少し昔の、
鍛錬の途中。
幼い彼は、木を見る。
木の上に、花が咲いている。
彼は、手を止めて、それを見る。
「おい、聞いているのか」
かけられた声に驚いて、彼は振り返る。
「よそ見をするな」
そこに、彼の父親がいる。
「ごめんなさい」
彼の父親が云う。
「お前、試合ははじめてだったな」
「はい」
「今から行う試合。お前は従弟とだ」
「はい」
彼が云う。
「精一杯頑張ります」
「いや」
父親が云う。
「絶対に勝つな」
「え?」
「もう一度、云う」
父親は、冷たい目で彼を見る。
「お前は、東一族の中で、誰に勝つこともない」
彼は戸惑う。
が
父親は、彼に背を向け、歩き出す。
「でも、父さん」
自分には、自信がある。
少なくとも、相手の一方的な試合にならないはず。
なのに?
父親は、立ち止まらない。
年長者の席に向かい、坐る。
彼は、遠目で父親を見る。
そして、横を見る。
同い年の従弟がいる。
従弟は彼を一瞥し、云う。
「お前、どれぐらい鍛錬したんだ?」
「どれぐらいって」
彼は、考える。
「君と同じくらい?」
「ふうん」
従弟が云う。
「俺とお前、どっちが勝つと思う?」
「それは、……」
彼が云う。
「やってみないと判らないよ」
――絶対に勝つな、だって?
自分には力がある。
それを、父さんに見せたい。
彼は、
父親の言葉を守らず、
従弟に勝つ。
従弟を、打ち負かす。
「お前……」
鍛錬のあと、父親は彼を呼ぶ。
「従わなかったな」
「……父さん」
彼が云う。
「でも、見てくれた?」
彼は、笑顔だ。
父親は彼を見る。
冷たい目。
「来い」
「え?」
父親が歩き出す。
彼は、父親に続く。
やがて、屋敷内の、旧びた建物にたどり着く。
誰もいない。
父親は、扉を開ける。
彼に、中に入るよう促す。
「東一族の宗主は、長男による絶対世襲だ」
父親が云う。
「故に、余計な内部争いが起きないよう、呪術が存在する」
「呪術?」
突然の話に、彼は戸惑う。
「家督が近い長男以外の者に、呪術をかける」
そう云うと、父親は、自身の袖をまくる。
そこに
呪術の痕。
彼は首を振る。
まさか、
「……父さん」
これを今から自分、に?
「お前が従わなかった、罰だ」
彼の額から、汗が流れる。
「云うことに従え」
彼の父親が、云う。
「お前はそもそも、存在しない人間だったのだから」
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FOR「小夜子と天院」10