彼女は来た道をとぼとぼと歩く。
彼を探して、ずいぶんと屋敷から離れたところまで来てしまった。
いつもと違う村。
何の音もしない。
ただ、静けさ。
「…………?」
彼女は立ち止まる。
顔を上げる。
目の前に誰か、いる。
「…………」
「…………」
東一族の、誰、だろう。
戦術師、なのか。
彼とそう、年は変わらない気がする。
「誰……」
彼女は首を振る。
「いえ。……知ってる」
「…………」
「あのときの」
「……そう」
目の前に立つ者が、云う。
「覚えてくれていたんだ」
「もちろん……」
彼女はその者を見る。
「母様のお墓を、」
「うん」
「ありがとう」
誰も知らなかった、彼女の母親の墓を見つけてくれた者。
間違いない。
けれども、今日は、あのときと何か雰囲気が違う。
「よく、お墓に来ているのね」
「うん」
「母様の隣の墓にあるのは、いつも新しい花」
「…………」
「そのお墓の、小夜子さん……は、仕合わせね」
「どうかな」
「…………」
「もし、あのことがなければ、」
「…………」
その者は云う。
「君の母さんの墓の花も、いつも新しいね」
「そう、ね」
彼女は呟く。
「私か、……父様が」
その者は、目を細める。
「屋敷にいるんだ」
その者が云う。
「危険だから」
「……うん」
彼女は、うつむく。
が
再度、その者を見る。
「あなたも行くの?」
「行くよ」
「侵入者のところに」
「そう」
「何が、はじまるの」
「…………」
「……それを、知ってる?」
その者は答えない。
再度云う。
「屋敷に、いて」
「…………」
「そうして」
「怖い」
「怖くないよ」
「でも、……」
「日向子」
彼女は目を見開く。
「大丈夫」
「大丈夫?」
その者が頷く。
「すぐに、終わる」
ははっ、と、彼女は薄く笑う。
「私の名は禾下子(かげこ)だと、教えなかった?」
人目に付かないように。
生まれるはずがない者だったと。
生涯、日の当たらない影で生きるようにと。
それを不憫に思った彼女の兄が、名まえを付け直したなんて、
赤の他人が知るはずもない。
自分も、実の父親も、……知らなかったのだから。
その者は、彼女を見る。
「私を、誰と間違えているの?」
「…………」
「あなたは、いったい誰なの?」
2020年 東一族の村にて
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