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「琴葉と紅葉」25

2018年11月16日 | T.B.2019年


「すごい……」

 思わず、紅葉は呟く。

 病院の裏道をたまたま通ったときだった。
 そこに、
 大きな獲物が横たわっている。

 その横に、黒髪の彼と前村長の孫。

「ねえ、これは?」

 紅葉は彼らに近付く。

「こいつが獲ったんだよ」

 前村長の孫は、黒髪の彼を指差す。

「相変わらず、すごいわ」

 紅葉は感心する。
 と、首を傾げる。

「でも、なぜこの場所に?」

 普通、獲ってきた獲物は、一度広場に運ぶ。
 そこで獲物を裁き、一族の者に分けられる。

 それなのに、この場所?

「これは先生に贈るんだとよ」
「え?」
「高子(たかこ)先生に」
「高子先生に?」

 前村長の孫は、黒髪の彼を見る。

「結納品だろ」
「ゆ、……」

「西一族はその家に獲物を贈るんだって」
 黒髪の彼が云う。
「村長が云っていた」

 結婚相手の家に獲物を贈る、西一族の風習。
 もちろん、狩りはひとりで行わなければならない。
 獲物は、大きければ大きいほどいいと云う。
 結婚相手として、申し分ない、と。

「でも、あの」

 紅葉はどもる。

「とりあえず、その、琴葉とは一緒にいるだけだって……」
「え。そうだよな?」

 そうと云わんばかりに、前村長の孫も頷く。

「あいつ、いつもふらふらして狩りをしないから」
「……足が悪くて狩りに行けないのよ」
「だから、あいつの立場をお前が作ってやってんだよな?」

 前村長の孫は、黒髪の彼の肩を叩く。

「大変だな、お前!」
「ああ、そうよね……」

「紅葉?」

「ううん。何でもない」

 紅葉は首を振る。

「本当に大きな獲物だから驚いちゃって」

「いや、俺ならもっと大きいものを獲るぞ」
 前村長の孫が云う。
「何せ、結婚相手の家に贈るんだからな!」

 紅葉は少し笑う。

 黒髪の彼を見る。

「ねえ。また、一緒に狩りに行きましょうよ」
 云う。
「私たちなら、きっとたくさん獲れるもの!」
「狩りの班を決めるのはまとめ役だぞ」
「でも、いつも私たち組まされるじゃない」
「黒髪と別の班がいい」
「そんなこと云って!」
 紅葉は笑う。
「なかなかいい組み合わせよ」
「やめろって」
「早く狩りに行きたいわ」
「いや、獲るのは俺だ」
「私も獲るのよ」

 黒髪の彼は何も云わない。
 ふたりのやりとりを、ただ見ている。

 前村長の孫が云う。

「じゃあ、先に広場に行ってるぞ」
「私もその獲物を捌くの手伝うね!」

 ふたりは歩き出す。

 黒髪の彼は、その背中を見送る。



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