彼女と父親は、水辺の近くへとやって来る。
途中まであった道がなくなり、木々が生い茂っている。
この前、彼女が来たときと同じ。
もちろん、誰もいない。
「寒いっ」
父親はあたりを見渡す。
「父様、ここ?」
父親は、紙を取り出す。
「ここに何かあるの?」
父親は屈む。
地面をなぞり、陣を描く。
東一族式の紋章術。
「形代ね」
「そう」
紋章術の上に、その形代を置く。
瞬間。
ふわりと、形代は燃え上がる。
その痕は、ゆっくりと風に乗る。
それを見て、父親は祈る。
彼女も真似る。
冷たい風。
彼女は、顔を上げる。
父親は、まだ祈っている。
「誰に祈っているの?」
「…………」
「ねえ、父様」
「無事を、」
「無事?」
「…………」
「いったい誰の?」
彼女が云う。
「母様?」
「違う」
「…………?」
彼女は首を傾げる。
「父様?」
父親は目を開く。
空を見る。
彼女も見る。
形代の痕は、もはや、ない。
風が吹く。
父親は口を開く。
「この祈りは」
「うん?」
「東一族の宗主を殺しに来る者へ、だ」
「ころ……?」
彼女は息をのむ。
「そんな、……無理な話、」
「どうなるのか……」
「無理だよ、絶対無理!」
彼女が首を振る。
「誰? 西一族? 絶対、父様には勝てない」
「…………」
「父様」
「…………」
「やめて」
父親は立ち上がる。
「父様が死んだら、……私、困る」
「そんなことはない」
「…………」
「先の話ではないはずだ」
「父様!」
彼女は父親を掴む。
「なぜ、その人に祈るのよ!」
「…………」
「やめて!」
「…………」
「父様ってば!」
「残念ながら」
父親は、再度空を見る。
「勝つことは出来ない」
「どっちが!?」
「その相手、だ」
「はっ!」
彼女は云う。
「だよね! 父様が負けるはずないもんね!」
東一族の現宗主は、歴代一の力を持つと、云う。
「よかった父様! よかった!」
彼女は微笑む。
父親は、彼女を見る。
「だから、どうしたらいいのか、悩んでいる」
「何でよ! 父様が勝てば、それでいいの!」
父親は歩き出す。
彼女も続く。
屋敷へと戻る道。
彼女は、父親の背中を見る。
彼女が
父親の真意を知ることになるのは
もう少し、先。
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