彼は、村を歩く。
東一族の村。
歩きなれた道を、ただひとり、歩く。
村唯一の病院から、患者のもとへ。
彼は、歩きながら、考える。
数年前。
この、東一族の村で流行った、あの病。
最初は、咳や喉の渇きと云った、なんてことのない症状。
それが、一月もせず、眠るように亡くなってしまうのである。
気付いたときは、手遅れ。
周りの者も、感染していることが多かった。
手厚い治療を受けることが出来るであろう、宗主の長男も、命を落としている。
予防薬が出来たのは、本当に最近のこと。
予防薬がなかった当時、その流行病に対抗出来るとされた、唯一の薬。
を
彼が今、持っている。
流行病の収束とともに、薬もすべて処分されたと思っていたが。
「まだ、残っていたのか……」
彼は呟く。
やがて、彼は、東一族の屋敷へと、たどり着く。
彼は、屋敷を見る。
ここには、宗主と宗主に近い家系の者が住んでいる。
勝手に立ち入ることは、許されない。
彼は、入り口で待つ。
しばらくして、使用人が現れる。
「何用ですか?」
「呼ばれて来たんだけれども」
「お呼びしたのは?」
「宗主様、かな?」
云って、彼は首を傾げる。
使用人は、目を細める。
彼が云う。
「そう。大医師(おおせんせい)の代理で来たんだよ」
「ああ」
使用人が頷く。
「医師様ですね。お話は伺っています」
続けて、使用人が云う。
「あなたをお呼びしたのは、次期宗主様です」
「え?」
彼が訊く。
「宗主様ではなく?」
「はい」
「えっと、……会える?」
「次期宗主様に、ですか?」
「そう」
「何用ですか?」
彼が云う。
「患者の経緯を訊こうかと」
使用人が云う。
「伝えておきます」
使用人はあたりを見る。
云う。
「どうぞ、ご自由に出入りなさってください」
彼は、屋敷の敷地に入る。
広い庭。
いくつもの建物。
使用人に続いて、屋敷の正面の入り口に向かおうとする。
と
その様子に気付いた使用人が、振り返る。
「医師様。こちらではありません」
「え?」
「お願いしてある者は、庭を抜けて、屋敷の裏側にある離れ家にいる、と」
「離れ家?」
云われて、彼は、使用人が指差す方向を見る。
「隔離を?」
「さあ」
彼の言葉に、使用人は首を傾げる。
「私もよく判りません」
彼が訊く。
「どれぐらい庭を歩いたらよい?」
「判りません」
使用人が云う。
「私も、そこへは行ったことがありません」
使用人は、それだけ云うと、屋敷の中へと姿を消す。
彼は首を傾げる。
荷物を持ち直し、使用人に云われた方向へと、歩き出す。
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