「君には、はじめての仕事だけれど、任せられるかな?」
そう云いながら、指導医は、ひとつの薬を彼に渡す。
研修医の彼は、指導医を見る。
そして、渡された薬、を。
「投与自体は、難しいものじゃない」
指導医が云う。
「判るね?」
そう、指導医は、彼をのぞき込む。
彼は、何も云わない。
「今回の患者は、上からの命令だけれども」
指導医が云う。
「君が無理ならば、私が代わろう」
「……いえ」
彼が、やっとのことで、口を開く。
「出来ると、……思います」
「そうか。なら、よかった」
指導医が頷く。
「上は、君を指名している。頼むよ」
彼は、薬を持ったまま、指導医に訊く。
「その患者は、ここに通われていた方ですか?」
「いや」
「上からの命令、と云うことは、高位家系の方ですか?」
「さあ」
「…………」
「患者が誰なのか、私にも判らない」
彼は息を吐く。
「あの病は、もう、この東一族からなくなったと思ったのですが」
そう、彼は、指導医を見る。
指導医が云う。
「私もそうだと思っていたよ」
「なら」
「けれども、その薬を使え、と、上が云ってきたんだ」
指導医は、彼の持つ薬を指さす。
「あの病にかかった者が、また、現れたんだろうよ」
「……でも」
彼が云う。
「上の命令と云っても、上は、医師じゃない」
彼は薬を握りしめる。
「あの病じゃない可能性だって、あるわけだ」
指導医は、彼を見る。
「あの病かどうか、患者と話してみたらいい」
「え?」
「その患者と」
「俺が?」
「そうだ」
「…………」
「どうした?」
指導医は首を傾げる。
「怖いのか?」
彼は、答えない。
「大丈夫だよ」
指導医が云う。
「病気が伝染ることを怖れなくてもいい。君は予防薬を投与しているのだから」
彼はうつむく。
「薬の……」
「なんだ?」
「投与の猶予は?」
「猶予?」
指導医が息を吐く。
「君は、不思議なことを訊くね」
云う。
「猶予があるかどうかは、上に訊くしかないな」
そして、指導医が呟く。
「……もしも、」
「なんですか?」
「もしも、その患者が……」
彼は、指導医の次の言葉を待つ。
けれども、何も出てこない。
仕方なく、彼は、往診の準備をする。
先ほどの薬も、持つ。
「行ってきます」
出ようとした彼に、指導医が云う。
「気になることがあれば、すぐに報告を」
「はい」
「……今日は、遅くなっても構わないから」
彼は扉を持つ。
「患者とゆっくり、話しておいで」
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