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「成院と患者」6

2019年06月14日 | T.B.2002年


 次の日、彼は再度、患者の元を訪れる。

 離れ家に入る。
 短く白い髪の彼女が、中でせっせと刺繍をしている。

 彼女が、彼に気付く。

「……医師様」
「ああ」
 彼が云う。
「続けて、いいよ」

 その言葉に、彼女は会釈をする。
 刺繍を続ける。

 彼は、昨日と同じように荷物を置き、坐る。

 部屋を見回す。
 部屋は荒れたまま、だ。
 ものが落ち、割れ、破片がいたるところに散らばっている。
 少しも、片付けた様子はない。

「ねえ」
 彼は、声をかける。
「この部屋、どうしたの?」
「部屋?」
「こんなに荒れて、」
 彼が云う。
「君がやったの?」
 刺繍をしながら、彼女は首を振る。
「……じゃあ、いったい」
 誰が?

 白い髪の彼女は、ここから出ることは出来ない。
 ここに出入り出来る人間も、限られているはずだ。

 けれども、彼女は答えない。

「破片とか、危ないし……」
 彼が云う。
「片付けようか?」

 彼女は顔を上げずに、云う。

「大丈夫です」
「え?」
「いずれ、関係なくなりますから……」
「…………」

 いずれ、自分は死んでしまうから。
 ここでの生活も、終わりだから。

 そう、彼女は云っているのだ。

 彼は居たたまれなくなる。

 が、
 坐ったまま、彼女を見つめる。

 ……話題を変えよう。

 彼は云う。
「きれいだね、それ」
 彼女が頷く。
「いい布と糸なんです」
「布と糸もだけど、刺繍の模様とかも、さ」
「…………」
「刺繍が、上手いよ」

 彼女唯一の仕事なんだから、当たり前なのだろうけど。
 彼は、思ったまま、言葉にする。

 彼女が、云う。

「この男物の衣装は、女性の衣装と対になるよう刺繍をしてあるんです」
「へえ」
「女性の衣装はもう、出来上がっていて……」
「うん」
「並べると、もっと素敵です」
「そうなんだ」
 彼は云う。
「じゃあ、その衣装を着るふたりは、仕合わせだね」

 彼女は顔を上げる。

 彼女が、……微笑んでいる。

「そうだといいです」

 ああ。

 そっか。

 それが、彼女として

 せめてもの救い

 なのかな。

 ふと。
 彼は、自分の恋人を想う。

 研修医の自分を、心配してくれる、恋人。
 流行病かもしれない患者と接触してることを知ったら、心配するのだろう。

 その恋人に。

 彼女が作った晴れの日の衣装を

 いつの日か、着させてやりたいな。

 そう、思った。




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