TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「規子と希と燕」3

2014年10月14日 | T.B.1961年

久しぶりに山奥に足を踏み入れたな、と
規子は辺りを見回す。

東一族との諍いが激しくなる前は
この辺りまでよく足を伸ばしていたのに。

「よし、この辺りにしよう」

同じく辺りを見回していた希が言う。

草食の動物が好みそうな若葉や、
一度足を踏み入れたであろう跡がある。
ここでしばらく待ち、
現れなかったらまた、場所を変えるだけだ。

三人は少し距離をとり物陰に潜む。

この時間はいつも緊張が緩んでしまう、と
規子は自覚している。
獲物が現れたら瞬時に動くことは出来るけど
義務である狩りではなく、本当に狩りを仕事にしている人は
この瞬間すら気を抜かないという。

でも、ただでさえ東一族との争いで気を張っている今、
こんな時ぐらい、とも思ってしまう。

規子はバックからお茶を取り出し
喉を潤す。
そして、飴を取り出し、立ち上がると希と燕にそれぞれ配る。

「ありがと。ちゃんと女の子してるじゃん」
「からかわないで、燕。次からあげないわよ」
「希は―――」

ふと、規子は声を止める。
希は二人の会話が全く耳に入っていない様だ。

「兄さん!!」

燕の少し大きな声に、希はハッと顔を上げる。

「どうしたの、希、大丈夫?」
「あぁ」

ありがとう、と言いながら希は規子から飴を受け取る。

「いや、ちょっと」

少し言いよどみながら希は頭をかく。

「ほら、なんだかんだで
 他の班は俺達がいなくて大丈夫だっただろうか
 とか、な」

あぁあ、と燕が少し不機嫌そうな声を上げる。
「気にしすぎなんだよ、兄さんは」
ちょっと、と規子が燕を諫める様に言う。
「希は今回指示役も兼ねてるから」
「いいんだ、そもそも俺が言い出したことだし。
 気にしても仕方ない。
 こちらを早く終わらせてしまおう」

悪かった。という希の声に燕は頷き持ち場に戻る。
希らしくもない、と規子は思う。
こんな狩りの場で、希があんな風に考え事をしているなんて。

「規子」
希がふと、口を開く。
「燕の事……なんだけど」
「―――燕が、どうか」

言いかけて、規子は顔を上げる。
希も頷き一点をじっと見つめる。
距離はあるが少し離れた沢に牝鹿が姿を現す。

この話はまた、あとで、だ。

少し離れた所にいた燕はすでに弓を構えた状態で
希の指示を待つ。
この距離ならば、と、希は二人に指で合図を送る。

希と燕がもう少し距離を縮めて狙いを付けるが
気配に気付いた牝鹿が逃げ出したら
今の位置から規子が矢を放つという作戦だ。

三人はそれぞれに配置に付く。

規子はボウガンを構えたまま二人の様子を伺う。
希も燕もじわじわと獲物への距離を縮めていく。

いつも冷静な判断をする希に、
飛び抜けた狩りの腕を持つ燕だ。

あと少し、今回の獲物は間違いない。

と、距離を縮めて狙いを定めた希を
燕が止める。

「なんだ」

顔をしかめた希に顔を向けず
一点を見つめたまま燕が言う。

「他に、居る」


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