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「成院と患者」1

2019年05月10日 | T.B.2002年


「君には、はじめての仕事だけれど、任せられるかな?」

 そう云いながら、指導医は、ひとつの薬を彼に渡す。

 研修医の彼は、指導医を見る。
 そして、渡された薬、を。

「投与自体は、難しいものじゃない」
 指導医が云う。
「判るね?」
 そう、指導医は、彼をのぞき込む。

 彼は、何も云わない。

「今回の患者は、上からの命令だけれども」
 指導医が云う。
「君が無理ならば、私が代わろう」
「……いえ」
 彼が、やっとのことで、口を開く。

「出来ると、……思います」

「そうか。なら、よかった」
 指導医が頷く。
「上は、君を指名している。頼むよ」

 彼は、薬を持ったまま、指導医に訊く。

「その患者は、ここに通われていた方ですか?」
「いや」
「上からの命令、と云うことは、高位家系の方ですか?」
「さあ」
「…………」
「患者が誰なのか、私にも判らない」

 彼は息を吐く。

「あの病は、もう、この東一族からなくなったと思ったのですが」

 そう、彼は、指導医を見る。
 指導医が云う。
「私もそうだと思っていたよ」
「なら」
「けれども、その薬を使え、と、上が云ってきたんだ」
 指導医は、彼の持つ薬を指さす。
「あの病にかかった者が、また、現れたんだろうよ」
「……でも」
 彼が云う。
「上の命令と云っても、上は、医師じゃない」
 彼は薬を握りしめる。
「あの病じゃない可能性だって、あるわけだ」

 指導医は、彼を見る。

「あの病かどうか、患者と話してみたらいい」
「え?」
「その患者と」
「俺が?」
「そうだ」
「…………」
「どうした?」
 指導医は首を傾げる。
「怖いのか?」
 彼は、答えない。
「大丈夫だよ」
 指導医が云う。
「病気が伝染ることを怖れなくてもいい。君は予防薬を投与しているのだから」

 彼はうつむく。

「薬の……」
「なんだ?」
「投与の猶予は?」
「猶予?」
 指導医が息を吐く。
「君は、不思議なことを訊くね」
 云う。
「猶予があるかどうかは、上に訊くしかないな」

 そして、指導医が呟く。

「……もしも、」

「なんですか?」
「もしも、その患者が……」

 彼は、指導医の次の言葉を待つ。
 けれども、何も出てこない。

 仕方なく、彼は、往診の準備をする。
 先ほどの薬も、持つ。

「行ってきます」

 出ようとした彼に、指導医が云う。

「気になることがあれば、すぐに報告を」
「はい」
「……今日は、遅くなっても構わないから」

 彼は扉を持つ。

「患者とゆっくり、話しておいで」



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