」

未央子は思い当たる。

「南一族の村で目立たない方が良いなら
 陸院って呼ばない方が良いわね」

『院』は宗主の家系に連なる男児に付けられる名前。
未央子の父親も
遠縁になるので、院が付いている。

そうではない。
ただの、東一族の場合は『樹』。

「陸……樹?」

響きが微妙。

「ええと、りく、き。おか、き」

おかき。

「だからさぁ」

陸院は言う。
さっきも言っただろう、と。

「陸、でいいよ」


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