「すごい……」
思わず、紅葉は呟く。
病院の裏道をたまたま通ったときだった。
そこに、
大きな獲物が横たわっている。
その横に、黒髪の彼と前村長の孫。
「ねえ、これは?」
紅葉は彼らに近付く。
「こいつが獲ったんだよ」
前村長の孫は、黒髪の彼を指差す。
「相変わらず、すごいわ」
紅葉は感心する。
と、首を傾げる。
「でも、なぜこの場所に?」
普通、獲ってきた獲物は、一度広場に運ぶ。
そこで獲物を裁き、一族の者に分けられる。
それなのに、この場所?
「これは先生に贈るんだとよ」
「え?」
「高子(たかこ)先生に」
「高子先生に?」
前村長の孫は、黒髪の彼を見る。
「結納品だろ」
「ゆ、……」
「西一族はその家に獲物を贈るんだって」
黒髪の彼が云う。
「村長が云っていた」
結婚相手の家に獲物を贈る、西一族の風習。
もちろん、狩りはひとりで行わなければならない。
獲物は、大きければ大きいほどいいと云う。
結婚相手として、申し分ない、と。
「でも、あの」
紅葉はどもる。
「とりあえず、その、琴葉とは一緒にいるだけだって……」
「え。そうだよな?」
そうと云わんばかりに、前村長の孫も頷く。
「あいつ、いつもふらふらして狩りをしないから」
「……足が悪くて狩りに行けないのよ」
「だから、あいつの立場をお前が作ってやってんだよな?」
前村長の孫は、黒髪の彼の肩を叩く。
「大変だな、お前!」
「ああ、そうよね……」
「紅葉?」
「ううん。何でもない」
紅葉は首を振る。
「本当に大きな獲物だから驚いちゃって」
「いや、俺ならもっと大きいものを獲るぞ」
前村長の孫が云う。
「何せ、結婚相手の家に贈るんだからな!」
紅葉は少し笑う。
黒髪の彼を見る。
「ねえ。また、一緒に狩りに行きましょうよ」
云う。
「私たちなら、きっとたくさん獲れるもの!」
「狩りの班を決めるのはまとめ役だぞ」
「でも、いつも私たち組まされるじゃない」
「黒髪と別の班がいい」
「そんなこと云って!」
紅葉は笑う。
「なかなかいい組み合わせよ」
「やめろって」
「早く狩りに行きたいわ」
「いや、獲るのは俺だ」
「私も獲るのよ」
黒髪の彼は何も云わない。
ふたりのやりとりを、ただ見ている。
前村長の孫が云う。
「じゃあ、先に広場に行ってるぞ」
「私もその獲物を捌くの手伝うね!」
ふたりは歩き出す。
黒髪の彼は、その背中を見送る。
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